第13話 図書委員の裏側
授業が終わり、今日は図書委員の当番である為に図書室へと赴いた。
引っ越した家へといち早く行きたい気持ちもあるが、委員会の仕事を投げ出すのは、共に図書委員の柚木に悪いと思ったのだ。
「なあ君」
「ん? なんだ、柚木」
「今日やけに外ばかり見ているなと思ってな」
「ああ」
「どうかしたのか?」
「そういう気分だったんだ」
適当に誤魔化しながら、昼食の時に柚木が俺の方を見ていたのがこの件であると察した。
しかし残念ながら、詩衣と許嫁になった話は極秘にするよう香月家との約束がある為、マンションの件まで話せない。
「珍しく香月さん以外を見ていたから、変なものでも食べたのかと思ったぞ」
「ははっ、どちらかというと雲を食べたい気分だったな」
「……雨でも降るのか?」
「雨って汚いらしいし、積乱雲は胃が破裂しそうだ」
全く成立していないし荒唐無稽な会話にお互い笑い出した。
それだけ俺が詩衣以外に夢中になっている事が珍しいとも言える。
柚木は俺が香月を好いていることを知っている……というより、柚木もまた俺と同じく彼女のファンと言ったところだ。
学内掲示板で俺が本当にストーカー行為をしている事までは知っていないが、それなりに彼女の話題では話が合う。
元々、『桜の淑女』の話も柚木から聞いた事だった。
そんな詩衣の大ファンである柚木に、俺と詩衣の関係を伝えられないのは本当に残念だ。
これから彼氏として立ち振る舞う為に、柚木は良き協力者となってくれただろうに。
まっ、仕方ないか……俺は割り切る事にした。
「実は今日、晴天だったんだ」
「なんだ君、雲一つないじゃないか」
「ちょっと精神的に疲れが溜まっていてさ。真っ青な空が落ち着いたって訳さ」
「なるほど、私も何となくわかる気がする」
「そう言う意味で図書室は落ち着くよ」
「わかる! 私も実は最近疲れとか悩みが溜まっていて、この図書委員会活動の時間を楽しみにしていたんだ!」
「おおっ、おう」
適当に誤魔化していたら、強く共感されてしまった。
図書室が落ち着くのは勿論本心だけど、柚木の珍しい一面に驚かされた。
「柚木も……やっぱり悩みとかあるんだな」
「むっ、失礼な」
「なんか安心したぜ。で、何に悩んでいるんだ?」
「……君に言っても仕方ないと思うけど――」
「言ってみろって」
「最近なんていうか、クラスの男子が優しいんだ」
「ん? 優しいなら良かったじゃないか」
「や、気持ち悪い」
わかりやすく身震いして、拒絶感を示された。
柚木の悩みは意外でもなく俺も知っているものだった。
人見知りもここまでいけば重症の類だ。
「きっと彼らは善意で話しかけていると思うんだけど……」
「無理。生理的に受け付けないんだ」
「そ、そうか」
「君は私を女の子扱いしないでくれるから、助かるよ」
「そうなのか? 柚木は柚木としか見ていないから、よくわからないんだけど」
女の子扱いをするとか、そういう問題なのかとも思ってしまう。
柚木の人見知りを感じる基準は相変わらずわからない。
「他の男子と比べたら君は紳士だぞ。あいつらいつも私の胸ばかり見てくるからな」
「ん? 俺も偶に見るけど」
見るというか、どうしても目に付いてしまう……よく揺れる所為でな。
あまり気にした事はないけど、柚木本人曰くクラスで一番胸が大きいらしい。
「……君の視線はいやらしくないから平気だ。これは気分の問題なんだ」
「ふーむ、俺には難しい問題みたいだ」
「でも君、他人の胸を偶に見るのは注意すべきだぞ」
「すまん。冗談が過ぎた」
「私は構わないけど、他の女子は気にするかもしれないからな」
「柚木も構えよ。誘っていると勘違いされるぞ~」
人見知り極めているのはいいけど、一回ちょろい女だと思われたら面倒だぞ……と言葉にしてしまうのは、俺が柚木をそういう目で見ているみたいで出来なかった。
柚木とは俺が教室で孤立する前からの関係だし、色々あった際には話を聞いてくれた数少ない俺の話相手だ。
だからこそつい冗談を言ってしまったが、距離感を守っておきたい大事な友人なので言動には気を付ける。
「むっ、君に対する信頼のつもりだったが、確かにそうかもしれない」
「かもしれないじゃなくて、気を付けないと勘違いされるから気を付けろって」
「むむっ、君なら私にそんな意図がないくらい見抜けるだろうと最初からわかっていて言ったんだ」
「そこで対抗しなくていいから」
「……あぅ」
手に持った本の側面で軽く叩くと、落ち着いてくれる。
暴走した柚木を止めるいつもの手段だ。
しかし紳士か……詩衣の彼氏ならば当然そうあるべきだが、まさか今の段階でそう言われることがあろうとは予想外だった。
「ところでなあ柚木、俺って紳士なのかなぁ。教室では浮いていると思うけど」
「ん? 怖がられているが、君は私と違って友達はいるみたいじゃないか」
「いやぁそれでも、あまり人と関わる機会も少ないからそうなのかな~って思ってさ」
紳士たるもの、誰に対しても平等にと俺は考えている。
正直、今の俺に紳士を名乗れるほどの自信はない。
「……まあなんだ。君が紳士に思えるのは、香月さん一筋だからなのかもな」
「えぇっ、そこは俺がフレンドリーで男女平等な男だって言ってくれよ!」
「フレンドリーな男なのか?」
「……微妙」
クラスの一軍である鼓や鈴芽は話しかけてくれるけど、俺から話しかけることなんて滅多にない。
だから、柚木に俺のそういう部分を見抜かれている…………という訳ではない。
「おいおい君……まさか本気でそんな自己評価を高く言っていたんじゃないだろうな」
「なにを言う。柚木が俺の冗談に気付くと見越して、ここまで計算通りだ」
「ふぅん、どうだかな~」
カッコつけて言ってみるが、実際否定してほしかったのは本当なので、ノリの良い柚木は嫌いじゃない。
「まあ……私は地味でクラスでは立場が低いから、比較的に考えれば君はフレンドリーなのかもしれないな」
「自己卑下すんなって」
「褒めてあげているのに、嬉しくないのか? 変わった奴だな、君は」
「柚木の謙遜で褒められても嬉しくねーよ」
「……君は優しいな」
何処が優しいのかわからない……俺は当然のことを言っているだけで、柚木は自己評価が低い。
実際、クラスカーストに当てはめれば柚木は三軍女子なんだろう。
教室では俺にすら話しかけてこない……というか、鼓や鈴芽が寄って来るから話しかけにくいのかもしれない。
つまりはボッチなのだ。
女子というカテゴリーの中で、柚木の容姿は悪くないどころか、良い方に入るだろうけど、致命的にコミュニケーション能力が欠如している。
その為、クラスの女子からも相手にされない……態々救いの手を差し伸べる行為は自分のカーストを脅かす行為だ。
ぶっちゃけ……俺としては教室内で柚木の立場は今のままでいい。
もし友達でも出来て図書委員をサボられたりしたら、俺の話し相手がいなくなるから、作らないでほしいとまで思っている。
だから、俺は柚木を女子として見ていないし、そういった話題は出さない。
女子としての自信を持たれて、色気を出されては困るんだ。
万が一彼氏でも作られて、目の敵にされたくもないからな。
***
何故か大急ぎで帰り去った真琴くんの背中を見送って、私は一息吐きながらマイペースに残っていた本の整理をする。
今日の真琴くんは様子がおかしかったので、平気だと知って安心した。
彼は教室で恐れられているが、実は心が脆くて一度壊れかけてしまった過去がある事を私は知っているから、心配になってしまったのだ。
気になった結果、昼食の途中に一度目が合ってしまった気もするが、気付かれていないようで良かった。
最後の仕事を終えて、今日も帰る準備をしながらスマホを弄り学内掲示板を見る。
すると、また私の嫌いなユーザーが好き勝手書き込んでいる事に気が付いた。
いつも通り即レスで、『氏ね』と普段の私らしくない言葉遣いで書き込んだ。
「このストーカー……いい加減、詩衣様の邪魔になっているって気付かないのか」
今は人見知りの私じゃない。
匿名のストーカーというユーザーを睨みつけながら、思う存分本音が漏れる。
「クラスの男子達も気持ち悪いけど、こいつが断トツで吐き気がするゴミだな」
同じ人物のファンだから、その真意が同族嫌悪の類である自覚はある。
けれど粘着を辞められないのは、使命感があったからだ。
真琴くんもまた、私と同じ詩衣様のファンだから。
私がこのストーカーと同じように見られるのはいいけど、真琴くんも同じように見られるのは嫌だと心の底から思ってしまい、いつしか粘着が日課になっていた。
このユーザーが二度と書き込みを辞めるまでこちらも粘着を辞めるつもりはない。
絶対に赦さないという信念が湧き上がる。
やっと出来た私と真琴くんだけの聖域を汚されたくないから。
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