第4話 理系のカノジョに理詰めで告白されたけど、容易く論破してやった件 4/6

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 さて、晴れて無職になったボクは、自由を手に入れた。

 朝早起きする必要もなく、面倒な雑務をこなす必要もない。

 これがフリーダムというものか。


 ボクは久しぶりに晴れ晴れとした気分になっていた。

 だが、その横で心配そうな顔をしている者もいる。姉川聡子だ。

 さすがの天才少女も、少しは落ち込んでいるようだ。


「先生――」

「どうした、姉川?」

「先生が学校をやめてしまって、私はこれからどうすればいいのか分からなくなってしまったんです」

「どうって、好きなように生きればいいんじゃない?」

「いえ、元から好きなようには生きているので、それは気にしないでください。私が気にしているのは、これから、先生のことをどう呼べばいいのかということです」


 姉川は斜め上のことを言った。

 さすがは天才。ボクの想像など軽く飛び越えて行ってくれる。


「ちなみに、ボクが教師をやめることになったことに対して、何か責任とか感じない?」

「それについては、問題ありません。教師などというのは、お金を稼ぐための手段でしかありません。子供の教育に興味があるのなら、教師になるべきではないというのが私の持論です。好きなことは仕事にしてはいけないというのは、真理ですよね」

「否定はしないけど」

「そんなことよりも、先生の呼称です。頼子と呼び捨てにするのも考えたのですが、やはり『先生』という言葉はつけたい」

「そうなんだ」


 割とどうでもいい話だった。


「呼び方に希望はありますか?」

「ないよ、好きなように呼んでくれればいい」

「では、頼子センセイと呼びますね」

「何か変わった?」

「『センセイ』という言葉がカタカナになりました。これからは、学校の教師としての先生ではなく、私の恋人としてのセンセイで呼ぶことにしますね? ああ、それともう一つ。金銭面に関して、センセイは気にする必要はありません。私は天才なので、将来とんでもない金を稼ぐことが出来るでしょう。ゆえに、センセイ一人を養うくらいは容易にできます」

「なるほど」

「むしろ、職を失い自立する手段を奪われたセンセイは、私に依存するしかなくなります。私にとっては好都合です」


 どうやら、ボクは彼女のヒモになったようだ。

 その日以降、彼女はボクの家に住むようになった。

 彼女の両親は、彼女に負けず劣らずの変わり者のようで、それを快く受け入れた。


 というわけで、同棲生活が始まった。

 教師と生徒という関係もなくなり、ボクたちを縛るものは何もなくなった。

 それからは、フリーダムな生活だった。


 その内容をここで語るのは止めておくこととする。

 R18指定がかかってしまってはいけない。

 要は、そういうことなのだ。


 だが、そんな生活の中で、ボクはある不安に襲われていた。

 それは、ボクが見た予知夢に関するものだ。

 実を言うと、


 いずれ、姉川にもそのことを話さなければならない。

 話すのが遅れたら、すべてが手遅れになってしまう。

 だから、ボクはそれを話すことにした。


 その日も、ボクと姉川は諸事情により服を着ていなかった。

 二人で裸のままベッドで横になっている。


「姉川。少し聞いて欲しいことがあるんだけど」

「何ですか、センセイ」

「ボクの予知夢について。だいぶ前に、嫌な予知夢を見てしまってね。そのことについて、姉川に話をしておきたいんだ。とても大切な話だ」

「とても大切な話をこのタイミングでしますか?」

「このタイミングでしかできない」

「分かりました。嫌な予知夢というのは、何なのですか?」


 姉川は、目を見開いた。

 それは驚くだろう。

 ボクの予知夢は99%当たる。

 つまり「お前は近いうちに99%死ぬ」と言われたようなものだ。


「さすがに、それを聞かされては、心穏やかにはいられませんね。ちなみに、今のお話は嘘ではないのですね?」

「残念ながら、嘘ではないよ」

「成程。では、前々から残っていた課題に取り掛かることにしましょう」

「課題?」

「センセイの予知能力は、99%当たります。だから、残りの1%を手繰り寄せる方法を見つけることです。ちなみに、センセイはそれが実現したら私のものになってくれると約束してくれています。覚えていますか?」

「覚えているけど、もうボクは君のもののようなものなんじゃないか?」

「厳密には違います。すでに私はセンセイの体と心を手に入れていますが、いつかそれは私の手を離れて行ってしまうかもしれません。私のものにするというのは、その可能性すらつぶすということです。さぁ、早速明日から始めましょう」


 愛が重い。

 だけど、それは別にいい。

 どれだけ重かったとしても、ボクにはそれを受け止める用意がある。


 同時に、ボクは感心していた。

 姉川は、切り替えの早い子だった。

 まだ心に余裕が残っているらしい。


 翌日から、姉川は宣言通りボクを徹底的に調べ始めた。

 だけど、得られる情報はほとんどなかった。

 何せ、ボクは同じ予知夢しか見ていないのだ。

 トライ&エラーを繰り返そうにも、トライが出来ない。

 残された手段は、聞き取りくらいのものだ。


 最初は何とかなると思っていたのだろう。

 だが、時間の経過とともに、姉川に焦りが見え始めた。

 だから、ボクは姉川に告げる。


「1%の確率に期待するのは無駄だよ。ボクの予知は何をしても覆らない。おそらく、残りの1%はボクが何らかの勘違いをしていただけで、実際には予知通りのことが起きていたのだと思う」

「でも、何か方法があるのでは?」

「ない。前も話したことがあったとは思うけど、これまで、ボクは何度もトライ&エラーを繰り返してきた。一休さん的なとんちを利かせたところで、予知はその上を軽く超えてくる。だから、ボクはそれにあらがうことは諦めた。最善を求めることを諦め、次善で妥協することにした」

「でも、それじゃあ、打つ手がないじゃないですか!」

「そうです。だから、

「次善?」

「生きている間にやっておきたいことを教えて下さい。ボクがその出来る限りを叶えて見せます」

「それがセンセイの判断なのですか?」

「そうです」

「……分かりました」


 これが、天才少女の初めての挫折だった。

 それからというもの、ボクたちはいつも一緒にいた。


 姉川がやりたいといったことは、どんなことでもかなえてやった。

 様々なところに出かけ、一生分のイベントを次々とこなしていった。


 まさか、女同士で結婚式を挙げることになるとは思いもしなかった。

 これ、死ぬことが分かっていなかったら絶対にしていなかっただろう。

 新婚旅行にも出かけたし、十分に愛を確かめ合った。


 とても幸せだった。

 姉川もそう感じてくれていたと思う。


 ある日、ボクたちは温泉旅館に旅行に行っていた。

 温泉と料理を満喫し、ボクたちは布団で横になっていた。

 ちなみに、服は着ている。いつでも爛れているわけではないのだ。


 電気を消した室内。

 ボクは姉川と手をつなぎながら眠りにつこうとしていた。


「センセイ。お話があります」

「……はい」

「あれからずっと考えていました。センセイの予知を覆すことは出来ないか。それで、結論に至りました。残念ですが、天才と呼ばれるこの私でも、対処は出来ないようです。だから、考えました。最善を勝ち取ることが出来ないなら、次善を勝ち取る。それはセンセイが言っていた言葉です」

「そうだね」

「これからするのは、私が死んだあとの話です。私が死んだら、センセイは悲しんでくれますか?」

「うん」

「きっと、悲しみに暮れることになるでしょう。これほど可愛い天才少女、愛すべき恋人を失うことになるのですから。ひょっとしたら、再起不能になってしまうかもしれません」

「そうだね」

「頼子センセイ。これだけは言っておきます。アナタを守れて死ぬのであれば、私は本望です。もはや思い残すことはありません。我が人生に一片の悔いなしです。生まれてきたかいがあったというものです。ただ、一つだけ心配があります」

「何です?」

「センセイが私を救えなかったことを気にして、その後の人生をつまらないものにしてしまうのではないか。それを私は心配しています。心の底から心配しています。それだけが心残りです。ですから――どうか、私が死んでもそれを気に病まないでください。アナタは幸せになってください」


 ――それが私の最後の願いです。

 姉川はそう付け加えた。


「仮に君を助けられなかったとして。君が死んでしまったとして、ボクは君を忘れてしまってもいいのかい?」

「いえ、それは駄目です。それは絶対に駄目です。私のことは忘れないでください。一生引きずってください。そのくらいは要求しても構わないでしょう?」

「まぁ、そうだね」

「だから、その上で、頑張ってなんとか幸せになってください。センセイ、頑張ってくださいね」


 姉川はそう言ってほほ笑んだ。

 電気は消えているのに、その表情を感じることが出来た。


 これが愛か。

 これまで、ふんわりとしか感じていなかった。

 だが、天才少女からはその愛を感じる。

 成程、生きているというのは、素晴らしいことだ。


「でも、それでも立ち直れなかったらどうすればいい?」

「立ち直ってください。方法はお任せします」

「でも――」

「仮にそうだったとして、それはどうやって証明する?」

「自明であり証明不要です」

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