第17話 詩衣の人間味

 目を開けると知らない天井……引っ越した部屋なのだから当然だと起き上がろうとすると、何故か身体が動かない。


 手足が縛られている事に気付いてもがこうと顔を横に向けると、違和感を覚える。

 可愛らしい縫いぐるみ、綺麗なデスク……ちょっと散らかっている化粧台が見えるこの光景は、まるで女子の部屋みたいだと思った。


「って、どう見ても詩衣の部屋だろ! おいおいおい……俺の部屋ですらないのかよ!」

「起きましたか? 真琴くん」

「ひっ」


 確か催眠にかかった詩衣とキスをして……気絶したことをやっと思い出す。

 なんで俺の方が誘拐されているんだよ!?


「夕飯出来上がりましたよ……って、どうしてそんな怯えた小鹿みたいな反応なんですか?」

「いや、俺の手と足見ればわかるよね!?」

「あっ、忘れていました……連れて来る時に邪魔でしたので、今すぐ外しますね」

「う、うん」


 素直に外してくれる事に拍子抜けしてしまった。

 そうだ……一応今の詩衣は催眠にかかっているのだし、俺の言う事を聞いてくれるのは当然だろう。


 なんか、慌てて損した気分だ……口まで塞がれていなくて良かったと言ったところかな。


 しかし、話から察するに夕飯を共にしたくて連れてきたということか……可愛いじゃないか。

 なんか態々作ってくれたみたいだし、攫われたことは不問に伏そう。


 ん? 待て……作っただと?

 詩衣ほどのお嬢様が自分で料理するのだろうか……妙に緊張する。


「詩衣って料理が趣味だったりするの?」

「いいえ? 初めて作りました……頑張りましたよ!」

「そうなんだ」


 だよね……予想していた通りだ。

 でもまあ多少美味しくなくても大丈夫……ポーカーフェイスには自信があるからね。


「あっ、もしかして私がメシマズだと思っているのですか?」

「いやまさか、楽しみだなって思っているよ」

「怪しい……私、レシピは分量間違えないので心配する必要はありませんからね!」


 おおっと、危ない。

 メシマズとまでは流石に思っていなかったけど、勘が鋭いみたいだ。


 胸に手を当てて自信満々に宣言する姿を見れば、本当に心配する必要はなさそうだ。


 しかし、こうも俺が心配した理由はちゃんとある。

 目の前に映るふざけた姿が原因だ。


「ところで……さっきから気になっていたんだけど、そのメイド服姿なに?」

「ようやく気になってくれましたか……私服です」


 堂々と言い張るが、どう見てもコスプレだよね。

 しかも、やたらフリルが多くて普通のメイド服と呼ぶには豪華すぎる気もする。


「他にも色々あるんですよ。お外には着て行けませんから、真琴くんと二人きりの……秘密ですよ?」

「わかった」


 言える筈もないだろう……そも俺の言葉じゃ誰も信じないけど。


 でも、マジかー……詩衣に抱いていた淑女像が少しずつ崩れていく。

 俺は今、割とショックを受けていた。


 外出で着ていくものではない点とか、ちゃんと分別は付いているらしいけど、態々俺に見せてくれたのって催眠の所為だよな?

 ただでさえショックがある上に、すごく罪悪感を覚えてしまった。


 が、そこで詩衣の耳が赤みを帯びていることに気付いた。


「……で、詩衣。コスプレ好きなのか?」

「でっ、ですから私服ですよっ」

「打ち明けてくれてありがとう。大丈夫……俺、そんな詩衣も大好きだから」


 勇気を出して教えてくれたなら、もう褒めちぎる台詞しか頭に浮かばなかった……そして無意識に声に出してしまった。


 すると、詩衣は恥ずかしそうな仕草で見つめてくる。


「しょっ……そうですか。では、夕飯をご一緒しましょう」

「ああ、そうだな」


 流れに任せてしまい、詩衣と夕飯を共にすることを断れる訳もなかった。

 しかし、詩衣のベッドから起き上がる過程でようやく思考がクリアになると、先ほどの詩衣について何か違和感を覚える。


 最初こそ驚いたが、詩衣のメイド服姿はよく見ると普通に似合っている……と思った。それは本心だ。


 現実的に考える必要はない。詩衣が着たいと思って着ているものに、俺が失望するのもおかしな話なのだから。


 だっていうのに……あれ? なんだろう。なんか……違う。

 わかりそうで何が違うのかわからない。

 そうじゃない……違和感があるのは詩衣の趣味についてではなく、俺自身の気持ちだ。

 

 もしかして俺、詩衣にイメージのギャップを感じて冷めてしまっているのだろうか……思っていたよりドキドキしない。


 いやいや、ちょっとした解釈違いがあっても受け入れていくのが彼氏ってものだろう。

 うん、ストーカーとしても詩衣の秘密を知れてとても嬉しい!


「それでは、お召し上がりください」


 色々と悩んでしまったが、詩衣の作ったという料理を口に入れると、そんな考えは綺麗さっぱり消え去った。


「どうですか? お口に合いますか?」

「あっ、ああ……その――」

「ん~?」

「味が薄い気がするんだけど……気のせい?」

「…………」


 詩衣もまた自分の皿に箸を付けると、顔がみるみるうちに真っ青になっていく。


 不味かったわけではないし、見た目も匂いも整っていて美味しそうだった。

 だけど、味がしなかったのだ。


「ちょっ、調味料……入れ忘れちゃいました。うわぁあああ……なんで!?」

「まあまあ、初めての料理なんだし落ち着いて……」

「私……ぐすん、一口目で美味しいって言ってほしかったのにぃ」

「味見はした方が良かったかもね」

「……ごめんなさい」

「いいよ。冷蔵庫開けていい? 適当に合いそうな調味料加えたいんだけど」

「どうぞ」


 味以外はよくできていたし、料理が下手な訳ではなさそうだ。


 ただ詩衣にとってはさっき俺が起きてからというものの結構な自信を見せていた為に、ショックだったんだろう……見るからに委縮してしまった。


 そこで再び違和感を覚え、やっと俺が何に悩んでいたのかはっきりとした。

 詩衣だって普通の女の子で、普通に失敗するんだ。


 変わった趣味を持っている詩衣を見てさえ、俺は詩衣が特別な女の子だと信じて疑わなかった。

 それが毅然とした淑女ではない人間臭い詩衣の姿に、神聖視していた節をしみじみと感じてしまったのだ。


 それは俺の中にあった先入観であって、期待を裏切られたようには思わなかった。だから違和感となって脳裏にちらついたんだろう。


「美味しいじゃん」

「ううっ、ありがとうございます」

「お世辞じゃないぞ? 味があったら本当に美味しいから」


 仕切り直しで口に入れた料理は良かった。

 最初からこの味だったら……違和感には気付けなかったかもな。


 詩衣は照れ臭そうな顔を見せながらも、一度失敗した所為なのかまだ落ち着いていない。

 仕方ないから、俺の方から話を振るか。


「あのさ……今はなんかこういう風に料理作ってもらったけど、一応は――」

「もちろん、わかっています! 毎日作って持って行きますね……通い妻、頑張ります!」


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