第7話 誘拐犯 vs 誘拐犯

 気付けばお見合い話の日……結局俺の許嫁候補が何処の誰なのか、聞いても教えてくれないまま当日を迎えてしまった。


 だというのに、俺は今……駅前の洗面所で鏡を見ながら自分の髪型と睨めっこしている。


「はぁ、ちょっと髪型しっかりし過ぎじゃねーの?」


 お見合い前、ぼさぼさした髪を見た俺の母親はすぐに美容室を予約した。

 母自身が利用している美容室で、なんか普段通っている床屋じゃ見た事もない器具を使われた。


 ちょっとだけカッコいいと思ってしまったが、気取り過ぎて滅茶苦茶俺が本気みたいに思われないだろうか。


「なんかナルシストっぽいし……って、時間不味いな」


 腕時計を見て、思ったより髪を気にし過ぎたと焦る


 本当であればお見合いの場所には車で送ってもらえるはずだった。

 しかし、美容室に行かされたことで時間がギリギリになる為、場所には直接電車で赴くよう言われてしまったのだ。


 早歩きで駅の改札へと向かったその時、横から何かがぶつかった。


「いたっ、ごめんなさ……浅丘くん?」

「えっ…………香月さん」


 フードを被りあまり目立たない服装の香月……だが、その声を聞いてすぐに誰なのか俺はわかった。


 運命のいたずらかと思えるくらいの偶然に一瞬心臓が止まりかけた。

 しかし、対する香月の様子を見て正気に戻る。


 とても急いでいる様子なのに、あたふたしながら何処かへ行こうとはしない。

 俺の顔を見ながら焦り顔で何かを迷って数秒止まっていた。


「あっ、あっ……そのっ! 助けてください!」

「えっと、何から?」

「誘拐されそうなんです!」

「えっ!?」


 急にそんな事を言われても……だなんて踏みとどまっている余裕はなかった。

 背後から、凝った黒い服を着た如何にも怪しい人物達がこちらに向かっていたからだ。


「っ……わかった。背中乗ってくれ」

「はい!」


 この俺に希望を見出してくれたのか、背を向けてしゃがむと乗ってくれた。


 香月はスカートを履いていた為、若干背負いにくい部分もあったが、踏ん張って何処へ逃げればいいのか指図された通りに走る。

 俺は手ぶら……少女一人背負うくらいの力はない方がおかしい。


 何より憧れの女性からの頼みなのだ……出来なくてもやるのが男だろ。

 ブラック企業勤めの近所のおっさんもよくそう言っていた。


 好きな人が背中に乗っている……そんなドキドキに浮いた熱がアドレナリンを引き出して全速力で駅を抜けだす。


 周囲から感じる視線を抜けた先、背後から迫る誘拐犯の殺気も尋常ではなかったが、何とか細道に身を隠すとおろおろと誘拐犯達は戸惑っている姿が見えた。


「何処行ったのだ!」

「早く探しなさい! 間に合いませんよ!」

「畜生、よくもあの誘拐犯め! うちのおじょ――」


 何故だか誘拐犯に誘拐犯呼ばわりされているのがギリギリ聞こえるが、奴らは自分たちの行いを正義ぶっているのだろうか。


 畜生……中々俺の心にグサッと刺さったぞ?

 だって、何故だかストーカーとして一線超えちゃった気分になっちゃったじゃないか。


 いや待てよ、このまま本当に誘拐してしまえば…………いやいや、冷静を保つんだ俺。


 今の状況を見れば明らかに香月は変な組織から追われる身……俺はあの組織となんら関係ないが、要は確実に誘拐事件として即座に捜査されてしまう。


 だから我慢だ……本当に誘拐するなら、もっとやり方があるだろう。


 ……いや、なんで俺が本当に誘拐する前提になってきているんだっ!

 ちょっと誘拐犯呼ばわりされて気が触れてしまった。


「あのっ、浅丘くん」

「シーッ! バレたら不味いから」


 香月が申し訳なさそうに何かを伝えようとしてくれているが、俺を巻き込んでしまったとでも思っているんだろう。


 だが、そんな事は察していないフリをしよう……ここを乗り越えれば、香月と大きな接点を作ることができるだろう。


 とんでもない事件に巻き込まれている気もするが、香月の肩を掴む手が僅かに震えて気を持ち直す。


 彼女を助けるのは紛れもない下心……だが、見捨てるという選択肢はあり得ない。


 それにしても誘拐を行う組織にしては、その……荒っぽくない。


 見方を変えればしっかりとしたSPにも見えるが……まあ街中に溶け込みやすい服装ということだろうか。

 現代の反社会的勢力は狡猾なんだな。


 誘拐する理由は探せば幾らでも思いつく……身代金の要求か身体そのものか。

 誘拐犯達を観察していると、その統制はプロだ。


 リーダーらしき女性だけが残り、周囲を見渡しながら部下と連絡を取っているのが見て取れる。

 灯台下暗し作戦が見抜かれているとは思えないが、警戒を怠らないあたり……手強いな。


 困った……そう思った時、俺のポッケから大きな音が鳴り出した。


 ~~~♪


 画面を見れば母親の名前……最悪のタイミングで着信音が鳴ってしまったのだ。


 しかし、今すぐに出る事はできない……何故なら、目の前には怖い顔をした女性の誘拐犯が立ちはだかっているのだから。


「ターゲットを発見した。至急戻れ! ……貴様が誘拐犯か!」

「ひぃん」


 こっちの台詞だと言いたかったが、あまりの迫力にビビってしまって腰を落としてしまった。

 それでも香月は俺の背中にくっ付いているけど、大丈夫だろうか。


 ……なんて他人の心配している場合じゃない!

 警棒らしきものを取り出し今にも襲われそうな雰囲気が漂っている……俺死んだ?


 そんな危機に……背中から降りた香月が俺の前に立ちふさがった。


「お嬢様! お退きください……誘拐犯を成敗しなくてはなりません!」

「ダメですよ、メイド長!」


 えっ……お嬢様とメイド長と呼び合っているけど、もしかして知り合い……?

 もしかしなくても、察するに主従関係っぽいけど。


 でも、メイドって服装に見えない。

 俺が疎いだけでこういうメイド服があるのだろうか。


 というか知り合いなのに、さっき誘拐されそうだとか言っていたのは一体……。


「違います! 彼は浅丘くん……クラスメイトの男の子であって誘拐犯だなんて失礼です!」

「クラスメイト? いえ、それでもお嬢様を攫った事には変わらないでしょう」

「メイド長にはそう見えたのかもしれませんが、真実は私が攫ってくれるよう頼んだのです!」

「…………本当なのですか?」


 自信満々に香月は宣言するが、俺に対して懐疑的な目線を向けられる……そこまで俺怪しいか?

 因みに語弊がある。


「違います」

「なんだと!? やはり誘拐犯だったか!」

「そうではなく……香月さんから攫ってくれとなんて頼まれていません。誘拐犯から助けてくれと頼まれました」

「なん……だと……!? この私が誘拐犯……」


 メイド長と呼ばれる女性はショックを受けてしまったみたいだ。

 俺が……というより自分の仕えるお嬢様にそう言われたから? 


「兎も角……急いでお嬢様を連れて行かなければなりません」

「わかっていますけど……どうしても?」

「あのですね、お嬢様。当主様は話を強制している訳ではないんですよ」

「わかってますぅ」


 不貞腐れた香月は目を瞑り……何かを決心した顔をしている。


 この逃亡劇についての解釈だが、香月が家の事情で何処かへ連れて行かれそうだったところを拒んで逃げた。その先で偶然出会ったクラスメイトの俺に嘘を吐いて助けを乞うた訳だ。


 まあ嘘を吐かれていなければ、香月を見捨てるか本当の誘拐犯になるかの二択だったことを考えるとこれで良かったのかもしれない。


「それで、貴さ……君の名前は何だったかな?」

「浅丘くんです! 浅丘真琴くん」

「ああ、そうだった……ん? 待て、浅丘……真琴だと!?」


 何故か俺の名前を聞いてメイド長はとても驚いている様子だけど、一体なんだ?

 凶悪犯罪者に同姓同名の人物がいたとか? ……盛大に顔を引きつらせている理由がわからない。


 すると、手下らしい黒服達が集まる中、その内の一人がメイド長へと駆け寄り耳元で何かを囁いている。


 何故だか頭を抱えられてしまったが、俺の方が頭を抱えたい。


「……確認は後だ。お前にも同行してもらう事にした」

「えっ」

「本当ですか……良かった」


 突拍子もない事を言われて戸惑うと、何故か香月が喜んでいる。

 俺……一応これから用事があるんだけどな。


 取り敢えず母親の電話をブロックしながら、ただいま連絡出来ない旨を送ると怒涛の大量メッセージが返されたが無視する……いや、無視せざるを得なくなった。


「あの……ちょっと待っ――」

「お前たち、この男を拘束しろ! 時間が無い以上……お嬢様と共に目的地へと連れて行くのだ!」

「はっ!」


 殺気立った二十代から三十代っぽい男女含む黒服達に取り囲まれ、俺はあっけなく拘束されてしまった。


 口を塞がれ手足を縛られた俺は手際よく車の荷台へと詰め込まれ……攫われてしまう。

 不味い……もしかして、お嬢様の誘拐犯扱いで身柄を何処かへ売り渡される!?


 やっぱりお前達、誘拐犯じゃないかぁ!!

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