第26話 貴方のことが大好きよ 1/3
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さて、それでは顛末を報告しておこう。
校長は、霧ヶ峰さんへの疑惑を全面的に取り下げた。そして、盗難事件については警察に通報したうえで捜査をしてもらうこととなった。そして、その三日後には真犯人が明らかになった。予想通りというか、順当というか、犯人は清掃員だった。
清掃員は、校長室の掃除も任されており、毎朝校長の机の上を拭く際に『今日は何の日?』という本が無造作に机の上に置いてあることが何度もあったことに気づいたという。もしかしたら、これを何かに使っているのではないか。そう考えるとともに、同じくいつも拭き掃除をしている金庫に思いが至ったらしい。
後は、ぼくの推理通りだ。
あの日、清掃員は魔が差して机の上の本を開き、金庫の暗証番号を入力してみた。間違えたところで、警報が鳴るわけではない。軽い気持ちでやってみたのだろう。だが、実際に金庫は開いてしまった。
金庫を開けることに成功してしまった清掃員は、これを千載一遇のチャンスととらえた。それほど金に困っているわけでもなかったが、これが空前絶後の機会だという考えから、ついつい中身の金を盗み取ってしまったという。突発的で計画性のない犯行。それゆえに、金庫の内側についたままになっていた指紋を拭いたりもしなかったため、用意に犯人が特定されていた。
ちなみに、このことを知ったのは、清掃員が逮捕された日の昼休みのことだった。担任に呼び出されたぼくは「むやみに人に話さないこと」と一言告げられてからこの経緯を聞かされた。
それが終わると、ぼくはその足で公衆電話のある廊下へと向かった。勿論、姉川さんへの報告のためである。ぼくは担任から聞かされたことを子細漏らさず姉川さんに伝えた。それを聞いた姉川さんの感想はというと――。
「ま、お粗末な犯行だよね」
これである。
本当に粗末な犯行だったのだ。
「警察を呼んでいれば、すぐに解決できた内容だ。学校が警察を嫌う理屈というのも分かるけど、今回の校長の動きは擁護できないね。ま、する気もないけど」
それはそうだろう。
ぼくだって、擁護をする気は一切ない。
「それでだ。これで事件が終わってめでたしめでたし、なんて思っちゃってないかな? 残念だけど、これはただの切欠。本当の問題はここから始まるんだよ」
「本当の問題?」
「ああ、そうだ。結論を言う前に、少しだけこれまでの彼女の行動について説明させてくれるかな? 時間はなるべく取らせないようにするよ」
「構いませんけど」
「ありがとね」
姉川さんがお礼を言った。
基本的に、姉川さんは人間関係をほぼ完全に無視して研究に勤しむタイプの研究者だ。今の仕事についていなければ、おそらく社会不適合者として引きこもりか何かになっていただろう。そういう極端な人間だ。
これから話されるのは、その姉川さんをして「ありがとね」と言わしめるような重要案件ということになる。
ぼくは佇まいを直して傾聴する。
「まず、君は霧ヶ峰の奇行を見ていたよね? 下着姿で教室中を歩き回るという奇行をガン見していたんだよね?」
「ガン見はしていませんが!」
「で、君はどう思ったのかな?」
「どうって……」
そりゃあ、嫌な気分にはならなかった。
あれほど性的魅力にあふれた肉体をまざまざと見せつけられ、嫌な気分になるはずがない。むしろ、こちらが隠れ見ているような気分になってしまっていた。
「彼女のことを、変態だと思ったんじゃないかな?」
「え、ああ、はい」
「んん? 何だか返事があいまいで怪しいね。もしかして、彼女の行動ではなく、半裸について考えちゃっていたのかな?
「彼女こそまごうことなき変態だと思いましたが!」
「そう? 何だか、さっきから否定が必死だね。別にいいけど。さて、私が言いたいのは、その変態という評価についてなんだよ。霧ヶ峰カスミは生来の変態であって、自分に超能力があるのをいいことに、超能力を活用して抑えきれない欲望を満たしている。君はそう考えているんじゃないかな?」
その通りだ。
というより、それ以外の解釈は不可能だとさえ考えている。露出趣味がなければ、教室の中をあんな格好で歩き回るなんてことはしないだろう。
だけど――。
「逆なんだよ」
姉川さんは言った。
「彼女が変態だったから、超能力を悪用したわけじゃない。彼女は超能力を持ってしまったから、それによっておかしな行動をとるようになってしまったんだ」
「どういうことですか?」
「透明人間になったら、女湯に入ってみたい。そういう男性陣の欲望は、よく耳にするところだと思うんだよね。君はそう考えたことはないかな?」
「まぁ、一般的にはそういわれていますよね?」
「うまくかわしたね。まぁ、いいさ。ところで、その欲望自体は大きいものじゃないよね? どうせ透明人間になれるはずがないのだから、その欲望を膨らませることに意味がない。無駄だし徒労だし生産性がない。でも、仮に、本当に君が透明人間になってしまったら、なれてしまったらどうする? 女湯に入っても絶対にバレないとしたら。君はふと女湯への入口を見た時に、能力を使用して入ってみようと思うんじゃないかな? その欲望自体は強くなかったとしても、それを実行しないと言い切れるのかな?」
「それは……」
実行しないとは言い切れない。
というより、割と実行してしまう可能性が高いような気がする。
「私は、彼女に露出の趣味があるとは思わないよ。出来るからやった。出来るからにはやらないと損だ。そういう考えが彼女の中にあったんだと思う」
「そういうものですか?」
「そういうものなんだよ。これでもピンと来ないようなら――。そうだ! デスノートを拾ったら、とりあえず嫌いな奴は殺すでしょ? そんでもって、そこそこ嫌いな人間も殺したくなると思うんだよ。そして、最後にはちょっと嫌な奴も殺してしまう。なぜなら、デスノートという便利すぎるツールを手にしたことで、殺人への心理的ハードルが低くなってしまっているから。むしろ、殺さないと損だと思っちゃう」
「確かに、それは否定できませんね」
欲望自体は小さなものだ。
だけど、それを制御する必要性がない。絶対にバレないという確信があるせいで、その欲望を満たすことへのリスクが見当たらなくなってしまう。
リスキーなことではなくなってしまう。
だから、その欲望を満たさなければいけない気になってしまう。
欲望が手段を作るのではなく。
手段が欲望を作り出してしまう。
「こういう、本末転倒というか、色々と逆になっちゃうものってあるよね。スマホだって、そうだし。色々な便利機能で人と繋がることはできるようになったけど、今度は逆に人と繋がっていないことが許されなくなっちゃった。『やりたいこと』が『出来ること』になったけど、今度は『出来ること』が『やらなくてはいけないこと』になってしまった。高校生なんて、それを一番実感できる年頃なんじゃないかい?」
「そうですね」
常時音を立てて、スマホは新しい情報をぼくたちに与える。ぼくたちはそれをチェックせずにはいられない。
人がスマホを操作するのではなく。
スマホが人に操作をさせる。
超能力者であっても、所詮は人だ。
人が超能力を駆使するのではなく。
超能力が人を酷使してしまっている。
「で、ここからが本題ね」
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