第16話 私の王子様 (詩衣視点)
両親から監視の為にやらされたSNSのアカウントには、毎日のようにコメントが付く。
しかし、この流行りのSNSに写真をアップロードする時間が、私の人生にとって最も億劫な時間でした。
似合っているね、可愛い、綺麗……言われ慣れた言葉の数々は、全く私の心を満たしてくれません。
当然でした……それは私の本来の姿ではないのですから。
「私は、好きな服を着たいです」
趣味のコスプレが両親にバレた時、私は必死にそう訴えましたが、頑なにダメだと言われてしまいました。
中学生までどんな我儘を言っても聴いてくれた両親は、私が高校生になった途端に沢山のものを卒業させようとしたのです。
そしてコスプレの趣味がバレて与えられた罰こそが、私がちゃんとした服を着ているのか確認する為に義務付けたSNSでした。
承認欲求はあります……コスプレだって、誰かに見られなければ表現として完成しないのですから。
だけど、ネットを通じて見た私を好いてくれた誰かの言葉は、私を満たしてくれない。
偽りの姿を褒められ続けた私は……数日後、ショックで倒れました。
ロマンス小説のように、素敵な運命がやってくると信じて止まなかった夢女子の私は、こういう時にこそ王子様が現れて、私を攫ってくれると信じていたから。
一向にそんな気配のしない現実に、嫌気が差してしまったのでした。
それから私は、どうにか本当の私を世界に見せつけようと考えに考え続けました。
加えて、何度挑んでもコスプレ姿のまま学校へ登校しようとする私を止めてくるメイド長との戦いが始まりました。
そして遂に、目立たないようギリギリを攻めた地雷系女子のコスプレでメイド長の目をようやく欺くことに成功した私はあの日……現実から足を踏み外そうとしたのです。
全てはそう――異世界転生する為に。
作者が転生するというセオリーに従えば、これから私の新しい人生が始まる……そこはきっと私の描いたロマンスの世界。
皆に恐れられている冷徹な王子様が主人公である雇われメイドにだけ優しいという我ながら至高の展開……ついでにファッションセンスのダサいメイド長とかいう上司もいません。
今からそんな主人公になって、憧れていたロマンスを体験できると考えただけで、胸が躍りだしました。
退屈なこの世界に未練なんてありませんでした。
だってそうでしょう? 本当の姿を残していけば、冥途の土産に世界中の誰もが最後に本当の私を見てくれるのですから、大満足で逝けます。
そうして赤信号を確認した私、迫りくる大型車が近づく音に目を閉じて、足を踏み出したのです。
結果、少々腰の痛みを感じながら目を開けると、そこには私を押し倒す男の子がいました。
シチュエーションこそは憧れていたものとはいえ、車の走る音に正気を取り戻した私は、彼が轢かれそうになった私を助けてくれたのだと気付いたのです。
残念ながら、私の異世界転生計画は失敗に終わっていました。
ですが――。
颯爽と去っていく後ろ姿に、名前を名乗る必要がないと自分をアピールしない謙虚さ。 カッコ良過ぎて悶絶してしまった。
やっと来てくれた……私の王子様。
それから彼の名前が浅丘真琴くんだと知った私は、どうにかお近づきになる為、お父様に頼み込んでクラスを同じにしてもらったのです。
仲の良い女子達に話を聞いたところ、なんと彼が正論マシンと呼ばれ恐れられている事を知った時は運命かと思いました。
まるで私の思い描いていた冷徹王子の設定通り……しかも、話してみると結構大胆な台詞ばかり言ってきて、この時の顔がもうイケメンなんです!
妄想と現実が重なった毎日は夢のような日々です。
朝の挨拶をするだけで浮かれてしまい、つい照れてしまう癖で中々長話をすることはできませんでしたけどね、えへへ。
だから足踏みしている間、両親が私に許嫁を作ろうとしていたなんて知った時、私は顔が真っ青になりました。
あれはそう……いずれ迎えに来る王子様への憧れが強かった中学時代、お茶会で同い年の女子達には彼氏がいるという自慢話に嫉妬して、その後に不貞腐れて引きこもった私が我儘でお爺ちゃんに言ってしまった「私だって彼氏がほしいもん!」という発言のせい。
当日を迎えた私は準備していた通り家出に駆け出しました。
許嫁なんて要らないと強く訴えるには、家出するに限りますからね。
なのに、今回ばかりはメイド長の魔の手が何処までも追ってきて、つい人にぶつかってしまった時はもうダメかと思ったのに――。
目の前にはちょっとお洒落をした私の王子様が立っていて……あんなの、運命シグナル感じちゃうに決まっているじゃないですか!
しかも、まさかの許嫁候補もまた真琴くんで……お父様は私の好きな人だって知らなかった筈なのに、どうしてわかったのでしょうか。
ううん、理由なんて最初から決まっていました……王子様はお姫様を攫っていくものなのですから。
***
何故か固まったまま動かなくなってしまった真琴くんの手足を縛って、それから私の部屋へと連れ込むんでベッドに寝かせました。
寝不足だったんでしょうか……寝顔もイケメンだなんて反則です。
「抑えきれず大胆にも舌を入れてしまいましたが、きっと驚かせてしまいましたよね」
キスの感覚を思い出すと、身体が熱くなります。
勢いに任せてやっとすることができたキス……まさかのアクセル全開で舌まで入れてしまうなんて、わわわっ、はしたないと思われていないといいのですが。
「でも、本当はもっと大胆に押し倒してほしかったなぁ……ううん、欲張ってはいけませんよね。これからゆっくりと愛を育んでいけばいいんですから、も~私ったらっ」
そう、舌を入れてしまったのも言わば真琴くんに対するやり返しなんです……きっとそう!
元々、催眠にかかったフリで好意を示した後に、ネタ晴らしでかかってないけど本当に好きだって伝えようとする作戦でしたのに、完全にやられてしまいましたからね。
『こんな回りくどい方法を使ってこないで……詩衣の本心を教えてほしい!!』
さっき言われた真琴くんの願望を反芻する度に、ふにゃ~っと頬が緩んでスライムのように溶けてしまいそうです。
おまじないだなんて誰にでもわかる真っ赤な嘘吐いてしまった私に、態々付き合ってくれた上に、緊張で否定してしまった恋心をあんな風にフォローしてくれるなんて――。
「流石、私の王子様……素敵です!」
もう本心を言っちゃうしかありませんし、キスだってしたくしてしたくて堪らなくなって舌を入れてしまうくらい求めてしまうのも、私がはしたないのではなく真琴くんが悪いんです!
今までは近いようで遠くて……話しかけるだけでも妄想が肥大化して想いを落ち着かせるだけで精一杯だったのに、まさか許嫁になるなんて今でも信じられません。
しかも、そんな真琴くんと正式に恋人になったんです……恋人ですよ? 恋人!!
ああ、いつもクラスの中では冷徹王子として恐れられているのに、恋人の私にだけは優しくしてくれて――。
だけど二人きりになった途端、隠していた執念深さが爆発して壁に手を当てて迫った真琴くんはこう言うんです。
『詩衣は立派な淑女だけど、俺の前ではただのメスガキだろ』
好きな人の前では口下手で言い方がキツくなるんですが、やっぱり態度は紳士で私に優しくお姫様扱いしてくれて……そんな態度に私もキュンとしちゃって、メスガキだってわからせられたいっ!
なーんて、ただの私の願望に過ぎませんけどね。
真琴くんは紳士だし、そんなことになる訳ないですもん。
でも……よしっ、これから真琴くんを変えることはできます。
本心を教えてほしいと言われてしまった以上、私の趣味や夢にも理解を示してもらう必要がありますし――。
まずは……恰好からでしょうか。
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