第18話 メイド服
通い妻って……。
いや、各々で食べるように言いたかったのに、どうしてそうなる?
まあ詩衣が料理作れるのはわかったけどさ……催眠で誤魔化しているだけの好意で負担をかけていいものだろうか。
罪悪感がチクチクと痒い。
さっきまでしゅんとしていた為に、どうも断りづらい雰囲気が漂っているし……今に関連する話だと思いきったのが裏目に出てしまったな。
ここは合鍵の件だけでも、譲らないようにしないと。
「んで、まあ日頃は別々の部屋に住むからな?」
「形だけですけど、わかっています。私も真琴くんの判断は正しかったと思いますから」
「お、おう? そうだな」
形だけなのは本当だから良いとして、なんだ? そこで急に肯定されるとは思っていなかった。
勝手に部屋へと上がられずにプライベートを守れればいいんだけども。
「私の着替えやお風呂の順番などに気を遣ってくれたんですよね」
「ん? まあそれもなくもないけど」
「やっぱり! そんな話を切り出すなんて、もしかして私のこと避けたいんじゃないかって……私ったら不安になってしまって」
「まあ適切な距離感を大事にしよう」
うん。ちょっと避けたい……じゃなくて、俺にも落ち着く時間がほしい。
なんでストーカーの方がドン引きしているんだ? って状況だけども……こちらとしてはさ。
でもまあ、これで詩衣も俺の考えを理解してくれたようだ。
「はい! では毎日遊びにきますね!」
理解して......くれているはずだが。
いや、詩衣はわかってくれている。きっと催眠でおかしくなっているんだ。
こういう時はわかっていない事を指摘するんじゃなくて、俺の方が詩衣を理解してあげないといけないよな。
「詩衣の方から出向いてくれるなんて俺は幸せ者だ」
「そんなそんな~、言い過ぎですよ」
「だけど、詩衣に何度も来させるのも悪いから、俺の方からも行く機会をくれないか?」
こう言っておけば毎度の如く詩衣の方から積極的に来ることもないだろうからな。
「えっ、それってつまり……また私の部屋に来たいってことですよね」
「ん? うん」
「ぐっすり寝ていましたもんね……もしや次は一緒に? そんなそんなぁ」
「し、詩衣さん?」
「はっ! ……ごほん、大丈夫です。少し考え事をしていました」
「そうなんだ」
余裕で聞こえていたけど、催眠の影響だろうし聞かなかったことにしておこう。
まったく、いつになったらこの催眠解けるんだろうか……違和感が増えるばかりだ。
でもまあ……料理の味付け忘れで沈んでいた顔色が明るくなったみたいだしいいか。
なんて考えながら詩衣と見つめていると、詩衣がテーブルに置いてあった自分のスマホに来た通知を見て、慌てだす。
「ああっ!」
「どうしたんだ?」
「その……実は趣味で視ているバーチャルライバーがいまして――」
バーチャルライバー……最近色々と話題になっているやつか。
見たことがないから、どうして詩衣の声が小さく恥ずかしそうに話すのかよくわからない。
「それで、今ライブ配信を始めたみたいなんです」
「ライブなら、視ないといけないよな」
「えっ、いいんですか!?」
「良くない事ないだろ。そもそも料理だって詩衣が作ってくれているのにさ」
「食事中に……品が無いとは思いませんか?」
「まさか。詩衣の自由だし、俺の許可なんていらないよ」
もう品に関しては理解した……大丈夫。
これが見ているのが顔出し男性配信者だったら、嫉妬とかしたのかもしれないけど、男性バーチャルライバーなら最近のJKにとっては普通に見てそうだしまあ。
すると、詩衣は元気を取り戻したのか目を輝かせて、スマホを弄り始めた。
テレビディスプレイにミラーリングしてくれるらしい……あっ、俺にも見せてくれるのか。
「ではでは! 一緒に視ましょう!」
そうしてスクリーンに映ったのは男性のキャラクター……ではなく、メイド服を着た女の子のキャラクターだった。
てっきりイケメンのキャラクターだと思っていたばかりに、箸を持つ手が止まった。
そして何処か既視感のある絵柄を見て画面にくぎ付けにされる。
『グッドモーニン……じゃなくてこんばんは~、ガーラムーン所属の品方楓だよぉ』
訛りが強いだけなのかわからないけど独特な喋り方をしている。
「あー、だからメイド服……好きなのか?」
「はい。よくわかりましたね」
「当てずっぽうだけどね」
「まあ楓ちゃんを見ていれば、真琴くんも自然と着たくなるはずです」
「それはないと思うけどね」
数時間前に催眠が成功してしまっただけに、そりゃ笑えない冗談だ。
「楓ちゃんの魅力は凄くてですね……ファンタジーなんですよ!」
詩衣は返答を無視して自分の世界に入るような……まるでオタクの如くやたらテンションが高くなった詩衣は熱弁を始めだして、拍子抜けしてしまう。
画面上で話している楓ちゃんとやらの雑談を放って、俺に布教を始めてきている。
「彼女は、なんと猫耳魔女っ子メイドなんです!」
「へぇ……珍しい設定なんだね」
「加えて魔女っ子なので、魔法を使えるんです!」
「へぇ……演出拘っている感じなんだね」
「何よりやっぱりメイドなので、可愛いんです!」
「うーん……確かにイラストはね。でも――」
「真琴くん!!」
――詩衣の方が素敵だよ。
そう口から零れそうになった時、何故か詩衣が俺の名前を呼び出した。
「はい?」
「そういう設定とか演出とか言ってはいけません! 楓ちゃんはメイドで魔法が凄いんです!」
「あ、はい」
「彼女達は夢を見せてくれているんですから、そういうのは無粋ですよ」
バーチャルライバーについて無頓着だっただけに、何となくタブーを踏んでしまった気がする。
何故か説教されてしまった。
あれ、おかしいな? 催眠かかっている筈なのに、俺に対して説教したりするんだ。
いや、その方が淑女っぽいな……うん、好みだ。
まあ詩衣の説教も俺に間違った知識を身に付けさせない為に言ったことなんだろう。
彼女達は夢を見せてくれる……つまり、お祭り屋台のクジ引き屋に当たりが無いことを指摘してはいけないのと同じようなことなんだろうか。
疎くてわからんが、アイドル的な……偶像崇拝の雰囲気は感じ取れた。
「それで、具体的にどんな魔法使うの?」
「気になりますよね? 聞いて驚いてください……未来視です!」
「…………」
未来視か……多分というか絶対それ、ヤラセじゃないか。
配信者と言えば多くがエンターテイメントのカテゴリーだと聞いたことがある。
なら、大体がそういう企画に違いないだろう。
わかっていて楽しんでいるならまだしも、詩衣の目は完全に信じきっているように見える。
や、料理が自信満々だったのにポンコツ引き起こしていた事のデジャブなのかもしれない。
でもな、ぼったくりの催眠マニュアル買わされていたし……もしかして詩衣って騙されやすい?
あのマニュアルは本当に効果あったけど、如何にも怪しいものを買ってしまう時点で大分ちょろい気がするんだ
「むっ、信じていない顔ですね……よしっ、今夜おススメのアーカイブを夜通しで一緒に視ます!!」
「えっ? や、でも明日も学校が――」
「真琴くんは見たくないんですか?」
期待の詰まった眼光が上目遣いで向けられて、困った。
オタクなところは好みじゃないんだけど、やはり詩衣のお願いには相変わらず断れなさそうだ。
「……見たいなぁ」
「ですよね!」
まあ今からオタクなところも好きになれるかもしれないし、試練だと考えれば彼氏らしいことをして損はない。
なんだかんだ……メイド服で好きな人が夕飯を食べさせてくれて、悪くない生活なのかもしれないと思った。
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