第25話 今日は何の日?  3/3

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 ぼくが頼ったのは、姉川さんだった。

 正確に言えば、姉川さんが連絡を取ることが出来る『とある人物』だ。


 ぼくはその頼みごとをするために、今日あったことの子細を漏らさず姉川さんに伝えた。姉川さんはぼくの説明を聞いてから少しだけ黙った。そして、最初に霧ヶ峰さんの様子を訪ねてきた。


「ところで、霧ヶ峰はどうしているんだい?」

「家に帰りましたよ。やっぱり、元気がなかったです」

「で、君は君で自宅に帰ってしまったと?」

「はい。姉川さんに一刻も早く連絡を取りたかったんです。霧ヶ峰さんを助けるのは、ぼくでは無理でした。だから、アイツに連絡を取ってもらいたいんです」

「アイツって『雷電ちゃん』でしょ? まぁ、彼女は今でもこの施設にいるから、つなぎ役を出来ないこともないよ。でも、この事件って雷電ちゃんに頼むほどのものかな?」

「大した事件ではないのかもしれませんが、霧ヶ峰さんを助けるためにはアイツの力を借りるしか――」

「いやいやいや、その前に私の力でも借りてみないかい? というか、あの子を動かすってなると、手続きがいろいろ面倒なんだよね」

「でも――」

「そもそも、白雪君。君は事件へのアプローチを間違っているんじゃないかな? 君が解くべき謎は『犯人は誰か?』ということだったっけ? 違うよね? 君が解くべき謎は『校長が暗証番号をどうやって決めているか』ということだ。だったら、ちまちま物証なんて探さないで、想像してしまえばいい。校長の思考を辿るんだ」

「想像しろって言われても……」


 想像するだけの材料がぼくにはないのだ。

 校長との接点なんてほとんどない。だから、校長の思考なんて分かるはずがない。せいぜい、朝の放送で流れてくる話を聞き流しているだけだ。いつも話が長いうえに、大した中身もない。毎回『今日は何の日?』というネタを入れるが、生徒たちにはあまりウケていない。


 ん?

 んん?

 あれれ?


「『今日は何の日』」


 今日は何の日。

 過去の日付が同じだった日に何が起きたかという歴史ネタ。

 着目すべきは『今日は』というところ。

 つまり――

 記憶が紐づけられていく感覚。


 

 

 

 


「あ……」


 謎が氷解した。

 これなら、四桁の数字を忘れずにいることが出来る。

 そして、場合によっては外部の人間にその数字を知られてしまう可能性がある。

 もしかして、姉川さんはぼくから話を聞いただけで、そこまでたどり着いたというのだろうか。あの人なら在り得る。


 だが、これが正解だというなら、一つだけ疑問がある。


「校長はそれに気づいていないと思いますか?」

「最初は気付かなかったんだろうね。4桁の数字の法則に気付かれているなんて。でも、今は気づいているんじゃないかな? 白雪君、0と1が消えかけているって伝えたんだよね? それが大きなヒントになるってことを、校長だって理解したと思うよ」

「だったら何で――」

「『一貫性の原理』っていうもんがあるんだよ。。校長はすでに『霧ヶ峰が犯人である可能性』について大勢の前で発言してしまっている。そのうえで、聞き取りまでしてしまっている。そうすることで、その言動にコミットした行動をとるようになってしまったんだ。それがひどくなると、霧ヶ峰以外が犯人である可能性に見向きもしなくなる。その上、その可能性を示す物証が出てきたとしても、あえて無視するようになってしまう」

「そんな……」

「ちなみに、この原理は『一貫した態度をとる人間のほうが社会で評価されやすい』ことによって作られたものだ。だから、大勢の前でした発言のほうが『一貫性の原理』は強くはたらくことになるよ。心の中で考えただけなら、いくらでも社会的評価に影響を与えず撤回することが出来るからね。そして、年を取れば取るほどこの原理に縛られやすくなる。つまり、両方が該当する校長は、自分の言葉に強く縛られている状態ということになる」

「意見を変えさせるのは困難ということですか」

「そうだよ。でも、不可能ではない。あとは、どうやって説得するかだね。君の手腕に期待しているよ」


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 解決編。

 それは、ミステリにおいて謎が解けるパートである。


 だが、本当にそれは『解決』編と呼ぶにふさわしいのだろうか。

 殺人事件が起きて犯人が捕まったとしても、その行動によって引き起こされた惨劇が消えるわけではない。一区切りついただけであって、何も解決していない。


 つまり、種明かし編とでもいうべきなのだろう。


 ぼくがその種明かし編をするために選んだ場所は、職員室だった。目的はもちろん、出勤している教師たちに、霧ヶ峰さんが犯人でないということを納得させるためだ。


 そう、納得だ。

 校長から業務命令として機械的に「霧ヶ峰カスミを犯人扱いしないように」と言われただけでは、教師たちは霧ヶ峰さんを疑い続ける。その可能性も徹底的につぶすためには、全員の前で話をして、教師たちを納得させる必要がある。


 今日は、週明けの月曜日。

 時刻は午前七時三十分。大体の教師がこの時間には出勤しており、職員室の空いているスペースに立っているぼくに注目していた。ここまで目立つの、初めてかもしれない。


 ちなみに、霧ヶ峰さんは同席していない。

 同席させてもよかったんだけど、何故かためらわれた。


 多分、ぼくは格好をつけたかったのだと思う。

 霧ヶ峰さんのいない場所で、いつの間にか解決してしまっている。

 そういうのを格好いいと、僕の中の中二魂が叫んでいるのだ。


「さて、朝の忙しい時間ですが、ぼくの話を聞いてください。先日校長室で起きた窃盗事件について、話をさせてもらいます。非常に重要な問題なので、仕事の片手間ではなく、しっかりと話を聞いてください」


 ぼくがそういうと、数人の教師が動かしている手を止めた。

 朝の忙しさについては理解しているが、ここは我慢してもらおう。


「まず、事件の概要についてお話します。三日前の朝、校長が校長室を留守にしている間に、何者かが校長室に侵入しました。そして、そこにあった金庫から現金を盗み出しました。そして、皆さんは霧ヶ峰カスミに対して疑惑を持ち、聞き取りを行いました」


 教師たちは、黙ってぼくの話を聞いている。

 中には、未だに手を動かしている反骨精神旺盛な教師もいるが、それは放っておくことにしよう。


「しかし、霧ヶ峰さんは無実です。霧ヶ峰さんを犯人とすることは、冤罪です。だから、ぼくはこの事件について調べました、校長室を調べ、外部の人の意見を聞きながら、真実について考えました。そして、一昨日の夜、一つの結論に達しました。結論を言います――!」


 沈黙が、職員室を支配した。

 教師陣は神妙な表情をしていたが、言葉の意味を咀嚼しおわったのか、困惑したような声を上げた。


「え、いないの?」

「多分ですけど。これは、外部の人間による犯行です」 


 校長は、相変わらず不満げにぼくを見ている。

 教師たちも同様だ。


「さて、そろそろ解説に入りましょう。今回の事件で最も重要なのは、金庫についていた暗証番号でした。校長は、この暗証番号を毎日変えていました。その暗証番号を破られたから、超能力者である霧ヶ峰が後ろから隠れ見ていたのだと疑われたのです。ですが、ぼくたちの調査によって新たな事実が判明しました。。そのヒントとなったのが、週に一度の朝礼で校長が話す『今日は何の日』でした」


 今日は何の日。

 何年前の今日、こういうことがあったと紹介するものだ。

 校長はかつて歴史の教師だったらしく、毎回詳しく、そして長時間に渡って話をする。生徒たちはうんざりしているのだが、一向に止めようという気はないようだ。


「ぼくはある人に言われ、校長なら何を暗証番号にするかを考えてみました。今日は何の日。これは当然ながら、毎日変わる内容です。例えば、今日。6月24日は、オリンピックデ―です。1894年に、IOCがパリで創立されました。そう、1894。です」


 ここまで言うと、教師の大半が理解をしたようだ。


「さて、後は校長がこの方法で暗証番号を決めていたという証拠についてお話ししましょう。ぼくが校長室で金庫を調べた際、一つだけ気になることがありました。それは、0と1の文字が消えかけていたことです。おそらく、この二文字だけが頻繁に押されていたのでしょう。それは何故か。分かった人、いますか?」


 ここで手を上げる人はいなかった。

 下手をすれば校長からにらまれることになるのだから、それが賢明な判断だろう。

 あるいは、本当に分かっていないか。


「では、皆さん。歴史の年表を思い浮かべてみてください。そこに出てくるのは、大半が紀元後0年から1999年の間の出来事です。つまり、これを基にした暗証番号を使えば、0000から1999が使われることになります。そして、使。その分、表面の文字が削れていったのです。以上が、ぼくの推理の第一弾です」


 そう、これはあくまでもだ。

 現時点では、霧ヶ峰以外にも犯行が可能だったということを示せたに過ぎない。唯一の容疑者ではなくなったが、未だ、霧ヶ峰さんが第一容疑者になってしまっていることに変わりはない。


 だから、では、霧ヶ峰さん以外の者に注目を集めさせることにした。


「さて、ここからは、校長に協力をしていただきます。校長、4桁の数字の決め方についてですが、今の推理は間違っていますか?」

「……間違っていない」

「では、伺います。校長は朝礼でよく、何年前の今日は何があったとお話をされますが、その元ネタはどうやって確認しているのですか? まさか、全部記憶しているわけではありませんよね? そういったものが書かれている本を所有しているのではないですか? そして、それは校長室の机の上に置いてあったのではないですか?」

「それは……そうかもしれん」

「ぼくが校長室を調べたときは、そういう本は見当たりませんでした。それが問題なんです。毎日使う本ですから、手元に置いておくでしょう。しかし、見当たらなかったんです。だから、教えてください。校長。? そして、?」

「それは……」


 校長は口ごもる。

 ここで沈黙するというのは、肯定するのと同じようなものだ。

 いちいち話を中断せずに、畳みかけてやる。


「これで、あの金庫を開けられる人間は、霧ヶ峰さんだけでないことは証明できました。そして、そちらの可能性のほうが高いということも理解してもらえたと思います。何せ、元ネタ帳となる本がいつも机の上に置かれているわけですから」


 この辺りは、推測というよりただの決めつけだ。

 校長が反論をしてこないうちに、どんどん好き勝手言ってやろう。


「というわけで、ここまでの話は皆さんご理解いただけたと思います。そして、ぼくはこの話を同級生たちにしようと思います。校長の不始末が原因で窃盗事件が起き、生徒の一人が冤罪の対象となってしまった。この噂は、一瞬で学校中に広まることになるでしょうね」

「何が望みだ?」

「今日中に警察を呼んで、事件について調べてもらってください。それをしないのであれば、ぼくは生徒たちに話します」


 霧ヶ峰さんにとってベストな結果は、真犯人が捕まることだ。

 それが出来るのは、警察だけ。

 だから、警察に捜査をさせる必要がある。

 暗証番号の謎が解けた今、警察もあらゆる可能性を適切な捜査をすることが出来るだろう。


 それでも犯人が捕まらないようなら、本当に今日の出来事を話してしまうことにしよう。犯人が捕まらないにしても、この事件で最も重い過失があるのは校長だという話が広まれば、霧ヶ峰への非難もおさまるだろう。


 いわゆるってやつだ。


 重大すぎる過失のある校長に、少しくらい責任を取らせたっていいはずだ。

 少なくとも、その責任は霧ヶ峰さんが負うべきものではないのだから。

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