第12話 よく視線が交差する教室

 週明け、俺は若干残っていた疲れを感じて、授業中にも関わらず窓の外を見ていた。


 ただ無意味に空を見ていた訳じゃない……本来、詩衣以外を見ている時間なんて無駄に思っているこの俺が、気にするほどの物が窓の外に見えてしまっただけだ。


 この地域に幾つかある中で最もタワーマンション……何故か俺が今日から住むことになってしまった家ともいう。


 事の発端はお見合い話の結論からだ。

 二人で話し合った俺と詩衣は、許嫁となる事を決めた訳だが……その後、詩衣の祖父から詩衣へとプレゼントされたのがタワーマンションだった。


 プレゼントの規模が大きい事はさておき、それだけならば俺まで巻き込まれる事はなかったのだが、詩衣が変な勘違いをしてしまった。


『このタイミングでプレゼント……これって真琴くんと同棲しろって事ですよね』


 そんな訳ないだろうに詩衣の放ったさりげない言葉から、孫娘がそう望むならとそんな話の流れが出来てしまったのだ。


 許嫁なら近くにいるべきだとか謎の理屈を並べられた俺は、主に両親によって引っ越しすることが進められてしまった。


 流石に俺は最後まで拒否をしたんだ……詩衣と同棲なんて俺の理性が絶えられない。

 相手は淑女オブ淑女なのだし、貞操観念は強いに決まっている。


 たとえ魔が差したとしても、そんな詩衣に襲い掛かろうものなら、きっと大変なことになってしまう。


「……っ」


 完全に否定しきれないと思った……気持ちを抑えられず爆発してしまった、言ってはいけない言葉を口にした過去が、トラウマのように蘇ってくるから。


 というか、ずっと前から憧れていた女性と一緒に住むとなったら、手を出さない方が難しいだろう。


 むしろ、上手く躾けて俺のものにしてやりたい……そのお堅い貞操観念を緩くしてやりたいと思ってしまう。それがストーカーとしての本能だ。


 だけど、嫌われたくはない。

 こんな俺だって彼女を幸せにしたいと思う気持ちはあるのだ……それこそがストーカーとしての美学ってものだろう。


 そういう訳で、脳裏に遮る黒い欲望を隠しながら、あくまで理屈を並べることで何とか同棲は回避することができた。


 同棲は避けられたのにどうして引っ越しする羽目になったかというと、妥協点として同階の隣の部屋に住むこととなった為である。


 同棲は学生なのに不健全だという反論をしていた為に、その結論に言い返せなくなった。

 更に反論を重ねようものなら、俺にその気があるんじゃないかと疑われてしまうからだ。


 本当にその気があるからこそ、疑われる訳にはいかなかった。


 それに、まあ俺も親に散々迷惑をかけた事がある為、あまり文句を言えなかったしな。

 そういう意味で親元を離れたいと願う気持ちもまた元々あったのだ。


 折角良い暮らしを提供してもらえるのだから喜ぶべきなのだが……やはり同じ階、同じ屋根の下に詩衣もまた住んでいるという事実に震える。


 想像するだけで恐怖……というより緊張するだろう。

 万が一本能的に動いて部屋に連れ込んでしまえば最後、本当の誘拐事件が始まる……そんな緊張だ。


 俺の事ばかり考えても仕方ない。

 近くに住むことで詩衣の一人暮らしが少しでも安心するものになるのだと前向きに考えよう。


 マンションのセキュリティで不審者が入って来ることはないが、例えばAI関係などで助けになれる事があるかもしれない。


 最近はAIによるトラブルも少ないとはいえ、無くはないのだ。

 いや、香月家の主な事業である事を考えたら俺の知恵なんて本当にしょうもないかもしれないけど。


 ……俺、考えすぎかな?

 そもそも俺が許嫁になった理由って、詩衣に彼氏を作りたい欲求があったからで、彼女自身は俺に本気じゃない。


 俺の役目は恋人というものを詩衣に教える事で、これから先の人生において困らないようにすることだ。


 要するに、今日から俺は恋愛について学ばなければいけない。

 今のままじゃただのストーカーだし、何より俺自身に彼女がいた経験がないのが問題だ。


 世の中、大半のカップルが結婚に至らず別れてしまうのも無理はないと思う。


 初めてというものは経験が浅く、相手に対する偏見や自分の気持ちに振り回されるものだと、昨日徹夜で読んだラブコメにも書かれていた。


 元々ラブコメをよく読む俺にとって全く苦痛はないし、沢山読んで先人の知恵を借りる事としよう。


 出来れば……詩衣の初めてくらいは同意のもとで奪いたいから、その為には良い彼氏役を演じないといけない。


 おっと、考えすぎているのは閉じ込めた欲望が漏れ出てしまっているのかもしれない。

 察せられない為にも気を付けないとね。


 そこでふと、詩衣の方を向くと目が合った。


 すぐに目を逸らすが、胸のドキドキを感じてしまう。

 まだ彼氏半人前にしては、そういう自分に浮かれているのかもしれない。



 ***



 いつも通り昼は一人で過ごそうかと思ったが、普段は色んなグループに絡みに行っている鼓が俺の元へ来てしまったので、共に昼食を取ることになった。


 何かと思えば、鼓の様子に違和感を覚える……何かと思えば、一度周囲を見渡してから真剣な顔で話を始める。


「そういえばさ、真琴って一昨日何していたんだ?」

「何って……野郎のプライベートなんて知ってどうするんだよ」

「どうするも何も、気になる真琴の目撃情報があるから気になってんだよ」

「は? 目撃情報って……人違いじゃなくて?」


 一昨日というとお見合いの日、マンションの視察や契約関係の話などで家へ帰ったのは日が落ちた後だし、俺が見られたとすれば香月家に連れ去られる前だ。


 鼓が気になるような話ならば、誘拐騒ぎの事を指しているに違いない。


 確かあの時、詩衣はフードを被っていて顔が見られなかったけどそれでもスカートを履いていた訳だし、俺が女子を背負って走っていた事は誰が見ても明らかだろう。


 だったら言い訳のしようがない……今度はその女子が誰なのか答える義務を背負うことになってしまう。俺の心がぎっくり折れてしまいそうだ。


「聞いた話によると、やけに髪を整えていたらしいじゃないか」


 どうやら目撃されたのは誘拐騒ぎ以前だったらしい。

 万が一を考えると、肝が冷えた。


「……誰から聞いた話なんだよ」

「それは秘密だ。んで、なんだよ……まさか女か?」

「髪を切ったついでにちょっと整えてもらっただけだよ。誰かに見られていたと思うと、恥ずかしい気持ちは否めないな」

「へぇ、真琴の恥ずかしい姿なら見て見たかったぜ」

「気持ち悪い事言うなよ、鼓」


 聞く限り写真などを撮られている様子はないみたい安心。

 しかし秘密って言われたけど、この感じはクラスメイトの誰かに見られていたっぽいな。


 鼓は交友関係が男女問わず広い所為で、本当に誰に見られたのかわからない。

 学内掲示板を覗いてみたがそんな形跡はないし、陰口でもされているのか?


 大抵、俺の話題なんて怖いとか恐ろしいとかばかりだと思っていたけど……鼓が態々話に出すくらいだから、隠していても悪い意味でからかいの対象にされていたりはしないか。


「ちぇっ、女関係だと思って気になったのにつまらね」

「女って……俺の交友関係を考えてみろよ。ないだろ?」

「おいおい、まず鈴芽がいるじゃねぇか」

「鈴芽ってお前……鼓は兄貴なんだから、第一に疑義から除外できるだろ」

「あいつが俺に自分の予定を教えてくれると思っていたのか?」

「年頃の乙女だし……それもそうか」

「まあ鈴芽はさておき、図書委員繋がりで柚木さんって線もあるじゃないか」

「……柚木とはそういう仲じゃないって」


 確かに柚木と俺の仲はマブダチと呼べるくらいには良いが、鼓は知らないはずなので誤魔化しておく。


 柚木も人見知りで、鼓みたいな目立つ男子には注目されたくないし俺との仲はあまり周知させたくないと言っていたしな。


 しかし、否定すればするほど疑う表情を向けてくる。


「あとはネットの友達かもしれないし……あっ、香月さんも一応真琴と面識がある女子だな」

「適当に俺が話す女子の名前並べているだけじゃないか」

「え~、じゃあ本当に髪切ったついでって事なのかぁ」

「そうだよ。何が不安なんだ」

「だから俺がつまらないだろ! ふざけんな!」

「なんで逆ギレするんだよ……」


 顔を手で隠しながら、小さな声で愚痴りだしやがった。


 鼓は顔が良いしクラス内でも爽やかなキャラを演じているが、実際は口が悪かったりする。


 それも、最近は上手くあしらえるようになったんだが、心までイケメンって言われる割に残念な奴だと思い始めている。

 いや、本心を隠すのが上手いからそんな煽てられているのかもしれない。


 だけど、なんか疑い方に裏を感じた……今日の鼓は変だ。


 結局誰に訊いた話なのかも伏せられたままだし、柚木との関係のように鼓は俺の交友関係に本来興味を持つような奴じゃないからな。


 まあ、いいか……そんな事よりも帰った後のことを考えておかないと。


 そんな時、何故か柚木と鈴芽が各々俺の方を見ている事に気付いた。

 一体、どうしたんだろう。

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