第10話 極めて常識的かつ献身的な看護行為 1/4
1
白雪と姉川は霧ヶ峰の待つ療養部屋に戻った。
霧ヶ峰は、頬を紅潮させ、目を潤ませていた。
呼吸は荒く、自分を押さえつけるかのように両腕を組んでいた。
薄い服は汗を吸って身体に張り付いている。
やはり、先程のトイレの一件は相当無理をしていたらしい。
「それで、霧ヶ峰の様子はどうなんだい? 私には全く認識できないんだけど。というか、そこにいるんだよね?」
「いますよ。汗をたくさんかいています。後は、普通に風邪をひいているような状況です」
「成程。予想通りだ。そして、予定通りだ。白雪君、君にやってもらうことが決まったよ。君には、霧ヶ峰の着替えを手伝ってもらうことにしよう」
「着替えさせるって……」
「霧ヶ峰が自分でできそうなら、自分でやらせればいい。だが、それが無理そうなら手伝ってやってくれ。問題ないだろう? 霧ヶ峰は散々君の前で下着姿を晒してきたんだ。服を脱がせて身体をタオルで拭いて、また服を着せる。それだけだ。気になるなら、一部だけタオルで隠すなりすればいい」
霧ヶ峰の様子を見る。
意識がもうろうとしており、自分で着替えることは難しいだろう。
「霧ヶ峰、それでいいね?」
姉川の言葉に、霧ヶ峰は首を縦に振る。
「白雪君、霧ヶ峰の回答は」
「いいそうです」
「それはよかった。それじゃあ、後は任せるから、よろしくね」
「え、いや、でも――」
「何だい?」
「さっき別室で話した件はどうするんですか?」
性的興奮の件だ。
これから着替えを手伝うとして――。
それで霧ヶ峰が性的興奮を得られるとでもいうのだろうか。
「私の予想では、それについても問題ないよ。やってみればわかるさ。まぁ、何かあったら言ってくれ。私は別室でカメラ越しに観察させてもらうよ。ここにいても、霧ヶ峰の様子を観察することが出来ないからね」
「分かりました」
姉川は部屋を出ていく。
部屋に残されたのは、白雪と霧ヶ峰の二人だけ。
アパートでも二人だけの状況はあったが、その時とはわけが違う。
今は色々とお膳立てされた状態なのだ。
だが、このまま突っ立っているわけにもいかない。
「それじゃあ、拭いていくよ」
「はい、お願いします」
白雪はタオルを手に取った。
まずは顔からだ。
霧ヶ峰の顔には、汗で髪が貼りついていた。
肌に張り付いている髪を左手で丁寧にずらしながら、右手で出来る限り優しく汗を拭きとる。
やはり熱が相当あるようで、霧ヶ峰の肌に直接触れた左手にその熱が伝わってきた。
息は荒く、相当辛いようだ。
こんなことを、これまで何度も繰り返してきたのか。
白雪は、これまでの霧ヶ峰の苦しみに思いを馳せた。
制御できない超能力。
それを何とかしてやりたいという気持ちが湧いてくるのを感じた。
だが、それと同時に別の感情も湧き上がる。
この霧ヶ峰、かつてないほどに色っぽいのだ。
タオルで汗を拭いているだけであるにもかかわらず、なんだかいけないことをしてしまっているような気分になってしまう。そして――。
「あ、そうだ」
「うわっ」
突如、スピーカーから姉川の声が聞こえた。
どうやら、別室から呼びかけているようだ。
「驚かせて悪かったね。でも、指示を出すって言っておいただろ?」
「そういえば、そうでしたね」
「で、霧ヶ峰。悪いんだけど、このカメラは解像度があまりよくないんだ。だから、霧ヶ峰。いつものように、状況を口頭で説明してくれ」
「……ん?」
口頭で説明。
それの意味するところを理解するのに、白雪は数秒の時間を要した。
つまり、白雪に服を脱がされて体を拭かれている時の状態を実況するということだ。
何よりも聞き漏らしてはいけないのは『いつものように』という言葉。
これまで、霧ヶ峰は姉川と一緒に、性的興奮を得るような行動をしてきた。
それこそが『いつも』の対象だ。
つまり――。
いつも霧ヶ峰はエロいことをしながらそれを実況していたということになる。
白雪は霧ヶ峰を見る。彼女は白雪から顔をそらしていた。
つまりは、そういうことなのだろう。
「白雪君。一応言っておくが、これは霧ヶ峰の命を救うために必要なことなんだ。決してエロい目的があるわけではない」
「分かってますよ」
「ただ、必然的に過程がエロくなってしまうだけだ」
「分かってますよ!」
分かっている。
分かってしまっている。
だから、それには触れずにおいて欲しかった。
「それで、霧ヶ峰。現状はどんな気分なんだい?」
「あの、気持ちいいです。白雪君の手が、おでこに張り付いた髪を丁寧にどかしてくれて、優しく汗を拭いてくれて。何だか、とっても幸せな気分です」
霧ヶ峰の言葉に、白雪は思わず照れてしまう。
これほど喜んでもらえるとは思わなかった。
「それで、感覚の方はどうなんだい? いつもと比べてどんな感じだい?」
「……いつも通りです」
「本当かい? 申告は正直にやってもらわないと意味がないんだけどな。ま、いいや。それじゃ、白雪君。邪魔したね。どうぞ続けてくれたまえ」
何だか、色々裏がありそうな会話だった。
だが、それについて考えるのはまた後にすることにした。
今回は、とりあえず着替えさせるのがメインだ。
霧ヶ峰の体調も大分悪いようだから、さっさと済ませてやらなければならない。
白雪は霧ヶ峰の首元にタオルを滑り込ませた。
肌を傷つけないよう、出来る限り優しいタッチで、首筋を一撫でする。
その時――。
「ぁん……」
霧ヶ峰の口から、艶めかしい声が漏れた。
それを聞いた白雪は手を止める。
これまで、霧ヶ峰の半裸は幾度となく見てきた。
至近距離で、興奮した状態の上気だった表情も見てきた。
だが、ふと口からこぼれた煽情的な声は初めて聴いた。
そのことに動揺しそうになったが、切り替える。
今していることは治療行為なのだ。
極めて常識的かつ献身的な看護行為なのだ。
多少刺激的な声が出たからと言って、それを止めるわけにはいかない。
白雪は、慎重に、なるべく刺激を与えないように首元にタオルを押し当てて、汗を吸い込ませていった。それを何度か繰り返し、首回りの汗を拭き終える。
問題はここからだ。
「霧ヶ峰さん? 体を自分で拭いたりできる?」
「……ちょっと、無理、です」
「それじゃあ、服を脱がせちゃってもいい?」
声は上ずっていなかったと思う。
問題は、霧ヶ峰がそれを受け入れるかどうかだ。
「……はい」
霧ヶ峰は、か細い声で答えた。
2
霧ヶ峰カスミが、自分の身体に起きている異変に気付いたのは、研究所に到着した後だった。
最初はただの風邪だと思っていた。というよりも、ただの風邪だった。
だが、その後の体調管理が悪く、超能力者特有の別の問題まで生じ始めていた。
要は、能力の暴走状態。
制御を失い、自動的に発動してしまう状態になってしまっていた。
ただでさえ風邪で体力が低下しているのに、超能力の発現によりさらに体力が削られている。
白雪があのタイミングで現れなかったら、本当に危なかったかもしれない。
――また一つ、借りが出来ちゃった。
朦朧とする意識の中、ベッドで横になった霧ヶ峰はそんなことを考えていた。
白雪への感謝と愛情が止まらない。
一刻も早くこの状態を治し、その気持ちを伝えたかった。
だが――。
それはそれとして――。
この状況を楽しみたいという気持ちもあった。
何せ、白雪が身の回りの世話をしてくれるというのだ。
多少恥ずかしい姿は見られてしまうだろうが、これほど嬉しいことはない。
むしろ、恥ずかしい姿を見せる大義名分がある今、出来る限りの恥部を曝け出してしまいたいくらいだった。
体を拭いてくれるというのなら、それに甘えることにしよう。
厚意に甘えることにしよう。
白雪の優しい手が額に触れ、おでこに張り付いた髪を丁寧にどかしてくれる。
そんなことがたまらなく幸せだった。
タオルで汗を拭きとるやり方も、なるべく肌に刺激を与えないようなソフトタッチ。
そんな幸せに包まれることに幸福を感じていた。
だから、忘れてしまっていた。
能力使用時に彼女の身体がどうなるか。
霧ヶ峰の能力は、常に性的興奮と一緒だった。
その結果、認識阻害と性的興奮はセットとなってしまっていた。
ゆえに――。
能力使用時、霧ヶ峰は性的興奮状態になり、身体も敏感になっていた。
ましてや、暴走時のそれは通常時の比ではない。
そして、今の彼女は油断しきっていた。
その結果。
「ぁん……」
甘い声が口からこぼれ出た。
霧ヶ峰は慌てて口を押える。
白雪は聞こえなかったふりをしてくれているようだ。
一瞬手が止まったから、聞こえていないということはないはずなのに。
霧ヶ峰は今のような失態を繰り返さないよう、気を付けることにした。
その後、首周りの汗を無事拭いてもらうことに成功。
だいぶ際どい場面もあったが、何とか声も我慢することが出来た。
だが、危機はまだ去っていない。
むしろ、ここからが本番といっていいだろう。
「霧ヶ峰さん? 体を自分で拭いたりできる?」
来た。
身体を自分で拭けるかという質問。
実際のところ、霧ヶ峰の体調はかなり悪くなっていた。
自分で起き上がるのもつらい状態だ。
だが、頑張れば何とかできないこともない。
質問に素直に答えるのであれば「できる」ということになる。
しかし、ここでもう一つ考えるべきことがある。
この質問に対する回答。
それにより得られる結果についてだ。
ここで『無理』だと答えれば、白雪が服を脱がせ、その手で身体の隅々まで触れてくれる――否、汗を拭いてくれることだろう。未だ余裕のある霧ヶ峰には、それを選択する余地がある。
それは夢にまで見た状況。
だから――。
「……ちょっと、無理、です」
余裕があるうちにこの状況を楽しんでおくことにした。
「それじゃあ、服を脱がせちゃってもいい?」
「……はい」
白雪の手がパジャマのボタンにかかる。
襟の部分を掴み、手が胸に触れないように配慮をしてくれている。
その優しさはうれしいだ。
だが――。
白雪になら触れてほしいのに――。
そう思った霧ヶ峰がとった手段。
それは不可抗力計画。
霧ヶ峰は白雪の指がボタンにかかった瞬間「こほっ」と咳をした。
それにより、少しだけ胸部が前に出る。そして、確かに白雪の指に当たった。
白雪は胸に触れないようにしてくれていた。
霧ヶ峰が咳をしたのも、わざとであるという証明は不可能。
誰も悪くないウィンウィンの関係。
霧ヶ峰は、自らの作戦勝ちに喜んでいた。
だが、そこに計算外の衝撃があった。
それは、手が触れた部分を中心に電気が体中を駆け巡ったかのような快感。
少し胸に手が当たる程度なら、何ともないと思っていた。
だが、自分の身体は想定していたよりもはるかに敏感になっていたらしい。
そのことを自覚すると同時に、口元に力を入れる。
思わず甘い声が漏れそうになっていたが、すんでのところで耐える。
別に白雪になら聞かせてもいいような気もするが、まだ早いような気もする。
その辺り、微妙に乙女心が残っているのだ。
「あの、白雪君。続けてください」
「あ、うん」
ここでようやく、白雪は最初のボタンを外すことに成功した。
残りのボタンは三つ。その内一つは、未だ胸の上と言っていい位置にあるものだ。
さぁて、これからどうしよう。
霧ヶ峰の知的好奇心ならぬ痴的好奇心は、未だ始まったばかりだ。
ぼくの「無効化能力」が美少女超能力者たちの【変・態・性】に蹂躙されている件 えぬし @enushi369
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