第4話 恐れを知らぬ者達

 放課後、お手洗いを済ませ帰ろうと廊下に出た瞬間、三人の男子生徒が俺を待ち受けていた。


 全員クラスメイトだから名前は知っているし、基本的に恐れられて話しかけられない俺に絡みにこれた理由は、三人の内真ん中にいる糸目の男子生徒を見て察した。


 磯崎は元一軍男子で、実はそこそこ有名な配信者だったりする。


 以前、配信で喋るネタにでもしようと思ったのか俺に絡んできたが、適当にあしらった記憶がある。


 その後、偶然にも磯崎は二軍へと落ちてしまった為、事ある度に俺を睨んできたのだ。


 残りの二人は磯崎が一軍だった頃から彼の近くにいる二軍男子達だった。


 以前に磯崎が絡んできた時もいたし、何かと甘い汁を吸う為に磯崎に近づいた割にまんまと手下のようにこき使われていたから哀れに思っていた。


「ちょーっと、お話しようぜ、浅丘」

「まあいいけど」


 元々話す仲以外と関わる機会が少ないし、こそこそと卑怯な手を使ってこないのはある程度好感が持てる。


 元一軍男子というだけはあるらしい……正当なやり方で威厳を回復しようと考えているんだろう魂胆を見抜き、一応は話を聞いてやろうと考えた瞬間、首に腕を回される。


「……みんなは怖がっているみたいだけどよぉ、俺にはそんなハッタリ通用しねえ」

「ハッタリなんてないし、勝手に避けられているだけなんだけどな」

「やっぱりお前……最近また調子に乗っているみたいじゃねーの」

「そう見えるなら目が節穴かもね」

「言うねぇ、正論マシンは健在だってか? だがお前の時代はとっくの昔に終わってんだよ」


 正論マシンね……懐かしい俺の蔑称だ。


 俺が恐れられるようになった理由……去年、ある事に心が荒んで起こしてしまった事件から掲示板でそう言われるようになったが、最近は俺の存在に態々触れる奴もいない。


「香月さんはお前が話しかけていい存在じゃねえんだよ……なあ」

「そうだな」


 そんな長い会話をした記憶がなかったが、今朝がた挨拶された事について言っている事を察する。


 一応、会話ではあるか。

 いや、会話であってほしいから俺の中でもそういう解釈にまとまった。


「は? わかってんなら話しかけられても無視しろよ」

「無視しろって……それは失礼じゃないか」


 何を当然のことを言わせるんだろう。

 純粋な疑問に、何か誤解がある事を悟った。


「もしかして俺の方から話しかけているように見えたのか? ああ、それなら誤解だな」

「はぁっ、てめぇムカつく奴だぜ」


 すると磯崎がみるみる怒り始めたが何故だ?

 誤解を指摘されるのがそんなに不快だったのだろうか。


 まさか本当に無理を押し通そうと発言するほどには馬鹿じゃないだろう。

 うーん……わからん。


「それに、香月さんは俺に話しかけたんじゃない。鼓に話しかけるついでだってば」

「誤魔化してんじゃねぇぞお前、寧ろ霜鳥くんの方がついでだったように聞こえたぞ? 相変わらず口は回るみたいだなぁ」

「……本気で言っているのか? もしかして磯崎くん、あんまり頭良くない?」

「ああん? 減らず口が過ぎるぜ」


 磯崎の言う通り、確かに香月が先に話しかけたのは俺の方だが、見たままの現象がそのまま全てという訳じゃない。


 その裏には必ず真実が隠れているのだ。


「香月さんが鼓に直接話しかけていたら、噂になるかもしれない。だから誤魔化す為、俺に話しかけるという工程を踏んだんだ。そんな事もわからないのか」

「は?」

「本当は鼓に挨拶する為だったってことだよ。俺の方がついでなんだっていい加減気づけよ」

「おっ、お前……本気で頭おかしいんじゃねーの!?」


 頭おかしいというか、頭悪いのは磯崎の方だって態々指摘してやったのに、まだ理解できていないのかな。


 もう誤解については指摘したし、理解してもらえないならこれ以上話を続けても意味はない。


「もういいや。話が通じなさそうだし、帰りなよ」

「あ? 誰が逃がすと思って――」

「後ろの二人は俺を止める気、あるの?」


 磯崎は俺を捕まえているつもりだろうが、簡単に振り払う事ができる。

 もし本当に逃がすつもりはないのなら付き添いの二人も出しゃばる必要があるという訳だ。


 しかし、二人にそんな様子は見えない……首を振って否定した。

 本当に付いてきただけのつもりっぽいもんな。


「だとよ」

「こっちはてめぇの所為で二軍に落とされてんだ! ここで引き下がれるかよ!」

「俺は関係ないのに、しつこいな。なんでそんな絡むのさ……いや一軍に戻りたいのはわかるけど、俺に絡んだところで意味なんてないぞ」

「腹いせだ! 二軍に落とされてさえいなけりゃ、今頃は香月さんを配信に呼べて――」


 話を無視して首にかけてきた腕を掴み、少し力を篭めた。

 そのまま俺の首から磯崎の腕を引き剝がす。


 俺はこれ以上構いたくなかったのに……無視できない言葉を聞かされた所為で、ストレスが溜まってしまったじゃないか。


「ちょっ、お前急に何をして――」

「……おい」

「へ?」

「磯崎くん、俺は君が香月さんに好意があって、彼女の為を思って俺にやっかみを言って来たんだと思っていたんだ」


 声のトーンを落とし、怒りを隠さずに磯崎の耳元に話しかける。


「だから話を聞いてやった。でも勘違いみたいだった。君は香月さんが好きなんじゃなくて、自分の配信活動に利用したかっただけなんだろ?」 

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