第31話 野望の詩
鈴芽に事情を聞いたところ、衣装を勝手に持っていたのは事前に詩衣を狙う計画を知って止める為だったと言う。
ライバルとして、一軍の立場を弱らせらくなかったんだとか。
実を言うと、コスプレ趣味が暴露されたところで、詩衣の支持層は揺らがないし一軍から落ちるなんて想像も付かないと思っている。
だから今回の下克上を目論んだ女子達の狙いが詩衣から鈴芽へと路線変更したのは、当然の帰結だった。
そういう訳で頑なに詩衣の身を案じた訳ではないと否定されてしまったが、本心はどうなんだろう。
俺には……本当に善意から助けるつもりの行動だったように思えたんだけどな。
鈴芽には今度またお詫びを考えてくるなどと言われてしまったが、鼓がどうにか止めてくれることを期待している。
今、それどころではないからな。
もう就寝する頃だというのに、詩衣が鼻歌を歌いながらいつも通り俺の部屋へと入り浸っていた。
「今日は可愛いパーカーだな。ちょっとそういう服も着るとは思っていなかった」
「はい。今夜は一緒に寝ようと思いまして」
「……ごめん。聞き間違いかな? 一緒に寝る?」
猫耳と尻尾の生えたパーカー服に戸惑っていたら、また突拍子もないことを言われてしまった。
今まで健全な距離感を保ってきたというのに、そんな突然な……。
「聞き間違いではありません! 同じベッドで同じ夢を見ましょう」
「同じ夢は見ないと思うけど……」
学校では決して言ってくれないユーモアに心を弾ませる。
しかし、詩衣の顔に冗談めいたものは感じなかった。
「ふふっ、わかっていますよ。それでも同じ夢を見てほしいのです。その為に、こうして一緒に寝ようと思ったのですから」
「そ、そうか」
追い返すのも冷たいだろうと困っていると、詩衣は俺のベッドへと先に寝転がりだした。
パーカーのせいか、仰向けだと腹を見せた無防備な猫っぽくてかわいい。
電気を消して隣に横たわる。
流石にこんなシチュエーションは予想していなかったが、初日のインパクトもあって共に寝ること程度では緊張を覚えそうにない。
「ふぅ」
しかし、耳元に吐息が当たってびっくりした。
「なっ、なんだよ」
「全然、触れてくれないからですよ。緊張しましたのに」
「……俺、そんな大胆な男じゃないから」
「大胆じゃないんですか……不思議ですね。今日の真琴くん、あんなにカッコよかったのに」
突然そんなことを言われると照れ臭いが、手を出さないことを皮肉めいているのだろうか。
いや、皮肉を言っている声色ではないな……少し残念そうな気がする。
あの時、詩衣を止めたことに何か不満が無さそうで良かったとは思うけど、褒められるほどのことだったかは疑問だ。
「何より嬉しいのは私のことも考えてくれたことなんです」
「……そうだったかな?」
「私の趣味をあの人達が馬鹿にしようとしていた事くらい、わかりますから」
そこまで考慮して出しゃばった訳じゃなかった。
でも喜んでくれているなら、そういうことにしておこう。
「それで、触れてほしいって……抱きしめてもいいのか?」
「どうして許可を取るんですか? 抱き枕にしていいですよ」
「や、その例えはどうなんだよ……しにくいだろ」
「……では、手だけ握ってください」
本当は抱きしめたかったが、詩衣の物言いにやめることにした。
きっと一度抱きしめたら理性が途切れてしまう気がするから。
まったく、どっちが大胆なんだと言いたい。
「これでいいか?」
「……こうです」
普通に手を重ねて握るだけかと思えば、指を絡めてきた。
そういうことをされるとドキドキして仕方ない……眠れなくなりそうだ。
「私、夢があるんです」
すると、突如として詩衣が話を切り出した。
さっきも話していた『夢』という単語が重なりだす。
「まだあまり知られていないのですが、実写ドラマをアニメーションにする技術というのが、香月家の運営する企業で開発されようとしているんです」
「……デュアル式AI学習か」
「その通りです。難易度が高く開発は遅れていますが、お父様によるといずれ必ず普及すると言われています」
まさに夢のような技術だ。
技術特異点はもう始まっている。その一端がもう実現性を高めているというのだから。
デュアル式AIというのはAIを用いて作成することができる高度な人工知能であり、次世代のAI技術とも言われている。
「そこで、私はロマンスアニメーション映画を作りたいのです」
「なるほど。だから、コスプレなのか」
「はい。もちろん、コスプレ自体が好きなのですが、最初は夢を叶える為に始めたことだったんです」
どうしてその趣味に走ったのか疑問に思ったこともあったが、そういう理由なら合点がいった。手段として、必要なことだったんだ。
デコーディングする映像が入力映像データに依存するものであれば、CG技術と組み合わせる為にもオリジナリティを高める為にコスプレは最適だろう。
アニメーションそのものを編集するよりも遥かに手軽で、誰にでも使えるという点は魅力的だ。普及すればコスプレの需要が高まるのも想像に容易い。
「一応訊くけど、香月家の経済力があれば、アニメ制作会社に作らせようとしなかったのは何故なんだ?」
「しましたよ。ただ香月家と言っても一枚岩じゃないので、親戚の皆々に反対されたのです」
やけに許嫁の話を秘密にしようとしていたが、もしや親戚関係が原因だったんだろうか。
「特におじい様の三男が婿入りした糸園家が昔から品に煩くて厳しい人ばかりでした。公表されていませんが糸園家は香月家から離反しています」
「じゃあ以前言っていた詩衣が父親から厳しくされているのって」
「はい。親戚から隠す為なんです。暗黙の了解で、趣味を公表しないことを条件に見逃されています」
著名になったきっかけのSNSを始めた理由もまた父親の命令だと聞いた。
お見合いの日に見た詩衣の父親からはそんな厳しさを感じなかったので、趣味そのものを嫌っている訳ではないのか……少し安心した。
そうなると……今日のこともクラスの支持率など関係なく隠し通せたことは大きかったのか。
通りで記念日でもないのに突然一緒に寝ようだなんて言い出した訳だ。
きっと感謝の気持ちがあってのことだろう……そうとわかってしまうと、逆に手を出せなくなってしまうんだけどな。
恩を利用するのは紳士じゃない。
「こういう夢を話すと夢女子だって言われるんですが、本気です」
「俺は……詩衣のことを疑ったりしてないぞ?」
「ふふっ、ありがとうございます。ただ絵空事に聞こえなくもないので」
確かに技術に無知だったなら、詩衣の野望は何言っているのか理解すら難しかっただろう。
だが、俺は妹の影響でAIを触る機会があった。あの時はカメラの技術だったが、それだけでも知らない技術が多く存在することを知ったのだ。
「ふぁぁ」
「もう眠いか?」
「そうみたいです。以前、この夢を笑われてしまったことがありまして、実は少し否定されるのが怖かったんです。心構えていたら、疲れてしましました」
年頃の少女っぽい悩みが、少しだけ意外だった。
夢を否定されたら、誰だって怒るしショックだ……それは詩衣のような隔絶した立場を持ってしても同じらしい。
それなりに覚悟を決めていたんだろう。
しかし、眠気を感じさせる欠伸も可愛いなんて反則だと思った。
急に、この時間が終わってしまうことに寂しさを覚えてしまうな。
「えっ……?」
「抱き枕にしていいんだろ? おやすみ、詩衣」
「……はい。おやすみなさい」
身動きがとれないほどに、ぎゅっと抱きしめる。
きっと彼氏として今取るべき支え方は、過去を現在で塗り替えることだ。
今夜、いい夢が見られますように、おやすみなさい。
__________
※デュアル式AIは造語です。
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