第19話 パンツをめぐる論証 希少性のパンツ 5/8

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「事件が起きたのは、今朝のことでした」


 霧ヶ峰は、ゆっくりと語りだす。

 それは自分への疑いを語るということ。辛い作業だ。


 だが、雨宮の声は特に暗くなかった。

 その時の辛さよりも、先程の恥ずかしさが勝っているのだろう。

 それなら、パンツを見ておっぱいを触ったかいがあったというものだ。


「校長先生は出勤してまず校長室に行きました。そこで多少の作業をしたのち、朝の職員会議に参加するために校長室を離れたそうです。職員会議は30分ほどで終わり、校長先生はまっすぐ校長室に戻りました。その時、金庫が開いていることに気付いたそうです。そして、中身を確認すると、金庫に入れてあった金合計二十三万円弱がなくなっていたそうです」

「そうか」


 こう言ってはなんだが、普通の事件だ。

 超能力者である霧ヶ峰が疑われるのだから、もっと入り組んだ不可能犯罪でも起きたのかと思っていたのに。


 だが、都合がいい。普通の事件であるということは、一般人にも十分実行可能だということだ。


「警察は呼ばなかったのか?」

「呼ばなかったそうです」


 一応、警察を呼ばないという判断も理解はできる。

 学校内で窃盗事件が起きたなんて、校長としては隠しておきたいのだろう。現場が校長室ときたら、なおさらだ。下手をすれば、管理不行届ということで校長の責任が問われることにもなりかねない。


 他方で、犯人を見つけるのを諦めたわけでもないらしい。

 自分なりに状況を整理し、犯行方法に目星をつけ、たどり着いた結論が『超能力者である霧ヶ峰カスミが犯人である』というものだったのだ。


 随分と乱暴な話である。


「ちなみに、犯行時刻に霧ヶ峰さんはどこにいたのか教えてくれる?」

「犯行時刻、私は教室にいました。でも、使。だから、誰も私のアリバイを証言することが出来ませんでした。そのせいで、私への疑いが深まってしまったようで……」


 確かに、教師たちからすれば「一人になりたかったから教室の中で超能力を使っていた」というのは疑ってしまうだろう。一人になりたいのであれば、教室の外の人気のない場所に行けばいい。そこに関しては、霧ヶ峰は迂闊だったといえなくもない。


 だが、事態をより悪化させたのは教師陣の杜撰な対応だ。

 校長は、教師たちに中途半端な口止めをしかしなかった。そのことから、この事件についての断片的な情報が漏れてしまっていたのだ。その情報は、学校という閉鎖空間の中で瞬時に伝播した。そして、昼休みになると、霧ヶ峰は公衆の面前で呼び出しを受けてしまった。


 この二つを結びつける噂が発生し、広まるまで時間はかからなかった。

 結果、職員室から戻った霧ヶ峰が責められることになったのだ。


「とりあえず、事件の大枠についてはわかったと思う。あとは、霧ヶ峰さんが疑われた理由について、具体的に教えてくれないか?」

「はい。私が疑われた理由は、金庫の暗証番号だそうです。4桁の数字で、校長先生が毎朝変えているそうです。事件当日も、校長は暗証番号を変えていました。でも、その直後に盗難は起きてしまいました。だから『誰かが気付かれないように暗証番号を設定するところを見ていたに違いない』と考えたそうなんです」

「学校側には霧ヶ峰さんの超能力のことは話してあるのか?」

「教師全員が知っているわけではありません。ただ、少なくとも担任と学年主任と校長は知っているはずです」


 知らせないというわけにはいかないか。仮に超能力関係で騒動が起きた時、対応できる教師が一人もいないというのは超能力研究所も避けたいところだったのだろう。

 さて、事件の概要については大体わかったと思う。

 あとは、考えをまとめることにしよう。

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