第23話 今日は何の日?  1/3

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 翌日、ぼくは家の前まで、霧ヶ峰の迎えに行った。

 家の前で待っていたぼくの姿に気付くと、霧ヶ峰は嬉しそうに手を振ってくれた。


「白雪君、おはようございます」

「おはよう」

「それじゃあ、早速ですがデートに――じゃなかった。調査に行きましょうか」


 ぼくたちは学校に向かって歩き始めた。大体歩いて二十分程度で到着する位置にある。ぼくは自転車通学をしているが、霧ヶ峰さんは自転車を持っていないため、今日は歩きとなったのだ。


「そういえば、霧ヶ峰さんって行きは車で通学しているよね?」

「ああ、はい。お恥ずかしい話です。超能力研究所の方が、行きだけ送って行ってくださるんです。行きは上り坂が大変なので」

「少し過保護な感じがするけど」

「そうなんですよね。研究所の方がいうには、運動をしている最中にうっかり超能力を発動させてしまうというケースがあるんだそうです。上り坂を歩くっていうのは意外に体力を使うので、そうなってしまう可能性があるんだとか」


 成程。だから行きだけ車で送ってもらっているのか。

 帰りは下り坂だから平気だというわけだ。


「でも、今日は大丈夫?」

「いえ、危ないかもしれません。最悪死にます。車や自転車にひかれて死にます」

「駄目じゃないか!」

「あ、でも対策は考えてありますのでご安心ください」


 そう言って、霧ヶ峰さんはぼくの右手を掴んだ。

 そして、そのままぼくの右腕を取って抱きかかえた。


 季節は6月。さほどの厚着をすることもなく、接触すれば体の柔らかさが十二分に伝わる季節だ。ちなみに、ぼくは長袖のワイシャツを腕まくりした状態で着ている。つまり、


「あの、霧ヶ峰さん?」

「説明しましょう。私の超能力は、私を認識できなくするものです。だったら、白雪君に出来る限り接近していれば、超能力が暴発してしまったとしても、自転車や車は白雪君を避けてくれまるから、私も一緒に避けてくれるということです」

「一応筋は通っている」

「そして、私は白雪君と接触することで友情パワーを上げることが出来ます!」

「た、確かに友情パワーは必要だな、うん」

「その通りです。というわけで、問題ありませんね!」

「……うん!」


 とりあえず、そういうことにしておこう。

 ぼくと霧ヶ峰さんは、密着した状態で歩き出した。


 こんなところを誰かに見られたら誤解されそうだが。

 というか、外堀をがっつり埋められているような気がする。

 完全に包囲され、もう抜け出せないような感じ。

 うん、悪くない。


 そんな煩悩にまみれた思考をしていたぼくに、霧ヶ峰さんが話しかけてきた。


「白雪君。ちょっと、私の昔の話を聞いてもらえませんか?」

「え、ああ、うん」

「私は以前、このあたりに住んでいたことがあったんです」

「そうなのか」


 それなら、どこかで会ったことがあるかもしれない。

 同年代で、生活圏が同じ。十分に可能性はある。


「昔は、ごく普通の女の子だったんです。特にこれといった問題も起こさず過ごしていました。でも、超能力のせいで、私は普通の生活をすることができなくなりました。幼いころの私は、この超能力の制御をすることが出来なかったんです。だから、。少し目を話すだけでも不安な時期です。それにもかかわらず、両親は私のことを何度も見失いました。その度に大騒ぎして、結局元居た場所で見つかる。そういうことが何度も続いていました。両親は何度も責められました。だから、私のことを注意深く見ていたようです。それでも、私は消えました。意識の外に消えました。そこにいるのに。そんなことが続いたことで、両親は、ついには壊れてしまいました」


 認識阻害。

 つまりは、認識されなくなる能力。

 子育て中に親――特に小さな子供の保護者にしてみれば、恐怖でしかないだろう。


「両親が精神科にかかった過程で、私のことを調べることになりました。そこで、私の超能力が分かったのです。両親は驚いていたはずです。自分たちに欠陥があるのだと思っていたら、子供が超能力を使って消えていたというのですから。その結果、両親は私を施設――超能力研究所に預けました。このまま子育てをしていたら、まともな精神状況ではいられない。そう考えたのでしょう」


 それはだったのだろう。

 小さい子供が認識されなくなるということは、危険なことだ。

 道路にいても、自転車や自動車に認識されない。

 そんなことになったら、まず間違いなく事故の被害者となる。


「超能力研究所では、機械的に管理されました。『認識阻害』のことはわかっていたので、私の管理は常に監視カメラを併用して行われていました。私に接してくれる職員は、姉川さんという方でした。大人なのに子供のような方で、私は彼女のことが大好きでした。大雑把な性格で、私のことを見失ってもあまり気にしませんでした」


 それは問題のある反応だと思うが。

 だが、霧ヶ峰がよかったなら、それでよしとしておこう。


「研究所では、私の能力をどう制御するかを主に調べました。超能力が発動する時に体に起きた変化を調べ、その後同じような変化を意図的に起こせるよう訓練を受けました。なかなかうまくはいきませんでしたが、三年ほど訓練を続けたら、ほぼ完全にオンオフが出来るようになりました」

「姉川さんのおかげってことか」

「いいえ、違います。超能力の訓練については、ほかの職員の方にしていただきました。姉川さんは、この能力をどうやって有効活用するか、ということについて話してくれました。『君の能力は使い方によっては非常に愉快なことになる』と言ってくれました。悪用方法について子供に話すというのは、常識で考えればおかしいのでしょう。ですが、私には、その言葉が救いでした。疎ましいだけだった超能力を少しだけ自分のものとして受け入れることができたのです」


 思い出を語っていた霧ヶ峰は、生き生きしていたと思う。

 あの施設での生活を前向きにとらえることはぼくには出来そうにない。だけど、彼女にとってはいい思い出なのだろう。


「でも、世間は未だ超能力者を受け入れてはくれないんですよねぇ」


 霧ヶ峰がそう言ったとき、高校の校舎が見えてきた。

 高校生である彼女にとっての世間とは、まさしく『学校』のことだ。

 彼女が超能力者であることが明らかになってしまった時のクラスメイト達の反応。

 教室の気温が一気に十度くらい下がったかのような冷たい空気。

 それを思い出してしまったのだろう。


     2


 学校には、運動部を中心とした休日登校上等な生徒たちが多くいた。正直、あそこまで打ち込めるものがあるというのは羨ましく思う。


「そういえば、ぼくたちはどこに向かえばいいんだ? 校長室を調べるにしても、勝手に入るわけにはいかないだろ? 休日は鍵だって閉めてあるだろうし」

「直接校長室に向かいます。超能力研究所の姉川さんが、そのあたりの調整をしてくれました。鍵は開けておくので、自由に調べて構わないということになっています」

「そうなんだ」


 さすがは姉川さん。仕事が早い。

 ぼくたちは校舎の中に入ると、そのまま校長室に向かった。


 校長室のドアは空きっぱなしになっていた。普段入ることのない場所。

 この事件がなければ、どこにあるのかも知らないままだったであろう場所だ。


「失礼しまーす」


 中には誰もいないのだろうが、一応そう言いながら校長室に入る。

 だが、そこには予想に反して、人がいた。

 そこにいたのは校長本人。


「ようやく来たか」


 校長はぼくたちを憎々しげに見ていた。

 このために休日に出勤させられたことが不満なのか、それとも霧ヶ峰さんに対して敵意を持っているのか。いずれにせよ、霧ヶ峰さんと直接話をさせたくはない。この人は、霧ヶ峰さんを傷つけることをためらわない人間だ。これ以上、彼女を傷つけさせたくはない。


「君たちのことは、超能力研究所というところから聞いている。どうしてもこの部屋を調べたいそうだな」

「はい」

「だったら、自由に調べてもらって構わない。終わったら声をかけてくれ」

「……はい」


 なんだろう。

 なんだか、思っていたイメージと違う。

 もっと敵意剥き出しの対応をされるものだと思っていたのに。


「あの、校長先生」

「何だね?」

「校長先生は、霧ヶ峰さんが犯人だと思っているのですか?」

「金庫の暗証番号は毎日変えている。開けられるとすれば、誰かが後ろから覗き込んでいた場合くらいしか考えられない。だから、可能性の一つとして霧ヶ峰カスミ君には話を聞かせてもらった。ただそれだけの話だ。全く、くだらない」

「下らない? 霧ヶ峰さんが苦しんでいるのに――」

「霧ヶ峰カスミ君が苦しんでいるのは、誰のせいなのかな? 確かに、我々は霧ヶ峰カスミ君に話を聞かせてもらった。それは、事件に対処するための参考とするためだ。それを面白おかしく伝え話したのは、君たち生徒だ。おかしな噂が広まったのは、それをネタに盛り上がろうとする低俗な精神を持った生徒たちが多くいるからだ。それ以上でも、それ以下でもない」


 確かにそのとおりだ。


「そ、それで、この事件についてはどうするつもりなんですか?」

「どうとは?」

「職員室の方では、どう対応するつもりなんですか?」

「どうもしない。盗まれた金は職員の持ち出しで補填して、終わりだ」


 校長は面倒くさそうに言った。

 というか、本当に面倒くさいんだ。この事件に対して正面から対応しようという気がない。霧ヶ峰さんのことを疑ってはいるものの、それは疑いでしかない。教師陣は、霧ヶ峰さんに対して敵意すら持っていないのだ。


 ぼくは絶望的な気分になる。

 これじゃあ、戦いにならない。

 なぜなら――。


「霧ヶ峰カスミ君。君に話を聞いたことで生徒たちが誤解をしてしまったなら、それを謝罪しよう。君の疑いを晴らすために、出来ることはさせてもらう」


 教師たちにとって、この事件はすでに処理済の案件になっているのだから。

 対処の過程に多少の不手際があったが、騒ぐほどのことではない。彼らはそう認識しているのだ。


「それで、私はどうすればいい? 調査が終わるまで、ここにいればいいのか?」

「とりあえず、ぼくたちだけで調べさせてもらいます」

「では、終わったら職員室に来なさい。それと、個人情報を含むものについては触れないように。ところで――」

「はい?」

?」


 ようやく突っ込みが入った。

 霧ヶ峰さんは、今もぼくの腕をがっちりと掴んでいた。


 そのことには気づいていたし、他の生徒たちから変な目で見られたりもした。

 でも、幸せな感触を味わっていたかったので、あえて注意しなかったのだ。


「君たちは、調査をしにきたのだろう?」

「まぁ、そうですね」

「くれぐれも、ここでいかがわしいことはしないように」


 校長はそう言い残し、校長室を出て行った。

 うん、今のは校長が正しいね。

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