第36話 -黒幕-
ずっと前から、鼓がMクラスの黒幕なんじゃないかって、実は疑っていた。
それは磯崎のような一軍男子が二軍へ落ちた時の出来事……俺は鼓にしか事情を話しておらず、また噂になっていることもなかったからだ。
それに、突然見知らぬ誰かが定義したカーストに皆が順応した一番の理由は何だ? と考えた時、自然とフィクサーの存在に注目がいく。
フィクサー……それは当時の『匿名のイケメン』に他ならないだろう。
最初から自分という証人を基に計算していたと考えられる。
しかし、確信に至れなかった。
鼓みたいな男であれば、カーストなんか定めなくても人気者になるのは容易いだろうから。
加えて、Mクラスの黒幕に対して途轍もない憎悪のような感情を抱いていることに、別人だと考えた。
そして、Mクラスの黒幕が『匿名の男子生徒』として学内掲示板へ書き込んだ時、既に『匿名のイケメン』のコテハンが存在したことを知っていたから、辻褄が合わなかった。
まさか事故嫌悪感による憎しみだとは思わなかったし、コテハンの存在にトリックが仕掛けられているなんて思いもしなかった。
結果論から語ればMクラスの黒幕ほどの人物が絶対的に自身の正体を隠すならば、安全圏へと身を置くだろうが。
だが、そこに新たな違和感が浮かび上がってしまう。
そこまでして隠したかった事を簡単に明かしてしまったことだ……矛盾している。
俺に対して感情的になったと言われればそれまでかもしれないが、友人としてあり得ないと確信してしまった。
仮に鼓の言い分を信じるとして、クラス全員のカースト名簿をこっそりと一気に書き込むことができるか? 現実的に考えてファイルを転送する方が早い。
無理がある……鼓に長時間端末を貸す友達がいないとは思わないが、正体を隠すためのトリックを施すほど計画的な人物にしてはやり方が強引な気がする。
もし誰も端末を貸してくれない、または書き込み途中に返却を要求されてしまえば元も子もない。そして、本当にファイル転送で移したのであればそんな嘘を吐く理由がない。
では、真実は何か……結論から語れば、鼓には共犯者がいる。
当時、固定ハンドルネームを使っていない人物で尚且つ、鼓が俺にさえ隠す人物。
そんなの……霜鳥鈴芽しかあり得ない。
この真実は一見間違っているように見える。
何故ならカースト名簿を掲示板に張ったのは『匿名の男子生徒』であるからだ。
『匿名のイケメン』が存在する以上、もし二人が共犯者ならば名簿を張った人物のユーザー名が『匿名の女子生徒』でなければおかしい。
だから、きっと誰も疑うことさえ出来なかった。
そこには大きな落とし穴が仕掛けられていたのだ……カースト名簿を張った匿名の男子生徒こそ、本物の鼓である『匿名のギャル』だったのだ。
兄妹揃ってあまりにもわかりやすい固定ハンドルネームは、最初からこのトリックを落とし穴を作りだす為に設定したものだったのだろう。
だからこそ、『匿名のイケメン』の正体が霜鳥鈴芽であり、『匿名のギャル』の正体が鼓。二人は掲示板で入れ替わっていたのだ。
その全ては、鼓の気持ちを考えてみれば合点がいく話だ。
カーストそのものが、最初から鈴芽を一軍として祭り上げる為の仕掛けだった。
俺に嘘のトリックを話した理由だって、鈴芽を庇い真実から目を逸らす為だったのだ。
Mクラスのカーストに問題がなかったとは到底言えない。
見えないところで、上下関係は学園生活に支障を与えていただろうから。
だから鼓は自分一人がMクラスの黒幕として、俺から罰を受けようと考えていたんだろう。
例え何の意味がなかったとしても、それは覚悟の証明だったはずだ。
さて、鼓が恐れている事には察しが付いている。
この真実は、あまりにも残酷な可能性を秘めている。
以前、詩衣から聞いた糸園家……同学年のAクラスに在籍している紅葉の姫君の姓もまた同じだったことを後になって思い出した。
彼女はカーストの設立者を探している……本気でこの学園で覇権を取る事を目指しているんだろう。
詩衣の言う事が正しければ、糸園家は香月家を離反しており、その先に目論むことを考えれば本家の乗っ取りだと察することができる。
だから、彼女こそ真に詩衣を脅かす、俺が最も注意しなければならない人物なのだ。
彼女が真実に辿り着けば、Mクラスを壊すのに十分な破壊力を生み出し、詩衣の立場さえ崩せるかもしれない。
鼓は恐れたはずだ……今まで霜鳥兄妹が学年全体を騙し通していたことは、これ以上ない下克上の糧となってしまうから。
だからこそ、二人の正体がバレない事を願うだけでなく、偽る為に俺が動く必要がある。
黒幕として少なからず疑われている俺ならば……Mクラスの黒幕という可能性を仄めかしながら動くことができるだろうから。
二人を助ける為じゃない……詩衣を脅かす者から逃れる為に、俺もまた共犯者になるのだ。
これじゃまるで、俺が霜鳥兄妹を信じることができていないみたいだが、それは間違いじゃない。
霜鳥兄妹には根本的に致命的な部分がある。
二人の限りになく近い心の距離感が、お互いの存在を当たり前のものとして考えてしまっているのだ。
鈴芽の劣等感も鼓の罪悪感もお互いで共有できた筈なのに、二人とも自分で抱え込んでしまっている。
結果的に出来上がったカースト内でさえ、二人にとって解決策にはならなかった。
こんなにも、お互いという特効薬が近くに存在しているというのに、気付くことができない。
兄妹だからかな……悪い癖が似ているのかもしれない。
「兄妹だから……か。じゃあ、花奏も…………いや、そんな訳ない」
俺と妹の距離感は、未だ昼夜を逆転させるほど遥か遠い。
間違えてしまったのは俺だけなのだと悟ってしまう。
本当だったら俺は……あいつに、本当の想いをわからせてやりたかっただけなのにな。
__________
これにて一章終了です。
『第5話 Mクラスの黒幕』の意味はそういうことです。
第26話の『SUZUME』と掲示板回の『匿名のイケメン』はチャットでも句点を打ち込みますが、『匿名のギャル』は句点を付けていなかったりします。
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桜の淑女、俺の前ではもう散っている。 ~学園カースト最上位の彼女の本性は束縛したがり地雷系!?~ 佳奈星 (Kopfkino.) @natuki_akino
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