第16話 パンツをめぐる論証 希少性のパンツ 2/8

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 さて、それ以降ぼくと霧ヶ峰さんは一緒に登下校を繰り返すなど、友達として付き合い始めた。最初こそどうなることかと危惧していたが、特に大きな問題を起こしたりはしなかった。


 いじめグループも大人しくなり、教室内での霧ヶ峰さんの奇行も頻度がかなり減っていた。彼女も、少しずつではあるが社会性を身に着けてきているのだろう。


 だから、このまま平和が続くと思っていた。

 そんな甘い考えを持ってしまっていた。

 だが、事件は起きた。

 起きてしまった。


 その事件が起きたのは、6月のある雨の日のことだった。

 その日の午前中に、校長室の金庫から現金が盗まれたというのだ。

 それだけならただの窃盗事件だ。警察を呼んで調べて貰い、なくなった金の処理については関係各所と相談すればいい。


 だが、ここで予想外の行動をとった者がいた。

 他ならぬ校長だ。


 校長は「現金を盗んだのは超能力者である霧ヶ峰である可能性が高い」と言い出したのだ。そして、学校内での不祥事となるため、警察を呼ぶこともしなかったという。


 そのことをぼくたちが知ったのは、霧ヶ峰が担任教師に呼び出され、職員たちから事情を聞かれた後の事だった。


 その日、廊下を歩いていた霧ヶ峰は、青い顔をしていた。

 そんな状態の霧ヶ峰に遭遇したぼくは、何かあったのか尋ねた。


「午前中に、校長室から現金が盗まれました。


 霧ヶ峰は震える声で言った。

 それは恐怖から来るものなのか、悔しさからくるものなのか。

 おそらくその両方なのだろう。


「何で霧ヶ峰さんが疑われているの?」

「暗証番号を覗き見ることが出来たのは私だけだから、ということでした。暗証番号は毎日変えていて、校長先生しかその番号を知る者はいないそうです。だから、校長先生に気づかれずに、暗証番号の入力を覗き見ていた者がいたはず。そして、それが出来るのは私だけ、ということでした」


 がばがばにもほどがある理論だ。

 そんな理由で教師陣は霧ヶ峰を呼び出していたのか。


「とにかく、落ち着くまで教室に戻る必要はない。その辺りに人が通らないスペースがあるから、そこにいるといいよ」

「いえ、もう大丈夫です。それに、もうすぐチャイムが鳴ります。ここで私たちが教室に現れない方が、後でいろいろ言われてしまう可能性が――」


 そこまで言って、霧ヶ峰さんは視線を宙に浮かべた。

 何か天啓を受けたかのように呆けた表情になり、少しすると顔をこちらに向けた。


「霧ヶ峰さん?」

「二人で噂になる。悪くないのでは? 。あの、白雪君――」

「よし、今すぐ教室に戻ろう」

「ええっ!? いえ、でも、私は動揺しているから白雪君と一緒に教室の外にいたいといいますか――」

「つまらない授業は最高の精神安定剤だ。効きすぎて眠くなることも多い」

「そう来ましたか……」


 霧ヶ峰さんは観念したらしく、大人しくぼくについてきた。

 霧ヶ峰さんが疑われているのは遺憾だが、今すぐ対処する必要もないだろう。とりあえず、今は普段通り過ごして、後で対応を考えればいい。ぼくは、霧ヶ峰さんの無実を信じている。


 だが、その考えはやはり甘かった。

 問題は、教室の中で更に肥大化していた。


 ぼくたちが教室に戻ると、同級生たちの注目が一斉に集まった。それだけで、大体の事情を察してしまう。大方、窃盗事件が起きて霧ヶ峰さんが疑われているという情報がどこからか漏れていたのだろう。


 それはそれで問題だが――。

 ぼくたちには、それ以上に危惧すべき事情があった。

 校長が霧ヶ峰さんを疑ったのは、彼女が超能力者だからだ。そして、彼女が疑われているという情報が洩れているということは――。


「霧ヶ峰さんが超能力者だっていうのは、本当だったのか?」


 同級生の一人が言った。

 霧ヶ峰さんが超能力者であるという情報が、信ぴょう性のあるものとして職員室を経由して広まってしまっているようだった。さらにまずいのは、霧ヶ峰さんが一度超能力者であることを否定していたということだ。


 霧ヶ峰カスミは嘘をついていた。

 だから、霧ヶ峰が犯人だ。


 そんな短絡的な思考に陥る人間はこの教室の中にほとんどいないだろう。

 だが、霧ヶ峰さんに対する不信感は生まれてしまっていた。


「あ、あの……。私は、超能力……」


 霧ヶ峰は教室の中にいる生徒たちに向かって何かを言おうとした。だが、その言葉は最後まで続かなかった。彼女は顔を青くして、すぐに俯いてしまった。



 そして――。

 突然、教室中が騒ぎ出した。

 何人かは、周囲を見回して何かを探しているようだった。


 状況から判断して、霧ヶ峰が超能力を使ったのだろう。

 超能力が効かないぼくの目には、未だに立ち尽くしている霧ヶ峰さんの姿が映っていた。絶望のあまり顔を青くし、震えている霧ヶ峰さんの姿を見てしまった。


 霧ヶ峰さんは自分の机に戻り、鞄に荷物を詰め込むと、何も言わずに教室を出ていった。その姿を見送ることが出来た者はいなかった。


 ぼくを除いて。

 このクラスで、ぼくだけが絶望に染まった彼女の表情を見てしまった。

 直視してしまっていた。


「なあ、白雪。お前、霧ヶ峰と仲が良かったよな?」

「それが?」


 同級生からの問いかけに対して、つい強い口調で返してしまった。


「霧ヶ峰が超能力者だってことを知っていたんじゃないか?」

「……ああ、そう」


 同級生の反応は悪かった。

 実際のところ「知らなかった」と嘘をつくことは可能だろう。だが、それは霧ヶ峰を突き放す行為だ。そんなことをして、霧ヶ峰を一人にするわけにはいかない。案の定、同級生たちの疑惑に満ちた視線がぼくに向けられる。


 このうち何割かは、下世話な好奇心を満たすべくぼくから話を聞き出そうとしているのだろう。だから、これ以上の質問が来る前に、先手を打つことにした。


「彼女が超能力者だろうが何だろうが関係ない。ぼくは霧ヶ峰さんを信じている。このクラスの中で最も長い時間霧ヶ峰さんと接していたぼくが断言する。霧ヶ峰さんは正義感が強い人間だ。校長室に忍び込んで金を盗むなんてことをするはずがない」


 ぼくはそう言ってから教室を出た。これから授業が始まるが関係ない。

 向かう先はもちろん――。

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