第10話 お見合い②

 香月家ほどの名家が俺を選ぶ理由……あるとすれば、才能があるかもしれないという可能性ではなく、既に才覚を見せ始めている妹に目を付けたからじゃないのか。


 お見合い話が振られる度、俺の中にずっとあった懸念を吐き出した。


「ちょっと真琴!」

「折角の縁談をお前――」


 俺の両親が焦った顔で叱ってくる……一歩間違えれば糾弾していると捉えられかねない言葉を口にしたのだから当然だ。


 しかし、香月の父親は怒るどころか戸惑っていた。


「すまない。私の記憶が正しければ……失礼かもしれないが、君の姉……花奏さんの話ではなくて?」

「一応、花奏は俺の妹です。姉はいません」


 知らない可能性にも賭けていたんだが、やはり、調べは付いているらしい。

 そっか……両親だけならわからないかもしれないけど、祖父と面識がある時点で気付くか。


 姉と勘違いされた事については、妹の事を考えてみれば……そう思われても仕方ないとは思うけど、面と向かって言われると堪えるな。


 俺もそれなりにしっかり者のつもり……いや、ストーカーしている女性の父親に対して何も言えまい。


「そうだったのか……しかしまあ、どの道あの子と兄妹だったとはね」

「ん? あの子……ですか。まるで会った事があるような口振りですが」

「ああいや……以前、詩衣が同級生を中心に開いたお茶会に来たからね」

「あ、はい。もう二年前のことですが……真琴くんの妹さんにはお会いしました」


 色々憶測を立てていたが、実際に会ったことがあったのか。


 名前で呼ばない辺り、と目を逸らした事から、香月自身はそこまで俺の妹と親しい仲ではないみたいだ。しかも来たというと……香月が招いた誰かの伝手で行ったのだろうか。


 妹の交友関係は知らなかったが、お茶会に誘ってくれる友達がいたんだな……と今更兄らしい事を考えてしまう。

 俺に……あいつ兄を名乗る資格なんて本当はもう無いのにな。


「よく見れば……確かに真琴くんはあの子に似ているね」


 香月の父親がサラッと放った一言に、秘めた寂寥感が引き飛ばされた。


 似ている? 妹を知っているなら尚更似ていないと感じるはずなのに、その言葉が嬉しく思えてしまった。


「まあ安心したまえ。君の妹が目的の縁談じゃないんだ」

「……では、一体どうして」

「詩衣と相性が良さそうな男子を選んだだけだよ」

「他意はないんですか?」

「他意はないし、真琴くんか詩衣の一方が嫌なら……この話は無しにしてもらってもいい」


 その返答に俺は言葉を失った。

 散々疑ってきたが、本当に他意はなくて……最初からただ単純にお見合いをするだけだったのか?


 香月詩衣の親という時点で誠実な人であることはわかっていたのに、今までのお見合い話で振り回されて……俺は疑い深くなっていたのかもしれない。


 なんだか……拍子抜けしてしまったな。


「ちょっ、真琴!」

「もちろん、お前は受けるつもりなんだろう?」

「えっ」


 当然、両親は俺にこの話を飲んでもらいたいらしい。

 妹と違い出来の悪い俺に利用価値が生まれるなら、当然だろう。


 あまりの好条件……普通なら掴み取らないチャンスはない。

 父さんの顔は、断るなんて正気の沙汰だと言いたげな形相をしている。


「こんな可愛らしい少女に惹かれないなんてないだろ?」

「それは、まあ彼女ほどの美人もそうそういない訳ですが……でも――」

「まさか、男の子が好きだとか!?」


 ガタッとテーブルの向かい側で音がしたが、気にする余裕がないくらい父さんが変な勘繰りをしている。


「父さん……俺は女の子が好きだよ」

「だよな! そうだよな、息子よ!」

「まあまあ落ち着きなさい」

「おやじ……」


 そこで、静観していたおじい様が期待のあまり暴走しかけた父さんの言葉を止めた。


 いつもの優しい顔が珍しいことに険しく、それだけで場の空気を掌握された気がする。

 威厳……というやつだろうか。


「このお見合い話のきっかけこそ偶然だが、儂は香月の当主と既に話を付けている」

「……そうだったのですか」

「して、最初から判断は子供に委ねるつもりだったのだよ」

「ほっほっほっ……そういう訳じゃ。浅丘の主人もそれでよいかの?」

「え、ええ。もちろんです」


 流石の父さんも、おじい様達には逆らえないみたいだ。

 父さんは野心がありながらいつも空回りしているから、空回りしきる前に落ち着いてくれて良かった。


「まずは二人きりで話をさせてはどうじゃ? のう、詩衣もそう思うじゃろう」

「はい、私もそう思います」


 香月の言葉を聞いた父さんが軽く背中を叩いてきた。


 父さんには悪いけど……香月がこのお見合いをどう思っているのかに全てを委ねるよ。


 恐らく、このお見合いは成立しないだろうと、桜の淑女検定一級である俺には手に取るようにわかってしまうのだ。

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