第18話 パンツをめぐる論証 希少性のパンツ 4/8
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放課後になり、ぼくはすぐに家に帰った。
そして、部屋に荷物を置き、カバンを一つだけ持って即座に家を出る。
向かったのは、三歩程度離れた部屋。
即ち、霧ヶ峰カスミの家である。
ぼくが呼び鈴をおすと、部屋の中からベルの音が聞こえてきた。
十秒ほどすると、ドアホンから霧ヶ峰さんの声がした。
「はい」
「あ、どうも。同じクラスの白雪だけど」
「白雪……白雪様!?」
「様!?」
「いえ、何でもありません。幻聴です。それよりも、白雪君が一体なぜここに?」
「勿論、友情に基づき馳せ参じたんだよ」
「友情に! ありがたや~、ありがたや~」
「それで、ちょっと話がしたいんだけど。家に入れてもらえるかな? もし駄目なら、外で話すんでもいいんだけど」
「部屋は……ん~……」
逡巡するような声。
突然訪ねてきた男子生徒を部屋に上げるというのは、当然ながら抵抗があるだろう。最寄りの喫茶店の位置も確認してあるから、ここは断ってもらって問題ない。
だが、霧ヶ峰さんは普通にドアを開けた。
その姿を見て、少しだけ驚く。
彼女が来ていたのは、薄水色のパジャマだった。
ズボンは短いものを穿いているらしく、生足がパジャマのシャツから出ている。
この前と同様に下になにも穿いていないように見えるような状態だ。
「どうぞ、お入りください」
「それじゃあ、お邪魔します」
霧ヶ峰さんは、俺を家の中に招き入れてくれた。
家の中は、無個性そのものだった。案内されたリビングは、木製のテーブルを中心に椅子が二つ置いてあるだけ。他にも小物類が置いてあるが、変わったものは一つもなかった。
無個性すぎる部屋。
それが、ある意味霧ヶ峰カスミという少女を表しているのかもしれない。
だが――。
それどころではないことにぼくは気付いた。
霧ヶ峰さんが床に落ちていた布を拾おうとした際、シャツの下から白い布地が見えた。
それは、緩いV字型をしており、そこから尻がはみ出ていた。
つまりは、パンツである。
霧ヶ峰カスミは現在、ズボンを穿き忘れている。
それほどまでに、学校で起きたことはショックだったのだろう。
それをどう伝えるべきか――ぼくは思い悩み始めたが、どうやらその必要はなさそうだった。霧ヶ峰さんが現在手に持っている布。それこそが、彼女が来ていたであろうパジャマのズボンだったのだ。
「……あ」
霧ヶ峰さんは、急いでそのズボンを穿き始めた。
だが、なかなか片足が入らず苦戦したままの状態で、バランスを崩した。
霧ヶ峰さんの両手はズボンにかけられており、このまま倒れたら怪我をしかねない。
そう判断したぼくは、彼女に駆け寄って、ぎりぎりのところで彼女を抱きとめた。
さて、ところで「てこの原理」というものはご存じだろうか。
支点力点作用点の三点セット。ようは、視点から遠い部分を持ったほうが、楽にものを持ち上げることが出来るというものだ。ぼくはそれを完ぺきに理解している。ゆえに、霧ヶ峰さんの身体を支えるのに際し、物理学的に最適な場所を掴むこととなった。
なお、勿論首より上は支える部位として不適切だ。いくら支点となっている足から遠いとはいえ、下手に力がかかって骨が折れたりしたら一大事だ。ズボンをはくために腕を前に出している以上、肩を掴むというのも難しい。
ゆえに、胴体部の中で最も支点となる足から遠い部位に手を差し出した。
おっぱいである。
霧ヶ峰カスミのおっぱいである。
ぼくは今、この右腕で人類が目指すべき柔らかさの極致を感じていた。
だが、これはラッキースケベなどではない。
論理物理学的必然なのである。
ぼくはその感力を全力で味わいながら、霧ヶ峰さんをゆっくりと床に降ろした。
出来る限りゆっくりと。怪我をしないように。
床についた霧ヶ峰さんは、もぞもぞとした動きでズボンを穿いた。
そして、その場で正座をしてぼくに向き合う。霧ヶ峰さんの顔は真っ赤になっており、動揺しているのが簡単に分かる。
「あの、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。というか、触っちゃってごめん」
「いえ、あの、つまらないものですが」
「つまらないものではないですけど」
「……えっと。今、私たちって、何の話をしていますか?」
「多分、これ以上深く追及すると泥沼にはまる話だよ」
「……それじゃあ、とりあえず、今のなしでお願いできますか?」
「はい」
そんな感じで、あやふやな決着がついた。
霧ヶ峰さんは横のベッドに手をつきながら立ち上がった。
「あの、それじゃあ、改めまして。白雪君。ようこそいらっしゃいました。それじゃあ、上座――いえ、神座にお座りください」
いま、とんでもないことを言われたような気がする。
まぁ、あまり気にしないようにしておこう。
ぼくは指定された椅子に座り、カバンを床に置いた。
霧ヶ峰さんは、ペットボトルからお茶をコップに注いで、それを持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「あの、今日いらっしゃっていただいたのは、事件の事についてでしょうか? それとも――」
「両方についてだよ。超能力と事件」
「あの、どうして……」
「このまま放っておくつもりがないから。このままだと、霧ヶ峰さんがクラスの中で孤立するだろ? それで、ずっと気まずいまま、あと半年くらいを過ごすことになる。それは絶対に避けなければいけないことだ。だから、知っていることを話してほしい。そうしてくれれば、ぼくが必ずこの件については何とかする」
霧ヶ峰さんは躊躇っているようだった。
だが、少しずつ話し始める。
「私は超能力者です」
「うん」
「ごめんなさい。あの時は、嘘をつきました」
「別に構わないよ。嘘をついたことについては、クラスの人たちもあまり気にしないはずだ。基本的に、超能力者は自分が超能力者であることを言いたがらないものだからね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
こう返事をしたが、実際はそうでもない。
愛すべきクラスメイト達は、しっかりと疑惑の目を霧ヶ峰さんに向けていた。超能力を隠すことは許容出来ても、それに伴って『嘘』をつかれることは許容しがたいらしい。これについては、何らかの対処が必要だ。
「もしあの陰湿女子三人組あたりが何か言ってきたら、その情報がどこから漏れたものなのかを徹底的に洗ってやればいい。その時は、霧ヶ峰さんの超能力を全力で使ってしまおう。それに、ぼくも協力する」
「本当ですか?」
「本当だ」
「ありがとうございます」
霧ヶ峰は頭を下げた。
そして、次に頭を上げた時、彼女の目には活気が戻っていた。先ほどまでの無気力な目ではない。実際、そこまでの差があるのかどうかは分からないが、少なくともぼくにはそう感じられた。
彼女は、まっすぐぼくを見ながら告げる。
「白雪君、告白します。私は超能力者です」
「そうらしいね」
「私の超能力は『
「……え?」
思わず、声が漏れてしまった。
このシリアスな場面で気にしてはいけないのかもしれない。
だが、どうしても気になる。
その『ディスコミュニケーション』って何だ。
「あの、もしかして、超能力ってそんな感じの名前が付いているの?」
「それはもう、研究所の方々が付けた学名がついていますよ。面白いのだと『
多分、それはぼくのもつ超能力だ。
散々、研究者から「意味がない」とか「つまらない」とか言われている。
あと、ヌルヌルはしていない。断じてしていない。
しかし、それぞれの超能力にそんな中二ネームが付けられているとは知らなかった。一体誰が考えているのだろうか。もしかして、偉い人たちが真剣に会議とかで意見を出し合ったりしているのかもしれない。
ちょっと見てみたい。
「でも、それって多分学名じゃないよな」
「そうなんですか?」
「多分、内輪だけで使っている名前だよ。超能力関係の本を何冊か読んだことがあるけど、そんな名前は出てきたことがなかった」
「そうですか。でも、格好いいからそのまま使わせていただきますね」
「ああ、うん」
格好いいかな。
「それで、私の超能力なんですけど、その内容が『他の人に私の存在を認識させなくする』というものなのです」
認識させない。
だから『認識阻害』。
そのままの名前だ。
「つまり、見えていてもその場にいないと思わせるってこと?」
「はい、その通りです。ご理解が早くて助かります」
「そうか……」
まぁ、大体の予想はついていた。
教室でも言ったが、超能力の正体が透明化であるなら、霧ヶ峰が超能力を使ってはっちゃける時は全裸である必要がある。だけど、ぼくが見た霧ヶ峰は少なくとも下着をつけていた。
ゆえに『視界に入っても、そこにいるとは認識されない能力』であると考えたのだ。
「それじゃあ、その持続時間と発動条件を教えてくれ」
「え、あ、はい」
「何か?」
「いえ、随分と慣れているように思えて」
「超能力者の数は少ない。慣れようがないよ」
強いて言うなら、心の準備が出来ていると言ったところだろう。
「そうですよね。えっと、持続時間は最長で20分くらいです。発動条件は特にありません。私が『発動しろ』って思ったら発動して、限界まで時間が経過するか、私が『発動やめ』って思ったら効果が切れます」
「つまり、いつでもどこでも自由自在なんだ」
「その通りです」
「分かった。それじゃあ、その条件で校長が主張した内容が出来るかどうか検討するから、今度は事件の概要と校長の主張を教えてくれ」
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