第3話 二件のメッセージ
スマホに届いた一件目のメッセージを開くと、そこには意外な送信相手の名前があった。
『寝不足は良くないぞ』
『なんだよ、急に母親みたいなこと』
同じ教室にいるのに直接話しかけず、こうしてチャットで会話しているのは忍びないが、彼女は極度の人見知りなのだ。
俺の周囲には何故か一軍の鼓や鈴芽が近寄ってくる以上、柚木は直接話しかけられないらしい。
とはいえ、柚木の方を見れば小さく手を振ってきた。
加えて、すぐにスマホを弄りだし何かを書き込まれたのがわかったので、再びスマホの画面を映す。
『顔色が悪いじゃないか。悩みでもあるなら私が訊くから話すんだぞ』
『新刊のラブコメ読んでいたら寝不足になったんだ』
『寝不足は良くないぞ。今日はぐっすり寝るんだぞ』
『心配性の母親じゃないんだから……いや、ちゃんと寝るから』
休み時間にな。
純粋な心配なんだろうし面倒には思わないけど、出来ればそういうのは直接話しかけてくれた方が身に染みるし、改善にも繋がりそうだ。
すると再び鈴芽がこちらへ近づく事に気付き、チャットを閉じる。
若干、スマホの中見られたか?
「ね、ねえ……彼女とチャットでもしてんの?」
「彼女とかいないけど。相手は友達だよ」
「ふーん。そうなんだ」
つまらなそうな顔をした鈴芽はすぐに踵を返した。
おいおい、揶揄われただけなのはわかるけど……そのまま去っていくなよ。
てか、そんな事の為に来たのかよ……俺の色恋沙汰なんて笑い話にもならないだろうに。
一軍女子様のお考えは理解不能だ。
もう一度柚木を見ると、一瞬目が合ったが逸らされた。
引っ込み思案な柚木のことだ……彼女かもしれない相手を思われて恥ずかしがっているのかもしれない。
図書室にいる時は強気な癖に、ピュアなんだよなぁ。
すると、キーンコーンカーンコーン……とホームルームのチャイムが鳴りだした。
担任教師がやってきてスマホを鞄の中へと仕舞う。
もう一件届いていたメッセージが気になっていたが、後回しにした。
しかし、担任の話を無視してでも確認すべきだったと、後悔する羽目になった。
眠かった俺は休み時間を睡眠に費やし、メッセージの事なんて後回しにし続けた。
そして昼休み……学内売店で買ったパンを片手に教室でスマホのメッセージを確認してみれば送信相手の欄に『おじい様』と書かれていたのだ。
『孫へ。お見合いの季節がやって参りましたね。休日、予定を開けておきなさい。既に開けられない予定があるなら、儂らが都合を合わせるから言いなさい』
お見合いに季節なんてねぇよ!
というか、つい一ヶ月前にも同じようにお見合いの話をしたばかりで何を言っているんだ!
メッセージの内容はつまり政略結婚……の為の許嫁の選定……の為のお見合い話だ。
俺の実家はそこまで良い家柄でも特別儲けている企業に勤めている訳でもない。
しかし、母側の血縁に大企業の社長やら多くの賞を貰っている研究員やら凄い人が多く、縁を結びたいという名家が多かったのだ。
なんとこのお見合い話をしてくる家の数……俺にされたのは今までで両手の指の数は超えている。
妹が留学してからというものの、こういう話が多い。
はっきり言えば、うちの家は過大評価されているし名家と縁を結べるのは好条件でしかない……が、ぶっちゃけ当人の俺からしてみればバカバカしい話だ。
偶々親戚に凄い才能を持つ人が多いだけで、俺がそうなる保証はどこにもない。
後々失望されて親戚とギクシャクするくらいなら、そんな契約なんてしたくない。
というか、許嫁なんて香月に一途な俺からすれば、逃げの一手も同然だしな。
そんな訳で、今まで俺は最初の数回を除きこういう話を幾度となく断り続けてきた……が、今回は中々手が込んでいる。
事前に調べて難癖を付けるからって、等々お見合い相手の名前すら出さなくなったところだ。
俺が断れば、祖父は二度と同じ家からのお見合い話をしてこない……あくまで俺に興味があるなら受けて良いという、強制はしないスタンスだった。
きっと今回も俺が一方的に嫌だと言えば、祖父は言う事を聞いてくれるだろう。
その可能性を頭に入れつつ、今回は会うだけ会ってみようと考え……祖父に了解の返事を送っておいた。
『わかりました。予定を開けておきます』
祖父や他家に罪悪感があったからではない。
話が向こう側の家から求められていた以上、一方的に断るのは面子を潰す事にも等しいのは俺も理解しているのだ。
本当は断り続ける事も出来ないし、そこは塩梅が大事なんだろうけど……なんというか、もし相手側に気に入られてしまった場合という懸念が今まではあった。
取り越し苦労かもしれないが、今までそういう可能性があった事を否定しきれない。
恋愛というものが双方の合意がなければならない以上考えざるを得ない問題だ。
まあ……合意以前に、他の女子をストーキングするような男は地雷も同然だろう。
だから今回は……出来れば俺なんかに引っ掛からなくて決してちょろくない、正に淑女たらんと生きている香月詩衣みたいな女子が来るといいな……なんて祈った。
あとはまあ、身の振り方には気を付けておこう。
「はくちゅん」
そんな時、可愛いくしゃみが聞こえた気がしたが、誰のものなのかわからなかった。
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