第14話 お持ち帰り待ち少女
視察した時と同じようにマンションへと入り、エントランスにあった客席で解けた靴紐を結んでいると、勢いよくエレベーターから出て来る人を目に捉える。
「あれ?」
中学生と見間違える小柄な女子だったが、京廷学院の制服を着ているところが目に付く。
学校から近い位置にあるとはいえ、他にも同じ学校の生徒が住んでいた事に驚いた。
まあ京廷学院の在籍生徒数を考えれば、そう意外な話でもなかったか。
しかし、そうなると一つだけ問題がある。
詩衣と同じマンションに俺が住んでいる事がバレることまではギリギリセーフかもしれないけど、万が一にも会話している場面を見られる可能性があるということだ。
まっ、あの容赦を知らないメイド長みたいな大人に監視されている訳でもないのに、学生相手にそんな恐れを抱いても仕方ないな。
注意を払っておくことが尽きないみたいだと思い溜息を吐きながら、俺もエレベーターで上階に上る事にした。
そしてドアが開いた瞬間、そこには詩衣が待ち構えていた。
「お帰りなさい……遅かったですね、真琴くん」
「……あの、何しているの?」
「何って、お出迎えです。許嫁なんですから、当然しなくてはいけません」
「そうなんだ」
予想外の出来事に心肺停止するところだったぞ。
別に許嫁ってそういう義務ないと思うけど、詩衣が言うならそうなんだろう。
でもせめて、俺の部屋の玄関とかにいるものじゃないのか? なんでエレベーター前なんだ……流石に意味不明だろ。
「待ってくれたのは嬉しいけど、詩衣みたいな美少女が無防備で立っていたら危ないし、次からは待たなくていいと思うよ」
「~っ、気遣ってくれてありがとうございます。真琴くんがそう言うなら、そうします」
しゅんとした顔が一瞬見えて、何か悪い事を言った気分だ。
詩衣のそんな表情、俺の方が見ていられないと自然な足取りで自分の部屋へと入ろうとすると、詩衣も自然と俺の部屋の中へと入ってきた。
「ん?」
「どうしましたか?」
「あれ? 俺部屋間違えてないよね」
「はい。真琴くんの住む部屋ですね」
「だよね。ここ俺の部屋だったと思うんだけど……なんで詩衣は付いてきていらっしゃる?」
「許嫁だからです」
「そんな便利なワードじゃないぞ、それ!」
危なかった……何かが起こる前に気付いて良かったと思う。
尤も、詩衣という存在が眩しすぎて、さりげなく入り込もうとしてきても、俺が見逃す筈もなかったんだけどね。
今だって心臓がバクバクさ……気付かない間にあの世に行かなくて良かった。
ふぅ、もしお見合いの件が無かったらコロッと逝っていたぜ。マジで。
元々、学校で話しかけてくれていたから距離が近いところまでは慣れていたけど、周囲に人がいない二人きりの状況にも段々と慣れてきたようだ。
「入っちゃ……ダメでしたか?」
「いいや、ダメじゃないよ」
詩衣の上目遣いに断れる男子なんてこの地球上にはいないので、すぐに快諾した。
そしてぱあぁぁっと光る顔に、この破壊力は宇宙人さえも断れないだろうと再認識する。
とはいえ真面目に考えれば、もう少し悩むことだったかもしれない……けど、偶然にも現時点ではそういう訳で部屋を見られても構わない状態なのだ。
なぜなら、まだ荷物の配達が終わったばかりの部屋には段ボールが詰みあがっていて、俺は整理をしていなくて当然だからだ。
しかし、物色されたら不味いものなんて幾らでも出てきそうで怖い。
盗撮した写真でも出てきてしまったら大変だ。
俺がストーカーだと知られてしまうのだけはあってはならない!!
特に学内掲示板ではキモオタ染みた臭い文章を垂れ流していているのだ……一度書き込んだものが消せない以上、絶対に隠し通さなければならないデジタルタトゥーだ。
詩衣に幻滅されるようなものを発見される前に、画像データだけ取り込んで現物は涙ながらに処分するしかないだろう……或いは手出しできない頑丈な金庫に保管しておこう。
まあそれも、今日この殺風景なインテリアを存分に見てもらって満足して帰ってもらえば、さほど問題じゃないか。
うん、押し倒す気分にもなれないくらい殺風景で……心が落ち着く。
女の子を連れ込む部屋じゃねぇよ……ちょっと散らかっていた方が雰囲気出るだろうに。
「やっぱり許嫁ですもん……当然ですよね」
「うん。まあそうだね。とっ、当然さぁ」
これが、許嫁の特権だと考えれば破格だな。
詩衣の行動は俺にとって夢みたいなものばかりだし、正直言って嬉しい……いや、幸せだ。
しかし、このまま期待させ続けるのも詩衣の将来的に良くないだろうとも思う。
あまり素直に聞く都合の良い男と思われるのも嫌だからな。
詩衣がそう思うような人間ではないとは理解しているけど、人間ならば慣れるものなのだ。
それで俺自身もまた満足しても、そんな関係にずっと浸っていればいつか心の内にある欲望が爆発するだろうし、ある程度ストイックにいこうと思う。
まずは一度、考えを改めてもらうか。
「けど、もしかしたら詩衣は少し許嫁に勘違いがあるかもしれない」
「えっ、そうですか?」
「うん」
「即答なんですか……」
もの悲しそうな顔を見せられて一瞬決心が緩むが、断固とした態度を見せる。
その結果、仏頂面を見せ返された。
「そうだなぁ、詩衣の思う許嫁って何?」
「これからずっと近くにいる関係です。真琴くんにとってはどういう意味なんですか?」
「うーん。そうだな――」
詩衣は世間知らずのお嬢様って訳でもないはずだろうに、どうにも許嫁という関係には偏見があるみたいだ。
近くにいるという言葉の度合いはわからないものの、現状を鑑みれば詩衣の意識が強めだということは察することが出来る。
俺は嬉しいよ? そりゃ絶世の美女が近くにいてくれるんだから、嫌な訳がない。
しかし、詩衣に近くにいる関係を義務みたいに思ってほしくない。
それはいずれ、俺自身が詩衣に教えることなのだから。
「やっぱり、お互いの愛を誓って将来的に結婚する関係……かな」
純粋な気持ちから正しい知識を促すと、はっとした顔を向けてきた。
「でしたら……真琴くんが私を好きではないからダメという事なのでしょうかっ」
「えっ? そっ、そんな事は断じてない!!」
「……っ!?」
つい反射的に勢いで答えてしまった。
自覚した頃には小恥ずかしくなっていて、すぐに顔を背ける。
誰もダメだなんて言っていないのに、そう思い込む詩衣の言葉にも耐えられなかった。
それに、俺が詩衣を好いているのは本心だから、それだけはどうしても伝えたかったのだ。
だから、自分の口からはしっかりと好きだと言えないまま、だからと言ってそうじゃないと思われるのは嫌だという気持ちが大きくなってしまった。
「あっ……急にごめん。実を言うと逆でさ――」
「逆……ですか」
「ああ。詩衣の方は俺のこと好きでもないのに、頑張って関係を築こうとしてくれているみたいだから、その……申し訳なくなってさ」
「そっ、それは……こほんっ。それはつまり、私が真琴を好いていれば……なっ、何も問題ないということでしゅよねっ!?」
好きでもない男に好きだと言うのは辛いだろうに、それでも頑張って許嫁として俺の想いに応えようとしてくれているのがひしひしと伝わってくる。
本心じゃないから滅茶苦茶噛んでいるし、動揺しているのが丸わかりだ。
「えっとさ、そういう訳でもなくて――」
「少し待っていてください! とっておきの物を用意してきますから……」
「へ?」
どうにか無理をしないように説得しようとしたら、走り去って部屋を出て行ってしまった。
何か持ってくるみたいだけど……無理に俺を好いてくれる必要はないから、困ってしまう。
詩衣の中にある許嫁の定義も曖昧に思えるし、これ以上どうすればいいのか俺にはよくわからない……お手上げだ。
というか、待てって言うくらいだから、またすぐに来るんだよな?
「鍵……開けっ放しにしておくか」
なんて楽観的に考えながら制服のブレザーをハンガーにかけて、ついでにお手洗いを済ませてから荷物を整理しながら待っていると、玄関の方からカチリと小さな音がした気がした。
高層階だけあって物音がせず、静寂に包まれた部屋では微かな音もはっきりとわかる。
続く扉を叩く音と「あれ!?」と驚く声、そして再び鳴った小さな音が聴こえれば空耳でないことは明らかで、鍵を閉めてから再び開けているのだと察するのは簡単だった。
当たり前のように再び部屋へと入ってくる詩衣を迎える為に玄関へ赴くと、とても真面目な顔を見せてくる。
「真琴くん、鍵開けっ放しでしたよ?」
「……うん」
「ちゃんと鍵をかけておかないと危ないですよ」
「…………」
明らかに戻って来る台詞を残していったから開けっ放しにしていたんだと講釈を垂らそうとしながらも、詩衣の手に持つあるものを凝視する。
「それより、あの……なんで合鍵持ってるの?」
「それは当然私が管理人なので…………じゃなくて、それも許嫁だからですっ」
「なるほどね」
考えるのをやめて、取り敢えず注意された通り俺の手で鍵を閉めた。
しれっと連れ込んでいる状況になってしまったことからさえも……目を背けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます