第24話 今日は何の日?  2/3

     3


「まさか、校長先生がいるとは思いませんでした」


 校長が部屋から出ていくと、霧ヶ峰さんが言った。

 ちなみに、注意された手前、霧ヶ峰さんはぼくの腕を開放していた。


「ああ、うん。そうだね」

「白雪君。どうかしたんですか? なんだか、気分が悪そうに見えますけど」

「……霧ヶ峰さん。今の校長先生を見て、どう思った?」

「思ったほど疑われていなかったなぁって思いました」

「そう、そこなんだよ、問題は」

「え?」

「これじゃあ、ぼくが『犯人は霧ヶ峰さんではありません』と主張したところで『うん、そうだね』という反応しか返ってこないんだ。ぼくは霧ヶ峰さんを犯人扱いしようとしている校長を打ち負かせば、それで解決するものだとばかり思い込んでいた。でも、


 なんて思い違いだ。

 これじゃあ、霧ヶ峰さんを助けるための手段がない。


 いや、そうじゃないはずだ。

 今は思いついていないだけで、考え続ければ何かアイデアが浮かぶ可能性はある。


 ぼくは両手で、自分の頬を叩く。


「危ないところだった」

「どういうことですか?」

「危うく考えるのを放棄するところだったってことだよ。噂自体を何とかする方法もあるかもしれない。というか、あると仮定して進めていくしかないんだ。今できることは、その方法に使える材料を見つけ出し、そこからその方法を考え出すことだ」

「えっと、つまりどういうことなんですか?」

「やることは変わらないってことだよ。とにかく、今は金庫を開ける方法を見つけ出す。それが唯一のやるべきことだ」


 そう決意するとともに、ぼくはまず校長室の中を見回した。

 一番奥に校長用の机があり、その前には応接用のソファーと机が置かれている。壁に棚には、学校の歴史をまとめた分厚い本やチューブファイルなどが詰め込まれている。その一角に、問題となる金庫は置かれていた。


 目測で30㎝×40㎝といったところだろうか。

 奥行きはよく分からない。


 前面には0~9のボタンと『OPEN』と書かれたボタンが並んでいる。おそらく、特定の数字を押した後に『OPEN』を押すと鍵が開くようになっているのだろう。そのボタンをよく見ると、ぼくたちはあることに気付いた。


「よく見ると、

「ああ、本当だ」


 ほんの微かにではあるが、霧ヶ峰さんの言う通り『0』と『1』の文字だけが薄くなっていた。つまり、パスワード設定の際、この二文字が頻繁に使われるということだ。


 これは大きなヒントになるのではないだろうか。


「とりあえず、この金庫の使い方を調べるか?」

「校長先生に言って説明書をもらいますか?」

「いいや。とりあえず、スマホで調べてみるよ。説明書なんて保存してあるかどうかも怪しいところだし」


 ちなみに、休日はスマホの持ち込みは禁止されていない。

 ぼくは、ポケットからスマホを取り出し、検索サイトを開く。


 金庫の側面に型式について書かれたシールが貼られていたため、スマホでその金庫について検索した。すると、pdfファイルの説明書が見つかったので、それをダウンロードする。その説明書を読んでみる。


 やはり、特定の数字を入力した後にオープンのボタンを押すと開く仕組みになっているらしい。回数制限なども特にないようなので、極端な話0000から9999まで一つずつ試せば、確実に開くことになる。だが、侵入者がそんなことをするというのは考えにくい。0と1を必ず入れるにしても、短時間で番号を特定することは不可能であるはずだ。


「とりあえず、適当な数字を入れてみるか」

「はい」

「霧ヶ峰さん、ちょっとやってみてくれる?」

「私ですか?」

「うん。とりあえず」


 霧ヶ峰は、1234と数字を入力した後、OPENボタンを押した。

 だが、金庫のロックが外れることはなかった。当然のことだろう。これで外れたらロックの意味なんてない。


 その後、ぼくと霧ヶ峰さんは交代をしながら思いついた4桁の数字を入力していった。それを十回ほど繰り返したが、それで金庫が開くことはなかった。


「金庫については、これくらいでいいかな」


 ぼくはそう言って立ち上がった。


 ソファーに腰かけると、霧ヶ峰さんは正面ではなく、隣の位置に座った。霧ヶ峰さんは、至近距離でぼくを見つめてくる。上目遣いが何とも言えず可愛らしいが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。そんなことを考えていては、霧ヶ峰さんに失礼だ。


「さて、何度も試してみたけど、開く気配もないな」

「そうですね」

「金庫が古くなって適当に入力しても開いちゃうっていう可能性を考えたんだけど、それはなさそうだね」

「それじゃあ、犯人はどうやって番号を特定したんでしょうか?」

「どこかにメモでも置いてあって、それを見たんじゃないか?」


 今考えられる可能性はそれくらいだろう。

 だが、これが正解であるという確信が持てない。


 校長は、現金を盗まれた原因を『暗証番号を押している場面を見られたから』だと思っている。だから、霧ヶ峰さんが疑われることになったのだ。メモを見られた可能性があるなら、先にそちらに思いが至るはずだ。


 考えがまとまらない。

 金庫の開け方を考えなければならないのに、その材料が見つからない。

 ぼくは頭を抱えてしまった。

 それも、霧ヶ峰さんの前で。

 それを見た霧ヶ峰さんは、気遣うように告げる。


「……あの、白雪君」

「何?」

「無理はしていただかなくて結構ですよ。私はこのまま誤解が解けなくても平気ですから。教室の中ではちょっと気まずい思いをするかもしれませんが、すぐに元通りになると思います。大丈夫ですよ」


 明らかに嘘だった。

 霧ヶ峰さんは、教室の中で疎外されつつある。

 このままいけば、つらい高校生活を送ることになるだろう。

 表面上改善されたとしても、根本のところでその禍根は残り続ける。

 そのことは分かっているはずだ。

 だから、彼女が平気であるはずがないのだ。


「誤解されているのは慣れています。昔から、何かあるたびに私が疑われてきました。はっきり言って、私の能力は犯罪には向かないんですけどね」

「どういうこと?」


 誰にも気づかれずに行動することが出来るのだ。

 犯罪に特化していると言ってもいいはずだ。


「そうですねぇ。例えば、私が学校で白雪君を殺すことにしたと仮定します」

「いや、ぼくじゃなくてもいいよね」

「私は刃物をもって白雪君の頸動脈を切りました」

「続けるの!? 妙に具体的になったけど!!」

「痴情のもつれで頸動脈を切られた白雪君はあっさりと死んでしまいました」

「痴情のもつれ……」

「あ、いえ、あのですね。特に動機は重要じゃないっていうか、なんとなく殺人事件でよく聞く気がしたのでそういっただけですので……。何なら、今から遊ぶ金欲しさに変更しても――」

「いや、いいよ。気にしないで続けて」


 殺されるほどの金なんて持っていないし。

 正直、


「あの、とにかく、ここまでは、超能力を使えば簡単に出来ます。白雪君は、私の存在に気づくことなく、絶命することになります。でも、大変なのはこの後なんですよ」

「ああ、成程ね。殺すことは出来ても、罪を逃れることは出来ないってことか」

「ええ、その通りです。私が超能力で出来ることと言えば、誰にも目撃されずに――目撃されたとしても、それを認識させることなく、白雪君を殺すこと程度です。返り血を防げるわけでもないし、指紋を消せるわけでもない。ただその場にいる人間に気づかれないだけです。監視カメラがあったら普通に映るから、後日映像を確認したら私が白雪君に忍び寄って正面からナイフを一閃する衝撃的なシーンが映し出されることになります」


 霧ヶ峰の能力は『認識阻害』。

 その場に彼女がいることを認識させない。

 ただそれだけの能力だ。

 あくまでも、特技が一つ増えただけの人間。

 それが霧ヶ峰カスミという超能力者なのだ。


「でも、皆、超能力者である私たちを疑うんです。何かが起きると『超能力者がやった可能性がある』『超能力者であれば可能だ』。そういう言いがかりをつけてくる人たちが出てきます。どうして、こんなことになってしまうんでしょうね……」


 霧ヶ峰の表情に影が差した。

 確かに、彼女の言うとおり、超能力者は疑われやすい。

 その原因に関しては、前々から考えていたことがある。


「ぼくが思うに、それは

「漫画?」

「この世には超能力をテーマにした漫画や小説があふれている。そういう漫画では、序盤こそ自前の超能力を使って様々なトラブルを起こしたり解決したりすることになる。でも、しばらくすると、手ごわい事件や敵が現れて、超能力を素直に使うだけでは対抗できなくなってくるんだ。だから、主人公側としては手持ちの超能力をうまく使って対応する必要がある。そして、創作物の中ではいつでもそういう創意工夫は成功する」


 超能力は、一般人が逆立ちしても使うことが出来ないものだ。

 だから、一般人はその使用方法に関してこう想像してしまうのだ。


『この能力を応用すれば、もっと何か出来るのではないか』と。


 確かに、応用次第ではうまいやり方があるのかもしれない。

 完全犯罪をするための方法が何かあるのかもしれない。

 かもしれない。

 可能性。

 可能性があるから疑われる。


「あの、でも、大半の人はフィクションと現実を一緒にしたりはしないと思うのですが。創作物が原因と考えるのは、いささか強引だと思います」

「確かに、フィクションと現実を混同する人は少ないだろう。でも、それはフィクションの中で描かれている内容が『ありえないこと』や『起きる可能性が極めて低いこと』であることが前提だ。


 だから、疑われてしまう。

 疑わしきは罰せず。

 だけど、疑わしきを疑うことは誰でも可能。


 霧ヶ峰さん以外にも犯行が可能であることを証明したところで、霧ヶ峰さんへの疑いが晴れるわけではない。校長が『霧ヶ峰は犯人ではない』と証言したとしても、一度疑われた彼女への疑いか学校から完全に消え去るわけではない。


 そこが今回の問題の本質だ。


 とすると、解決策は――犯人を見つけるしかないのだろうか。

 そうなれば、いよいよ警察を呼ばなければ不可能だろう。

 というか、暗証番号を特定する方法が分からなければ、警察を呼んだところで無駄だろう。

 それでも――。


「でも、必ず何とかする」


 方法を思いついたわけでもない。

 ただ、彼女は無実だ。

 無実の人間には、疑いすら向けられるべきではないはずだ。


     4


 ぼくたちは、校長室を端から端まで入念に調べた。

 だが、4桁の数字が書かれたメモなど、証拠になりそうなものは何も出てこなかった。仮にあったとしても、校長が証拠を隠滅してしまっただろう。

 だとしたら、まともなやり方では証拠は見つからないだろう。

 結局、校長室の中では大した手掛かりを見つけることが出来なかった。校長は予告通り、一時間で戻ってきた。


「もう一時間経った。終わりにしてくれるかな」

「……はい」


 仕方がない。これでタイムアップだ。

 もっとも、時間がもっと確保できていたとしても、今以上の成果が得られるとは思えない。校長室の中で調べるべきことは調べつくしたといってもいいだろう。


「中を荒らしてないだろうな?」

「まったく荒らしたりなんてしていませんよ。見た目の通り奇麗なままです」


 校長は、部屋の中を一通り目視で確認していた。

 ぼくたちはその様子を見ながら、開いているドアから出た。だが、これで終わりではない。もう少し校長から情報を引き出しておくことにした。


「ああ、そうだ――」


 ぼくは振り返って、校長に声をかける。


「ところで少し伺いたいことがあるんですけど」

「なにかな?」

「4桁の暗証番号は、メモを取ったりしないんですか?」

「しない」

「忘れてしまったことはないんですか?」

「ない」

「何故ですか? ランダムでメモも取らないんですよね? 朝設定した4桁の数字をいつでも100%覚えていることが出来るとは思えないんですけど」

「私は、忘れない」


 おや、とぼくは思った。

 校長の回答は、話にならないものだった。

 なぜ忘れないのかと尋ねたのに、それに対する答えはゼロ回答のようなものだった。

 だけど――いや、だからこそ参考になる。


 これは、――あるいはのだ。

 つまりは、核心部分に触れたということ。


 やはり、4桁の数字に何らかの心当たりがあるのだろう。

 それが何なのか分かれば、最大のヒントとなるはずだ。


 でも、それが何なのか分からない。

 こうなったら、もう手段を選んでいる余裕はない。

 ぼくは、とある人物に頼ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る