第32話 和解の鈴
教室の雰囲気は随分と変わったみたいだった。
鈴芽が時々俺に絡んできたのはこれまで通りだが、そこに詩衣が加わるのは誰の目から見ても奇妙な現象だった。
「おはよう、香月。昨日は……その、大丈夫だった?」
「はい、お陰様で助かりました」
元々、保守的だった詩衣の派閥とは対照的に、鈴芽の側には昨日のような下克上に野心を持つ女子生徒が多かったせいだ。
主導者だった鈴芽がこうして詩衣とも馴染もうと接しているのだから、困惑するのも無理はない。
鈴芽の誤解が解けたことで、彼女の地位はこれまで通りだ。
このまま円満な関係が築かれるとすると、このクラスにとって覆す事のできない強固な派閥が完成してしまうことになる。
「それで真琴、今日の放課後なんだけど――」
「開いているよ。詫びなんて気にしなくて良かったけどな」
「そういう訳にもいかないから……」
や、実際鈴芽は詩衣を助けてくれたのだから、本当に詫びなんていらない。
実際今日は学校終わりの早い日だし暇なのは事実。本人がそうしたいというのに止める気もないけどな。
「それで、良ければ香月も一緒にどう?」
「でしたら、もちろん付いていきます! 放課後は私も開いていますので。ところで、一体何をするんですか?」
「秘密……と言っても、隠したい訳じゃなくて言いにくいだけなんだけど」
言いにくい? まったく見当が付かないが、詫びという名目で何かを強いられることもないだろう。
それにしても、詩衣も誘うとは思っていなかった。確かに無関係ではないけど……意外だ。
なんだか、以前あった棘……目の敵にするような感情が消えた気がする。
「あと、どうせなら夜、真琴の家に直接行きたいと思っていて……大丈夫よね?」
「えっ?」
「あっ、もちろん香月と二人で押し掛けるんじゃなくて……ついでに鼓も連れていくつもりだから、間違いは起こらないと思うし」
間違いって何だよ……二人きりならまだしも、三人なら尚更ないだろう。
そんな心配していない。でも、何故に夜……そんなに時間がかかることするのか。
「そういう問題の前に……どうして俺の家なんだ?」
「えっ、えっと……ほら最近、真琴も引っ越したことだし家見てみたいなって」
「引っ越したこと鈴芽に言ったっけ?」
「う、ううん。最寄り駅が変わったから、そうじゃないかなって思って」
あれ? いつも俺が教室へ入る頃には鈴芽も登校しているはずだし、放課後は周囲を気にしているのに……何処かで見逃したかな。
「でもな……まだ引っ越してから整理しきれていないし、散らかっていたら申し訳ないっていうか――」
「うーん、でもなるべく誰かの家が良いのよ。あーしの家はちょっと遠いから二人の帰りが遅くなっちゃいそうだし、香月の家は……行きにくいかな」
「そうですね。私は真琴くんの家に行ってみたいのですが、どうしてもダメなのですか?」
「うっ」
そこは、事情を知っているんだから察してほしいものだったんだが、顔を見ると全く心配していない様子。
ふむ、もし詩衣の部屋に入れたりしたら、後々俺の部屋へ押し掛けられた時にお隣同士だとわかってしまうからな。
その点じゃ、こっちの部屋に来てもらう方がいいのかな。
意外に詩衣の私物は全部回収されていくから、その辺の心配は少ない。
「わかったよ。じゃあ俺の家に来てもいいよ。まあ家というかマンションだけどな」
「やったっ」
そう喜ばれると、本当は詫びとか関係なく引っ越した俺の部屋に来たかっただけみたいに勘違いしそうだ。
しかし、家に来るのが夜だとすると、それまでは何処かで遊ぶつもりなんだろうか。
まあ鼓が付いてきてくれるなら、話し相手に困る事もないだろう。
ところで、今日詩衣と近くなったことを皆に咎められなかったか心配だったが、その心配は無さそうだった。
思っていた以上に鈴芽は多くの女子生徒から好かれている。根が優しいのだから当然だと思うが、昨日の一件を疑うような友達が少なかったことが大きいだろう。
話を聞くところによると、前に俺をゲーセンに誘った事が柚木の介入でよって皆が知るところだったため、信憑性があったんじゃないかと。もしそうなら柚木に改めて感謝しないとな。
そして、放課後の予定なのだが……四人で駅に着いた頃、やっと教えてくれた。
「コスプレパーティー、実際にやってみようと思って……」
「えっ、なんで?」
「なんでって……しゅっ、趣味なんでしょ?」
「……まあ、そうだね」
「あーしも興味がないわけでもないってゆーか? お詫びにあーしのコスプレ姿、見せたげようと思って……ね。何処かいいお店知っているなら、選んでよ」
なるほど、確かに俺がコスプレ趣味のオタクなら、鈴芽のコスプレ姿にも興味があっただろう。うん、言いにくい詫びというのも合点がいった。
けど鈴芽……そんな恥ずかしそうに言われると困る。
以前、鏡越しに見た自分の顔を思い出してしまうじゃないか。
そして詩衣の顔を一瞥するととても嬉しそうにキラキラと目を輝かせていた。
ああ鈴芽…………もう戻れないぞ。
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