第11話 お見合い③

 食事を終え、大人から解放された俺と香月は、応接室らしき部屋へと使用人に促された。


 扉が閉じた瞬間……外部の物音が一切聞こえなくなった。

 防音室なのだろうか、密室に好きな女性と二人きり……何も起きないはずもなく?


 いや、残念ながら何も起きなそうだ……何故なら椅子に座った瞬間から拘束されたように身体が動かないから。


 無理もない。香月と同じ空気を吸っている……つまり彼女の吐いた二酸化炭素を多少でも俺は吸っている訳で、そんなの身体が麻痺してしまうに決まっているじゃないかッ!


 いつまでも黙りこくる俺の代わりに、またしても沈黙を破ってくれたのは香月の方だった。


「あの……さっきはありがとうございました」

「さっ、さっき?」

「メイド長に追いかけられていた時、きちんとお礼を言えていなかったので」

「ああ」


 結局捕まってしまった訳だが、助けたことにはなるんだろうか。

 言い得て妙だが、まあ香月の義理堅さといったところかな。


 逃走の意味は今になってようやく悟れた。

 お見合い話を受けたくなくて……無我夢中で逃げ出したんだ。


 俺と同じ気持ちを抱いていたなら……と同情する。

 本当は緊張している筈なのに、そんな裏を見せまいと平然を装っているに違いない。


「……また、貴方に助けられてしまいましたね」

「また? ごめん、なんかあったかな」

「……ふふっ、忘れてしまったんですか?」


 もしかして、去年交差点で車から助けたとか勘違いされている事かな。


 香月の事は毎日のように観察しているとはいえ、俺が直接関わる機会は残念ながらそう無いので見当が付いた。


「浅丘く……ではなく真琴くんにとっては些細なことで、私がそう思っているだけなので気にしないでください」

「……その方がいいかもしれないな」


 些細な事ではないが俺には助けたつもりがなかった訳で、故意でない事に感謝を求めるのは性に合わないと思った。


 ……あの時は本当に無我夢中で、自分のことしか考えられなくて、今更思い返すだけで恥ずかしく思えてしまうしな。


「さて、真面目な話をしないか? 一応、その為に二人きりなんだし」

「あっ……そうですね」


 その瞬間、ちょっと残念そうな……しゅんとした顔をされた。


「やっぱり、乗り気じゃないか」

「えっ?」

「隠さなくても、気持ちは顔を見ればわかる」

「い、いえいえ……私はただ真琴くんとの雑談が思ったより楽しかったと言いますか――」

「ははっ、それは光栄だ」


 お世辞でも香月に褒められると顔が緩みそうになってしまう。

 流石香月……人を煽てるのも上手だな。


「真琴くん……食事の時もそうでしたけど、偶に変わった表現をしますよね」

「え? きっ、気にしないでくれ。これでも緊張しているんだ」


 まずい。またしてもストーカーの癖が出てきていたらしい……自覚症状がなかったぞ。


 何故か興味津々の顔を見せてくれるし、困ったことに香月の好奇心を惹いてしまったのかもしれない。


「本当に緊張しているんですか? 食事の時よりは楽に話してくれていると思っていたんですけど……」

「うん。まあそうだよ……はい俺の話は終わり!」

「気になりますな~」


 香月の見た事もない一面が見れて、またしても話しの主導権を奪われそうになるが、グッと堪える。


「真面目な話が出来ないままだと香月だって困ると思うぞ」

「私は真琴くんと呼んでいますけど、真琴くんはまだ私を苗字で呼ぶのですか?」

「……詩衣と真面目な話がしたいんだ」


 色々と入り混じる感情を抑え、とにかく話を急かそうとすると少し顔を赤らめて黙られた。

 よくわからない反応だが気にせず話を進める。


「まず、詩衣はこのお見合い話に反対なんだよな」

「反対じゃないですよ」


 あれ?

 じゃあメイド長から逃げた理由とかの説明が付かなくないか?

 辻褄が合わない気がするけど、また俺に気を遣ってくれている……とかなんだろうか。


「実は私が許嫁を作るというお話は、私から言い出したことなんです」

「はい?」

「その……彼氏というものに憧れていた時期があったんです」

「あったって……過去形なのか」

「はい。恋愛話が流行っていた時がありまして……ちょっとした出来心をお爺ちゃんに言ってしまった事からこんな事に……」


 なるほど、それで可愛い孫娘の為に許嫁を作ろうって話になったのか。

 俺の祖父との繋がりを考えれば、お誂え向きだったという訳だ。


「詩衣が恋愛に興味あったなんて、今じゃ情報一つで炎上しそうだ」

「本当に過去の話ですから……中学生の頃、私は近い年の女子を集めてお茶会を開いていたんですが、そこで盛り上がってしまっただけなんです」

「えっ」


 お茶会って食事中に聞かされたものと同じだよな。


 じゃあ妹も恋愛話なんて混ざれたんだろうか……いやいや、あいつにも好きな男子の一人くらいいたのかもしれないけど、俺が気にして良い事じゃないだろう。


 あれ……というか、中学生の頃の話からお見合い話が始まったなら、なんで今更?


「詩衣、もしかして……今までもお見合い話ってあったのか?」

「いえ、今回が初めてです」

「……そうか」


 単純に年齢的な問題を考えたとか、そういう理由なのだろうか。

 何か……大人の事情がありそうだ。


「って待て……話が脱線しそうになっているけど、やっぱり詩衣は反対しているじゃないか」

「そんな事ないです」

「いや、結局彼氏が欲しかったのは過去の話で、今はその必要もないんだろ?」

「はい。でもお見合いに反対ではないです。彼氏作ってみたい気持ちはありますので」


 うーむ……怪しい。

 まるで本当は反対だったけど直前になって賛成に切り替わったような……いやいや、流石にそれは有り得ないだろう。


 もしそうなら……変なものでも食べたのか? と疑うところだが、同じく口にした食事は大変美味だったしな。


「あの、どうして真琴くんは私が反対しているように思うのですか?」

「だって……詩衣は俺の事好きじゃないだろ」

「それはっ……はい、その通りです。でも、知らない人よりは……真琴くんが良いです。それとも、真琴くんの方が反対なんでしょうか」

「…………」


 畜生……そんな嬉しい事言われたら、言い返せないじゃないか。


 詩衣の気持ちは共感できる……俺と全く同じく、その気も無いのにお見合いに付き合わされたくないという思い。


 要は俺が良いというよりも、知り合いならば安心できるといった意味なんだろう。

 ここで嘘の関係……恋人を演じるような提案しないあたり、純粋な信頼を感じる。


 まあ多分だけど、まだ彼氏というものに憧れている初々しい気持ちがあるんだろうな。


 でもよりによって、俺か……信頼を抱いてもらっているところ悪いけど、学内掲示板ではっきりとストーカーですって自己紹介しているような俺を選んでしまうとは運が悪い。


「いや……反対する理由はないよ。ちょっと現実味を帯びていない展開に、脳が追い付いていないだけだ」

「なら、話はまとまりましたよね……許嫁として、これからもよろしくお願いしますね」

「……こちらこそよろしくお願いします」


 なんか話の主導権を奪われたらとんとん拍子で話が終わった。

 えっ、軽くない?


 てっきり破談に終わると思っていたから、俺の方が何も覚悟できていない。

 でも、不思議と落ち着いていた……思っていた以上に、会話が弾んでくれたお陰かな。


「では、お父様達にもそう伝えましょう」

「あ、ああ」


 無駄な希望も抱いてみるものなのかもしれない。

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