第15話 パンツをめぐる論証 希少性のパンツ 1/8
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結論から言おう。
重かった。ヘビー級王者だった。
霧ヶ峰は、休み時間に入るたびにぼくに話しかけてきた。特に用事がなくても、ぼくの席までやってくる。動物のヒナは初めて見たものを親だと思い込んで付きまとうようになるらしいが、霧ヶ峰は初めてできた友達をそれ以上に重要視しているようだった。
友達というよりは、恋人のムーブだ。
恋人というよりは、変人のムーブか。
だが、それに文句を言う者はいなかった。どう接すればいいのか分からない霧ヶ峰さんと、普段から存在感のないぼくの組み合わせだ。ぼくと同様に、同じクラスの面々もどう扱っていいのか分からなかったのだろう。というか、分かる人がいたら教えてほしい。
霧ヶ峰さんとの会話の内容は、本当にとるに足らないものばかりだった。猫派か犬派か。キノコ派かタケノコ派か。ドラクエ派かFF派か、など。互いに探り探りで、ぎこちない会話だった。
だが、それでいて極端に距離感が近くなる時もある。
放課後になると――。
「さぁ、一緒に帰りましょう。竹馬の友よ」
そう言って、ぼくの手を引く始末。
竹馬の友ときたか。
距離感が近いというか、極端すぎる。
心の壁が取り去られたと同時に至近距離まで接近してくる。
「ところで、白雪君。友達としてやってみたいことがあるのですが、聞いてもらえますか?」
「いいけど」
「よく漫画で、友達を朝起こしに来るっていうのがあるじゃないですか。あれをやってみたいんです」
「それはちょっと……」
「せっかく隣に住んでいるんですから、友達イベントをやって見たかったのですが、駄目でしょうか?」
霧ヶ峰さんは上目遣いで聞いてくる。
思わず了承しそうになったが、踏みとどまる。
「そもそも、ぼくはいつも午前六時に起きているけど」
「え……」
そもそも、起こしてもらう必要が全くない。
「そ、それじゃあ、逆です。私を起こしにいらしてはいただけませんか?」
「霧ヶ峰さんって一人暮らしだよね?」
「ええ、そうですけど」
「だったら、霧ヶ峰さんが起きて玄関のカギを開けてくれない限り、ぼくは霧ヶ峰さんを起こしたりは出来ないよね? そもそも、ぼくを起こしに来るのだって無理だったんじゃないか?」
「鍵を開けっぱなし――は、抵抗がありますね。でしたら、合いかぎをお渡ししておきます。いつでも好きな時に我が家にいらしてください!」
「親しすぎるだろ!」
「そうでしょうか?」
「霧ヶ峰さん、本当に友達でいるつもりなんだよな?」
「勿論です。比翼の鳥が如き友情の存在を認識しています。偕老同穴の契りを結んだと言ってもいいでしょう」
「それ、友情に使う言葉じゃないよな!」
「病めるときも、健やかなるときも、ゆりかごから墓場まで私たちの友情は続きます」
「色々とおかしい!」
ぼくのツッコミに、霧ヶ峰はきょとんとした顔をしながら首をかしげていた。
「霧ヶ峰さんにとって友情って何なんだ……」
「それはもう、何よりも尊い概念です。週刊少年ジャンプが定めし三大原則『友情努力勝利』のうち、最初に来るものが友情です。世の中で最も売れている漫画雑誌が最も大切にする金科玉条。それこそが友情なのです。そんな友人関係を白雪君と結べたことを私は何よりもうれしく思います」
重い重い重い重い。
友情が重すぎて、押しつぶされそうだった。
「それじゃあ、白雪君。早速ですが、友情イベントその1、『一緒に下校』をしましょう」
そう言って、繋いだままになっているぼくの手を引っ張りながら、霧ヶ峰さんは歩き出した。その小さな手の柔らかい感触が心地よい。
だが、ますます友情イベントではなくなってきている。
かといって、手を離せばいいのだろうけど、霧ヶ峰さんが強く握っている手を振りほどくというのも気が引ける。個人的な願望としては、このまま繋いでいたい。
気恥ずかしさのせいか、精神的に疲れはするものの、何とかなるだろう。
それをごまかすためにも、とにかく、何かを話そう。
でも、何を話せば――。
そう考えていたら、あちらから話題を提示してくれた。
「ところで、白雪君。いくつか聞いてもよろしいでしょうか?」
「構わないけど」
「それじゃあ、質問その1。趣味は何ですか?」
「趣味は。特にこれといったものはないけど、しいて言うなら映画観賞かな」
「私もです」
「そうなんだ。霧ヶ峰さんは、どんな映画が好き?」
「え……」
霧ヶ峰さんは動きを止めた。
まるで、その質問を想定していなかったかのように。
そして、視線を宙に浮かせてしばしのシンキングタイムをとった後、目をそらしながら答える。
「すみません、それはマニュアルに載っていないのでお答えできません」
「マニュアル?」
「知り合いに戴いた『心理学的に正しい対人関係問答集』というものです。人は自分と共通点を持った人物に対して好感を持つため、何かと『私も』と言っておくのがいい、と書かれていました」
その知り合い、多分ぼくも知っている人だ。
間違いなく、姉川さんだろう。あの人は、人が思いついても実行には移さないような実験を平気でやってしまう人だ。
「でも、霧ヶ峰さんって普通に同級生たちと会話はしているよな?」
「私にとって、会話とは交わすものではなく、躱すものなのです。あまり自分のことをお話するのが好きではないので、早く話を終わらせることに終始しています。その為の会話なら出来るのですが、話を広げる方向となると、私はOSが未対応なのです」
「霧ヶ峰さん、OS入ってるのか?」
「Windows 私(me)です」
「色々不具合が出そうだな!」
「なので、とにかく他の人の気分を害さないように、丁重に離れていくようにしているのです」
外面がよく当たり障りがない。
それも、彼女にとっての防衛方法なのだろう。
その結果が、普段のお嬢様然ムーブなのだろうか。
いずれにせよ、話をするのが苦手と言うのなら、強いて会話をさせるべきではないだろう。結局、その日はぎこちない会話をしながら、何とか家の前まで到着した。
分かれる直前、彼女が言う。
「それでは、明日以降もよろしくお願いします」
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