第6話 Mクラスの黒幕

 気のせいだと思って無視しようと思ったが、如実に速くなり近づいてくる足音に振り返る。


「誰だ?」

「よっ! 俺だよ、真琴。まだ帰ってなかったのか?」

「なんだよ、鼓か」


 帰っていなかったのかって、俺の方が驚いた。


 鈴芽が先に帰る場面を見ていたからだ。

 意外と妹に過保護なこいつが、鈴芽を先に帰すなんて珍しい。


「今日は図書委員の日でもないんだろ? 珍しいな」

「ちょっと磯崎くんに絡まれたんだ」

「は? またあいつか。懲りないな……大丈夫か? って、見るからに大丈夫そうだな」

「まあな。で、鼓はどうしてまだ学校にいるんだ?」

「ちょっと課題を教えてくれって頼まれちゃってさ。今はまあ休憩」


 また女子に頼まれたんだろう。

 鼓は外見ではただのイケメンだけど、勉強もある程度できる。


 試験の成績で言えば常にトップ20から30の間に入っている。


 進学校でなければ微妙な成績だが、京廷学院は都内の進学校であり、学年に500人近く在籍しているマンモス校……鼓の順位は上位に当たる。


 それにこういうことを頼まれ慣れているから、鼓は教えるのも上手いと評判だ。


「それよりも、磯崎の奴と何があったのか教えてくれよ」

「はぁ、仕方ないな」


 逃げられそうにないので一先ずさっき起こった出来事を話すと、鼓もまたあるキーワードに反応を示した。


「……Mクラスの黒幕。確かに京廷学院七不思議の一つとして有名になってるね」

「七不思議って……そんなものあるのかよ」

「知らないのか? まあ最近作られたから知らないのも仕方ないか」


 俺の情報源は学内掲示板を除いて主に鼓と柚木だからな……昼休みは祖父からのメッセージについて考えていたから、掲示板の方は見る暇もなかったのだ。


 そう考えると、いつも俺に構ってくれている『匿名の淑女』さん、今日は暇だっただろうな。


「なんだそれ。遂に学院全体の噂なのかよ、うちのクラスは……って待て、作られた? 噂されているとかじゃなくて?」

「ああ、勿論言葉の綾じゃないぜ」

「じゃあ……誰が作ったって?」

「さあな。学内掲示板の情報だから誰かはわかっていないけど、それも……Mクラスの黒幕だって噂だ」

「そっちは噂なのか……誰かが出来心で書き込んだものが、黒幕の仕業ってなっているだけだろ、それ」

「俺もそう思うよ」


 ……正体不明って言葉は怖いな。恐らく関係ない者の書き込みも黒幕の仕掛けへと早変わり。

 そんな噂が更に黒幕の正体を隠してしまうとも知らずに。


 匿名だから幾らでも想像は尽きない……だからこそ噂好きの多いこの学校ではそういう話題が尽きないらしい。


「ところで真琴」

「なんだ?」

「七不思議を誰が作ったなんて、どうしてそんな事気になったんだ?」


 鋭い眼差しが突き刺さる。

 教室では決して見せない……蛇のような睨みだ。


 だが、知っていれば怯む必要はない。


「どうしてって……噂になっているんだったら気になるだろ」

「へぇ……俺には、真琴が黒幕について何か知っていて、探りを入れたように思えたんだが」

「気のせいだろ。俺は何も知らない」


 皆から怖がられ避けられている俺が話すのは鼓と鈴芽……知らないことに興味を持つのは自然な流れだろう。


 が、惚けるような言い方に鼓は溜息を吐いて再度睨みを利かせる。

 俺なんかよりも、よっぽど怖い顔だ。


「ずっと前から疑っていたんだが……お前がMクラスの黒幕じゃないのか? 真琴」


 訝し気な視線を送る。

 高校入学早々からの付き合いで、まさか疑っているから俺と付き合いを続けている訳ではないだろう。


 時系列から考えても、俺が荒れて恐れられるようになったのは去年……ありえない。


 鼓は……本気で俺を疑ってはいない。


 だから、信頼するが故に、敢えて探りを入れるような物言いをする。


「……だったら、鼓はどうするんだ?」

「どうかな。だったら俺は真琴に感謝すると思うね」

「へぇ、どうして?」

「考えてみてくれよ。俺と鈴芽は一軍扱い。至れり尽くせりで涙が出てくるぜ」

「なるほど。でもカーストがなくたって、客観的に見れば鼓と鈴芽は一軍みたいなもんだろ」

「そうかな? ……本当に、真琴はそう思っているのか?」


 その時、鼓の顔色が若干暗くなった気がした。


「もしカーストがなかったら、俺と真琴は同列……或いは、真琴の方が人気者だったかもしれないぜ?」

「は? おいおい、冗談だろ。俺が怖がられているのは知っているだろ」

「……真琴が本気を出せば、そんな印象すぐに払拭できるのに?」


 望んで恐れられたままの状態を維持していることに、きっと鼓は気付いているんだろう。

 だが、俺にそんな資格はない。


 去年のことを思い出す……あの時頭にあった飢餓感は今でも覚えている。


 恐れられているのだって……結果論なんだ。

 俺が去年、今の鼓のように持てはやされて人気者だったから、嫌われなくて恐れられるだけに至った。


 周囲が優しかったから許されただけで、ちゃんと俺の中に悔いは残っているんだよ。


「払拭しても、過去は消えない。どの道変わらなかったと思うぞ……鼓は人気者で、俺は日陰者だった」

「――っ、そうかよ。俺は……気に食わないけどな」


 更に暗い顔をした鼓は、そのまま踵を返して去ってしまった。


 何だったんだろう……あの感じを見ると、鼓はMクラスの黒幕って奴を少なからず恨んでいるような気がした。


 何故恨みを持っているのか、先の会話ではわからなかったけど、結局は俺に同情するような物言いも、私怨を正当化する為の詭弁だったんだろう。


 そんな同情も優しさに思えてしまうところが、鼓をイケメンたらしめている魅力なのかもしれない。


 小さくなっていく鼓の背中から目を逸らし、俺も下校しようと歩き出す。


「なあ鼓――」


 もし本当に俺が黒幕って言ったら……今度こそ俺の友達を辞めてくれるか?

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