第8話 誘拐犯にわからせられる

「おい、逃亡の意志はあるか?」

「ないです。ないですから拘束解いて」

「逃げたら容赦しない……わかったな」


 車が止まると、メイド長は俺に確認を取ってから解放してくれた。

 解放してくれるならどうして連れ攫ったりしたのか……と考えていると、香月が手を取って車から出してくれる。


 荷台では手足を縛られ窓の外が見えていなかったが、見知らぬ土地にいた。

 そして、周囲を広い庭園に囲んだ大きな城が目の前には佇んでいた。


「はぁぁ!?」


 まるで異世界だ……壮大な城を見て驚きの声を上げてしまったその時、背後のメイド長から強い殺気を感じて口を塞いだ。


 が、背中を警棒の先で突いて歩くように促される。


「あれ、もしかして……俺、監禁とかされる?」

「いえ、折角私の家に来たのですから寛いでいってください」


 ああ、博物館とかじゃなくて家ね……つい極悪犯として展示されてしまうのかと。


 しかし、見るからに城だけど、個人の家だったんだ。

 香月家みたいに歴史ある名家の屋敷はもっとこう和風建築を想像していたんだけど、洋風だな。


「彼の心配をするのもいいのですが……それよりも、お嬢様自身はこれから大丈夫ですか?」

「あっ……そうですね。私これから……はい、大丈夫です。取り敢えず、彼の事は丁重に扱ってください」

「ん?」


 香月が少し困ったような……残念そうな表情を一瞬だけ俺に向けてきたが、その意図はわからない。

 メイド長と二人だけしかわからない話のようだ……俺は知ってはいけないのかな。


 しかし、香月にも見当も付いていないらしいけどさ、俺がここにいる意味ある?


 どうやら車で移動する中で、香月から俺が怪しい者ではないと誤解を解いてもらった筈なのに……本当にどうして連れてこられたのか。


 まあ香月は味方みたいだから、そこまで心配はしないで良さそうだとは思う。


「お嬢様……ただのクラスメイトの割には、随分と信頼されているのですね」

「えっ」

「いえ、何でも……かしこまりました。では私は先にこの男を連れていきます」

「はい。それでは浅丘くんはまた後で」

「あっ、ああ……」


 メイド長に腕を掴んで連れて行かれるが、先ほどよりかは扱いが優しくなった気がする。

 折角連れてきてしまった以上、何かもてなしてくれるのだろうか。


 昼、早く食べたいな……本当なら、お見合いで許嫁候補さんと一緒に食事を取る予定だったんだっけ。


 あまりにも現実的じゃない場所に翻弄されて、連行されている中、夢見心地だった。

 それにしても長いなぁ、この廊下。


「あの……俺は一体どこへ」

「君の処遇を決める者の元にだ」

「えっ、俺の無実は証明されたんじゃ……」

「君の名前を聞いた時点で、疑っていなかったよ。ここだ……失礼します」


 目的地の部屋に着いたのか扉をノックして開かれると、そこには見知った人物達が揃っていた。


「真琴、どうしてここに」

「あんた……連絡も返さないで何処ほっつき歩いていたの!」

「母さん達こそ、どうしてここに」


 お見合い場所へ先に行っているはずの両親と祖父がいた。

 もしかして本当に夢なのかと頬をつねってみたが、現実のようだ。


「お探しの息子さんはこちらで間違いなさそうですね」

「ええ、はい。ありがとうございます……流石は香月家の使用人さん達は優秀ですのねぇ」

「いえいえ、迷子探しは得意だったのですよ」


 なんか迷子扱いされてメイド長と母さんは談笑しているが、メイド長が口元を手で隠しながら俺にだけ見えるようにニヤリと笑って見せた。


 もしかして……煽っているのか?


 香月を連れて逃げたなんて本当の事を言ったら面倒だから、さては俺が言えないと思っているんだな?


 その通りなんだけど……この人、思っていたより大人げないぞ!


 置き土産を残したメイド長がスッキリした顔で部屋から出て行ってしまった。


 その後、俺は両親から滅茶苦茶説教された訳だが、あまり長丁場にはならなかった……ノックと共に扉が開き、その人物が現れた瞬間両親は俺に構わず身なりを整え始めた。


「今日はようこそ、おいでくださいました。香月家へ」


 豪奢な服装と背後から付いてくる使用人数名を見れば、この老人がこの城の主なのだと直感的に理解した。


 髭が…………とても長い。

 それはもう、クラシックの作曲家にいそうなくらい目立つ髭だ。


「ほう、君が真琴くんかね」

「えっ」

「ほら、真琴――」

「ああ、はい。浅丘真琴です」


 母さんに促され名前を名乗ってしまったが、俺の頭の中はパニック状態だ。


 説教されていたお陰で俺は正確な状況が掴めていない。

 だけど、両親がいるという事実から、俺は今ここにお見合いに来ているに違いない。


 そして、態々香月家の当主様が俺なんぞに話しかけてくれる理由はただ一つ。

 そう……つまりだ、俺のお見合い相手はつまり……まさかっ!


 胸が高鳴り、俺の頭の中は真っ白になってしまった。


「いやはや、こうして態々遠くから来てもらったのも、君が許嫁を募集しているという話を聞いてのう」

「そうなんですか」


 募集していませんが!?

 ふと両親の顔をそれぞれ一瞥すると、目を逸らされた。


「そこでだ! 実はのう……この儂にも孫娘がいるのじゃ」

「そ、そうなんですか」


 それは知ってます。


「これが中々問題児なのだよ」

「……そうなんですか」


 それは知りません。


 そうなんですかbotと化していたが、ここでなんだか雲行きが怪しくなってきた気がして、落ち着いた。


 問題児……その言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。

 それは香月詩衣に当てはまらないワードだ。


 さっき嘘を吐かれた事で巻き込まれた気もするけど、結果的に俺が困らないようにという配慮だったし、寧ろ聡明だと讃えるべきだろう。


 じゃあ……もしかして、香月詩衣さんとは別の誰か?


 そう考えた瞬間、俺の中で昂っていた興奮が凪いだ。

 期待し過ぎた……孫娘というだけで香月詩衣だと判断するのは早かった。


 香月家当主といえば、三男の息子が分家に婿入りした後に娘を生んでいた筈だから、そっちの孫娘なんだろう。


 元から香月詩衣がお見合い相手なんて都合の良い展開になる訳ないのに、ストーカーとして妄想が膨らみ過ぎてしまったかな。


「まあ折角来たんじゃ。ほれ、まずは昼食を振る舞わせてくれまいか」

「は、はい」


 おや、お見合い前に昼飯を食べさせてくれる感じかな。


 腹の虫が鳴りそうだった俺にとっては色々と考える前に落ち着きたかったし、こんな豪邸の料理ならばさぞ美味しそうだ。


「まずは本人同士顔を合わせなければ話は始まらないしのう。孫娘は既に大広間で待たせている故な、すぐ会えるぞい」


 現実逃避してみたが、やはりお見合い相手も同席らしい。

 大丈夫かな……今の俺、楚々をしないか怖い。


 両親も説教してきて面倒くさいけど、それよりもこの当主様が怖い。

 今は優しい爺さんにしか見えないけど、怒らせたら怖そうな顔をしている。


「おい、そこの。儂の孫娘に出迎えるよう言ってきなさい」


 すると、ふと当主様が近くにいた使用人に命令した。

 そこまでする必要あるか? と俺が思った通り、使用人も若干面倒臭そうな顔を見せるが――。


「給料上げてやるから走りなさい」

「かしこまりました!」

「…………」


 この爺さん、使用人に厳しいし……金にものを言わせて何でもやりそうな気配がある。

 うん。確実に怒らせてはいけなそうだ。


 これから孫娘との縁談を断ろうとしている俺にとって、ちょっと勘弁してもらいたかった。

 しかし、香月家三男の娘は顔すら知らない。


 香月本人でないとはいえ、その血縁ともあればしっかりとした令嬢なのだろう。

 しかし問題児と評されていたし、大丈夫なんだろうか。


 期待と不安が入り混じらせていたら、大広間に辿り着いてしまい……使用人によって重い扉が開かれる。


 少しずつ開く扉の隙間から、桃色の髪が目に留まった。


「ごきげんよう。初めまして私は、かちゅ――」


 堅苦しい礼儀をしながら覚悟を決めたように目を瞑った少女が出迎えてくれたが、顔を上げながら盛大に挨拶を噛んでしまい、俺の姿を捉え固まってしまっていた。


 目を丸くして驚き……初めて見る崩れた顔と対面した。

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