第29話 善意の偽証/欺瞞の代償①
授業が終わり、先に教室へと戻った生徒達が何やら騒いでいる。
皆の視線を集めている女子生徒は前の授業を欠席していた二人。
そして対面する鈴芽の姿があった。
「……鈴芽っ」
横にいた鼓が小さく呟いた。
妹に何かあったのかもしれない事態で当然の反応だが、驚愕の表情を浮かべて硬直していた。
一体何に驚いているのか視線を辿ると、鈴芽の机の上に広げられた服。
意匠を確認してみれば、俺さえも絶句してしまう。
何故なら俺は知っていた……それはどう見てもコスプレ衣装であり、詩衣の部屋で見たことがあったものだった。
「まさか、鈴芽にこんな趣味があるなんて思ってもいなかったわ」
「……一体、どういうつもり?」
「ああ、何? いつまでもあんたの下に付いているなんて思っていたのかな」
「本当は香月の方でもよかったんだけど、一軍一人落とすなら狙い目は鈴芽の方ってだけ」
「裏切り者」
鈴芽が何か諦めたようにボソッと呟いた。
何故か強く反論されないことを良い事に、追い打ちをかける。
「裏切られたのはあたいらの方なんですけどぉ」
「友達だったのに、趣味一つ教えてくれなかったなんて、信用してくれなかったんだね」
「そんなつもりは――」
「あんたにそのつもりがなくても、あたいらは傷ついたんですけど~? ねえ、みんなはどう思うかな?」
ガヤガヤと教室内に満たされた喧騒のせいで何を言っているのか聴き取れないが、クラスメイト達は皆それぞれ自分の解釈を話し始めた。
「不味いな」
民意に疑いを促すように、判断を他の生徒に委ねる言葉は自身にもリスクを伴う。
だが、これは激情に訴えるよりもずっとずる賢い選択を取られてしまった。
この教室ではカースト意識が高く、同時に下克上の意識も高いからだ。
この一件で何かが起こるのではないかと、明暗分かたれた多くの期待の眼差しが向けられている。その事実が敗者へのダメージを更に肥大化させることになるだろう。
元々鈴芽の近くにいただけあって、クラスの空気を操るのが上手い。
恐らく以前から下克上のタイミングを狙っていたんだろう。
「可愛い趣味してるけど、案外似合うんじゃない? ねえ、鈴芽ってメンヘラチックなところあるもんね」
「結局、何がいいたいのよ。あーしが認めれば、それで済むわけ?」
「認めるも何も証拠はあんじゃん。あんたさ……いつまで自分が上の立場だと思ってんの?」
「……ッ」
しかし、何かがおかしい。
鈴芽がこんなに素直に言い負かされっぱなしであること、つまりコスプレ衣装に何も言及しないのは、どう考えても不自然だ。
否定すれば、済むことだろう。
彼女にコスプレ趣味はない……もしあったとしたら、俺を揶揄ってくるはずもないから。
「何が……どうなっているんだ……」
ふと鼓を見ると、戸惑っていた。兄として、妹が趣味を隠していたことに怒ればいいのか悲しめばいいのか、わからないような反応だ。
ボールペンを強く握ってどうにか冷静になろうとしている様が伺える。
「えっと、これは一体どういう状況なんでしょうか」
「わっ……詩衣か」
遅れて教室へと入って来た詩衣が、あっけらかんとした顔で聞いてきた。
彼女もまた鈴芽の机にある物を見て、困惑した表情を浮かべる。
そして渦中へと足を踏み入れようとする彼女を止めた。
「真琴くん?」
「静観していてくれ」
許嫁の話とは違い、詩衣の趣味は別段秘匿すべきことではない。
だから、鈴芽が追い詰められていると察した詩衣は真実を明らかにしようとしたのだろう。
だが、そこにあるのは自己犠牲の精神に違いない。
たとえこのまま鈴芽が犠牲になろうとも、俺は彼氏としてその行動だけは止めなければならなかった。
冷静に考えよう。
まず詩衣にコスプレ趣味がある事実……これを鈴芽が秘匿している理由がわからない。
喉から手が出るほど待ち望んでいた詩衣の弱みなのに、一体どうしてそうなる?
この状況を一目見て判断するならば、鈴芽が詩衣を庇っている……?
あり得ることだろうか。
目の敵にしている相手にそんな情けをかけるほど、霜鳥鈴芽という女子は甘かっただろうか。
普通だったら考えもしないだろうけど、彼女が優しい女の子であることを俺は知っている。
権力を求めみんなの中心人物でありたいと邁進してきた。
誰もが知る彼女のアイデンティティを削いだ後に残るものは、純粋な優しさ以外に何があるだろう。
「あの、ですが服は私のもので――」
「わかっている……だけど俺に任せてくれないか?」
「はい」
周囲の喧騒が音をかき乱す中、簡潔に小声で詩衣に伝えた。
直接的な表現が避けられながらも、コスプレ趣味が蔑まれている状況で詩衣が黙っているはずもなかった。
或いは、鈴芽が誤解で責められている状況を正したかったのかもしれないけども。
既に提示されてしまった偽証は、最早成り立ちを崩せない。
打開するにしても、詩衣が完全な無関係でなければならないのは大前提だ。
そして、俺には打開する手立てが存在した。
「あのさぁ、よくよく考えてみたんだが……要するにお前らが鈴芽に友達として見られていなかったって認識で合っているのか?」
「……真琴!?」
もう二度と皆をかき乱すことなんてしたくないと思っていた。
俺が荒らした一年Kクラスの惨劇で最後にしようと決めていた。
正論ばかり吐いたって、正しいことなんてわからなかったけど、今正しいことだけはわかる……万が一にも大切な彼女へ火の粉が降りかからないようにすることだ。
嘘が成り立っている以上、件の裏なんて取れている訳がない。
誰にも真実がわからない状況は俺にとって、嘘とハッタリだけで塗り固められた茶番劇だ。
ならば、何ができる?
前提をひっくり返すことができる。
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