第5話 理系のカノジョに理詰めで告白されたけど、容易く論破してやった件 5/6

     5


 ボクと姉川は、素敵な毎日を過ごしていた。

 キラキラと輝いていて、幸せを実感できる毎日。

 だが、その日は訪れる。


 Xデー。

 予知夢の内容が現実となる日。


 その日、ボクと姉川は一緒に出掛けていた。

 クリスマスが近く、様々なものがイルミネーションで飾りつけられている。

 ロマンあふれるこの雰囲気につられ、ボクたちは外に繰り出していた。


 実を言えば、ボクは分かっていた。

 今日がそのXデーであることを、予め知っていた。

 予知していた。


 だから、その時が訪れた時、冷静に対処出来たと思う。

 人だかりの中で悲鳴が上がる。

 突然、ナイフを持って暴れだした男がいたらしい。

 群衆は一気に逃げ出し、次々と人が転んでいった。

 そして、転んでしまった群衆の中の一人に、姉川がいた。


 姉川聡子。

 ボクの大切な恋人。

 そんな彼女に対して、ナイフを持った男が近づいていく。

 そして、ナイフを振り上げて、姉川に突き立てようとした。


 だから――。

 その刃が彼女に触れそうになる前に、ボクはその前に身を差し出した。

 

 致命傷であると確信できる深さ。


 それを姉川は、茫然としながら見ていた。

 信じられない光景を見るかのように。

 信じたくない光景を見るかのように。


「え、何で……」


 彼女を襲っていたのは、恐怖ではなく疑問だったらしい。

 死ぬのは彼女だったはずなのに、実際に刺されたのはボクの方なのだから当然だ。

 姉川は震えながら、ボクの方へ歩いてくる。


「先生、大丈夫よね」


 彼女は震える声で尋ねた。

 ボクは返事をしなかった。

 出来なかった。

 バトル漫画では、重傷者が割と平気そうに話をしているのに。

 ボクには出来なかった。

 まぁ、現実とフィクションの差なのだろう。


 現実では、ボクはすぐに体に力が入らなくなり、仰向けに倒れた。

 それを天才少女が必死に支える。

 彼女は、絶望と悲しみに襲われた表情をしていた。


「姉川、逃げて……」

「私は大丈夫。男は取り押さえられたから」

「そうか」


 それは一安心だ。

 ボクの最後は、彼女の泣き顔を見ながらだった。

 悪くない。むしろ、理想的な最後と言える。


 だが――。

 それではダメなのだ。

 それは最善でもなければ次善でもない。

 ボクは次善をつかみ取らなければならない。


 そのためには、彼女に伝える言葉がある。

 その言葉は決まっていた。

 ずっと前から。


「え……?」


 彼女は、その言葉を確かに聞いた。

 そして、高速回転する脳内で思う存分かみ砕き、理解したはずだ。


 ボクの意図を。

 ボクの嘘を。

 丸ごと看破したはずだ。


 そう――。

 残された者の悲しみを。

 残された者の絶望を。

 彼女は、彼女自身の言葉で論破しているのだ。


 だから、彼女の今後のことも心配する必要はない。

 彼女は、自分を責めることになるだろう。

 だが、いつかは立ち直るはずだ。

 可及的速やかに。


 なぜなら――。

 彼女は聡い子。

 姉川聡子なのだから。



【遺書】

 この手紙をキミが呼んでいる頃には、ボクはすでに死んでいるだろう。

 姉川聡子。

 色々と分からないこともだろうから、手紙を残すことにした。

 ボクのすべてを、この手紙に託すことにした。


 さて、どこから書いたものだろうか。

 そうだな。やはり最初に見た予知夢について書き記すのがいいだろう。

 ボクが君と付き合い始める前。

 ボクが君に出会う前。

 ボクは一つの予知夢を見た。


 それは『ボクが君をかばって死ぬ』というものだ。

 ボクの学校の女子生徒を守った末に、ボクが死ぬというもの。


 最初に浮かんだのは、疑問だった。

 なぜボクが君のことを守るのか、理解が出来なかった。

 当時は噂程度しか知らず、直接話したこともほとんどなかった少女を。


 だけど、君に告白された時に、すべてを理解した。

 あの瞬間、ボクは恋に落ちた。

 そして、自分の運命を理解し、受け入れた。


 ボクは君のために死ぬ。

 それは覆らない。

 最善は手に入らない。

 だから、次善を手に入れることにした。


 ボクにとっての次善は二つあった。

 一つは、死ぬまでに一生分の幸せを手に入れる事。


 だから、ボクにとっての幸せとは何か、考えてみた。

 そして、すぐに結論に達することが出来た。


 


 だから、ボクは君が生きているうちにやりたいことを聞いた。

 それをかなえてあげることが、ボクにとっての幸せだった。

 本当に、幸せな時間だった。


 もう一つの次善。

 それは、君を立ち直らせることだ。


 ボクは死んでしまう。

 だから、そのことで君が落ち込まないよう。

 立ち直れるようにしようと思った。

 それが大人としてのボクの責任だ。

 恋人としてのボクの願いだ。


 だから、ボクは君が死ぬと嘘をついた。

 君の口から、残された者の心得を述べさせた。

 


 だから、気に病まないでくれ。

 いや、適度に気に病んでくれ。

 それで、ある程度気に病んだら、幸せになってくれ。


 それがボクの最後の願いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る