第21話 あの女は悪役令嬢 (詩衣視点)

 放課後、私は真琴くんを陰ながら見守りながら、彼の隣にいる女を睨む。


「泥棒猫め……今まで放っておいたのが間違いでした」


 霜鳥鈴芽……度々真琴くんに話しかけるギャルさん。


 学内掲示板における『匿名のギャル』のパーソナルデータを纏めてみても、とても性格が良い方には思えません。暴言も多くて品がありません。


 今日の教室でも、あんな上から目線の発言なんてしちゃって……一軍がそんなに偉いのか私にはわかりません。

 いえ、かくいう私もまた一軍らしく、実際に偉いので多分偉いんでしょう。知りませんけどね。


「ねー、ママ……あの綺麗なお姉さん何しているの?」

「しっ! 見た目に騙されちゃダメよ……可愛い顔して頭のおかしい女なんて沢山いるんだから」

「よくわかんないけど、わかった!」


 なんだか見知らぬ人から不名誉な事を言われているような気がしますが、きっと私のことではないはずです。


 何しろ、この尾行はストーキングなどではなくて、許嫁として当然の行動なんです!


「誘った時のアレ……本当にごめんね。あーし、話を遮られて頭に血が上っちゃって」

「鈴芽の立場もあっただろうし、気にすんなって。いつも通り堂々としていろよ」

「うん、ありがと……真琴」


 あの真琴くんが……私以外にもあんなに優しくしている……。

 もっと冷徹な態度を貫いてほしいのに……きっと素の性格が良いから、ああいう態度を取るしかないんですよね。


 そう、真琴くんは何も悪くない……あの鈴芽とかいう女が誑かそうとしているのが全部悪いんです。


 彼の隣は私の居場所なのに、我が物顔で一体何様なのでしょうか……むかむかする。


 しかし、こういう時は今にも嫉妬で爆発しそうなメンタルを落ち着かせるためにもポジティブ思考を心がけるべきです。


 そう、きっと彼女は私にとってライバルとなる悪役令嬢ということなのでしょう。


「つまり、私の踏みd……引き立て役です」


 よし! この設定なら、きっと学校でも涼しい顔で接しられます。

 真琴くんの目の前で敵意なんて、はしたない感情は向けられませんからね。


 ゲームセンターへと入って行く二人を追うと、クレーンゲームで縫いぐるみを取ろうとしている姿が見えた。


「これ、難しいやつなんじゃないか?」

「小さいのなら取れそうじゃない? まあ見ててよ」


 霜鳥さんが何度か試した末、取れなかったものを真琴くんがスムーズに取っていた。

 流石真琴くん……クレーンゲームが得意なのでしょうか。


「わぁ、ありがとっ……へぇ、意外な特技じゃん」

「鈴芽が良い位置まで動かしていたから、偶然だよ」


 ……何ですか、この……共同作業感。

 不満はそれだけではありません……真琴くんがクレーンを動かす時、霜鳥さんと密着し過ぎでは?


 恋人でもない殿方に対してスキンシップが過剰……破廉恥です。

 これがギャル……まさに悪役令嬢の権化ですね。


 そして、真琴くんがそんなスキンシップを喜んでいるように見えると胸が痛くなった。

 紳士な真琴くんが邪な気持ちなんて抱いている訳ない……と私自身が誰よりも信じてあげるべきなのに、心がキュッと引き締められる。


 結局、観察に徹して数十分……憂鬱な気分になるばかりだった。


 私は今、果たして何をしているんでしょうか……たった一人で、何もしていません。


 二人は楽しそうに遊んでいるのに、二人を見ている私はむかむかするだけで……なんだか惨めです。


「……帰りましょうか」


 私の行動は結局のところ、独りよがりな嫉妬に過ぎなくて……でも吐き出せない想いは行き場を失っていたのだ。


 真琴くんが楽しそうにしているのだから、放置しておけばいい……そんなこと、わかっているんです!


 だけど、そんな簡単な事も出来ないくらい私は狭量な人間で、人一倍我儘な性格だから……これは、自業自得ですね。


 霜鳥さんに八つ当たりしたい……そういう気持ちがないと言えば嘘になる。


 けど、きっとここで戒めておかないと……いずれ、真琴くんの優しさに仇で返すような気がしたから……気持ちを堪えて、家に帰りましょう。


 そうすれば、多少は――する時間も取れると思いますし。


「何しているんだよ、詩衣……こんなところで」

「……えっ」


 帰ろうと振り返った時、横には真琴くんが立っていた。

 霜鳥さんからは丁度私の姿が視認できない位置ですが、何よりも彼に見つかってしまった事に戸惑います。


 思い詰めていた所為で、ちゃんと見ていなかった……真琴くんが近づいていることを見逃して、見つかってしまった私はもう顔を青ざめるしかありません。


 どうしよう……どうしようどうしよう…………ストーカーしていたなんてバレたくないのに、なんて言い返せばいいのか頭が回らない。


 言葉が浮かばないと、目も合わせられなくなって……息が止まる。


「詩衣――」


 真琴くんの声に皮肉にも意識だけはとてもはっきりとしていて、上手く呼吸の出来ないまま目だけが合ってしまった。


 もし気持ち悪いだなんて言われたら、生きていけない……嫌っ!


「同じ場所に用があるんだったら、予め言っておいて欲しかったのに」

「――っ、えっ?」

「ん? 俺が鈴芽とゲーセンに行く話は聞いていただろ」

「……ああっ、それは……はい」

「学校帰りの最寄りだと、ここ以外のゲーセンはないし、俺がここに来るってわかっていたんだよな?」

「そっ、そうですね……はい。言い忘れていました。ごめんなさい」


 勘違い……してくれている? いえ、きっと真琴くんは私の尾行に気付いていながらも……私のこと気遣ってくれているんですよね。


 謝罪は自然と零れてしまったが、求められていない返答だとすぐに気が付いた。


「いや、謝ることはないと思うよ。なんだ、その……俺達の許嫁関係って制限が多くて考えることも多いだろうからさ」


 ……やっぱり、無理に話を合わせてくれているんですよね。


 ああ、恥ずかしい真似をしてしまったと、顔が熱くなってしまう。


「――だけど、許嫁として会えなくても……友達としては会っても問題ないんじゃないか?」

「あっ、言われてみれば……そう、かもしれませんね」


 許嫁という立場に拘っていた自覚があったためか、簡単な解決方法に拍子抜けしてしまった。


「じゃ、じゃあ、今日会ったのは友達として……で、恋人としても会う日があってもいいですか?」

「……恋人としてなら、いつでもマンション内で会えると思うけど」

「それだけじゃ、ちょっと我慢できないので……お願いします」

「わかったよ。今度、何処かデートしに行こう」

「でっ、デー……そうですね。行きます!」


 緊張して、私らしくない声が出てしまった気がします。

 仕方ないじゃないですか。だってだって……本当に?


 そんなの、浮かれちゃって表情筋がゆるゆるに溶けてしまうじゃないですか。


「あれ? なんで……香月がいんの?」

「はっ!? ……霜鳥さん。いつからそこに」

「今来たばかりだけど」


 気付かなかった……幽霊みたいな人だったんですね。


 霜鳥さんの登場には、流石の真琴くんもどうすればいいのか言葉を迷っていながらも小さく自らが口を慎むジェスチャーを私に見せた。


 万が一会話に齟齬が生まれた時、疑われるのは必至ですから、ここは私の話に合わせようということなのでしょう。


「そうですか……クラスメイト二人にも出会うなんて、奇遇ですね」

「……? 香月、なんかいつもより様子変じゃない?」

「えぇっ? 気のせいですよ」

「ふぅん。まっ、いいけどね。ああでも、あーしは偶然じゃないから」

「ど、どういうことですか?」


 え、霜鳥さんにも私の尾行が気付かれていたってことですか?

 先ほど隠れて見ていた限り、そんな様子が一切なかった為に、冷汗がでる。


「あーしは真琴と遊びにきたからね。真琴と二人揃って偶然会ったんだよ」

「そ、そういう事ですか」

「……澄ましちゃって。じゃっ、あーし達もう行くから香月とはまた学校でね。ほら、行こっ」

「ちょっ、裾引っ張るなって」


 え、一体どういう意味なのでしょうか……訳がわからないのに、なんだか……むかむか。

 もしかして、今私……マウント取られたんですか?


「……ぐぬぬ」


 淑女から決して出てはいけない唸り声が喉から出てしまった。

 居ても立っても居られない……すぐに帰ってデートプランを考えることにした。


 真琴くん……霜鳥さん以上にエスコートして満たしてくれないと許さないんですから!!

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