第3話 科学的に正しい超能力の悪用の仕方 3/4

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 白雪たちは、御子町現代美術館に到着すると、駐輪場に自転車を停めた。

 かなりのスペースが確保されているが、停められている自転車はほとんどない。

 駐車場も閑散としており、客入りの悪さが伺われる。


 白雪たちは、200円の入館料を払って美術館の中に入った。

 入館料を受け取った係員は、怪訝な表情を浮かべながら白雪たちを見る。

 白雪は気にせず進もうとしたが、秋野が係員に絡み始めた。


「おや、お姉さん。私と彼の関係が気になるみたいだね」

「いえ……」

「まぁ、確かに気になるだろう。こんなところを訪ねる若人はほとんどいないのだから。まぁ、お察しの通り、デートだよ。だが、残念なことに想いは私からの一方通行なのだ。彼との関係は、互いに割り切ったものなのでそこは安心してほしい。分かってくれたかい?」

「は、はい」


 係員は、困惑しながら返事をした。

 白雪は秋野に咎めるように声をかける。


「おい、変なことを言うなよ」

「何がおかしいんだい? 私たちの純愛を咎める資格は誰にもないはずだ。そう、世界は自由にあふれているのだから。さぁ、行こうではないかダーリン」


 秋野は、そういって白雪の手を握った。

 色々と分からないことだらけだったが、白雪はその手を振り払わなかった。


 意志薄弱。

 というより、困惑より下心が勝ったのだ。

 秋野ソラという美貌を前にしては、それは仕方がないことと言える。

 当然のことともいえる。


 だが、彼はそのことを後悔することになる。

 そう遠くない未来に。


「さて、見て回ろうか」

「ああ、うん」


 二人は、美術館の通路をゆっくりと歩きだした。

 白雪は初めて来たわけではないが、どんな作品が置かれていたかはほとんど覚えていなかった。前に来たときは小学生のころだったのだから、仕方がないだろう。


 そんな彼らを迎えたのは、訳の分からない無数の作品群だった。

 マンガっぽい絵を変な手法で描いた何か。

 廃材らしきものを使って作られた何か。

 絵の具をまき散らすようにして描かれた何か。

 手抜きとしか思えない何か。

 何か、何か、何か、何か。


 どれも見覚えはなかった。

 十年弱の間に、作品の入れ替わりもあったのだろう。

 あるいは、ただ忘れてしまっていただけか。


 だが、これと言って新鮮味を感じるものはなかった。

 自分に教養がないだけなのか、それとも本当に魅力がないのか。

 あるいは、その両方か。


 そんなことを考えなくもなかったが、白雪は他のことに気を取られていた。

 人がほとんどいない美術館。

 人に聞かれたくない話をするのには最適な場所だ。

 おそらく、秋野の主目的はこちらだろう。


 この後霧ヶ峰を訪ねることを考えれば、あまりここで時間をかけたくない。

 白雪は、秋野に声をかける。


「秋野さん」

「なんだ?」

「楽しんでるところ悪いんだけど、ちょっとあっちで話せない?」


 白雪は飲食が出来る休憩スペースを指さした。

 これまた広いスペースが取られているが、客はほとんどいない。

 飲食物の販売も、自動販売機が置かれているだけだ。

 秋野は、自動販売機でミルクティーを購入していた。


 白雪は開いているテーブルの中から適当に一つを選び、そこに腰を掛けた。

 秋野はその正面に座る。足を組み、背もたれに背中を預けた体制で。

 そして、秋野は語り始める。


「しかし、つまらないな」

「え?」

「この美術館の話だよ」

「ああ、そういうことか」


 白雪は拍子抜けした。

 いきなり超能力についての話をされるのかと思っていたが、違ったらしい。

 そんな白雪の考えをよそに、秋野は不満げに言葉をつづけた。


「芸術っていうのは、いつから一発ギャグの発表会になったんだ?」

「一発ギャグって……」

「なんだ、表現が気に入らないのか? だったら、出オチとでも呼んでおこうか。あたしの考える芸術の定義は『人を感動させるもの』だ。文学でも音楽でもいい。圧倒的な何かで、何らかの影響をあたしに与えてくれるものこそが芸術だ」


 秋野は軽いため息をつく。


「だが、ここにある作品はどうだ? 私の心に全く訴えかけてこない。強いて言うなら、困惑はしている。このような訳の分からないもののために、行政が巨額の費用をかけてこんな施設を作ったことに対してだが。その困惑を狙ったというのであれば多少評価を考えたりもするが、そういうわけではないだろう。無理やり意味を見出す気にもならない。私にとって、ここにあるものは全て『ただのゴミ』だ」


 秋野はそう言い切った。

 この現代アートを集めた美術館のど真ん中で。

 周りに人がいないから、特に問題はなかったが。


「君はどう思う? ここに置かれている作品に、それなりの価値があると思うのかい?」

「何とも言えないかな……」

「何とも、つまらない回答だな」


 秋野はそういうと、ミルクティーに口をつける。

 確かに、白雪の回答は当たり障りのないつまらないもののように聞こえるだろう。

 だが、そういうことではないのだ。

 白雪忠という男は、それほど無難な思考をしてはいない。


「秋野さんは誤解をしている」

「ほう? 誤解か」

「現代アートについてはぼくにも持論がある。持論と言うか、陰謀論だけどね」

「面白そうじゃないか。聞かせてもらおう」


 秋野はミルクティーをテーブルに置き、話を聞く体制になった。

 それを確認した白雪は、頭の中で話の流れを作り上げる。

 そして、脳内で呟く――さぁ、論証を始めよう。


「現代アートは、金持ちによる芸術家に対する――いや、芸術そのものに対する『侵略行為』だったんだよ!」

「……意味が分からない。だが、だからこそ面白そうだ。続けてくれ」

「例えば、あの作品」


 白雪は少し離れた場所にある作品を指さす。

 そこにあったのは、巨大な絵画。画板に訳の分からない色合いでペンキやら何やらが塗りたくられているもので、割とよく見るタイプのものだ。


「秋野さんは、あの絵に一億円の価値があると思うか?」

「いや、思わない」

「ぼくもだ。だが、あれが一億円で取引されたと仮定しよう。おまけに、それっぽい肩書の人間のそれっぽい解説文もくっついていたとする。果たして、美術界はそれを無視できるだろうか」

「出来ないだろうな。一億円という値が付けば、それは大きな話題になる。芸術という世界で起きた事件の一つとして、大々的に扱われることになるだろう」


 少なくとも、新聞で取り上げられることにはなるだろう。

 金額が金額だし、全国ニュースになることだって考えられる。


「そうなんだ。だから、美術界はこの二束三文ほどの価値しかない絵を『一億円の絵画』として扱わざるをえなくなる。この時、この駄作は一億円という金によって権威づけられることになるんだ。そして、その権威付けられた絵は一種の『基準』となる。だが、それは金持ちがふざけて、いや、悪意をもって提示した金額であり、作り上げた誤った基準だ。世の金持ちは、美術という文化を金の力で歪ませて、美術界を迷走させることに成功したんだ」


 間違った価値観の中で迷走させられた芸術家たちが行きついた先。

 迷走した先のどん詰まり。

 金持ちの掌の上で弄ばれた芸術界。

 白雪は、それが現代アートの正体だと主張しているのだ。


「確かに、陰謀論だな。しかし、そんなことをしてその金持ちに何の意味があるんだ?」

「人類が積み上げてきた美術文化を金の力で歪ませることが出来る。これまでの人類の努力を台無しにすることが出来る。それに満足感を覚える人がいたとしても、ぼくは不思議とは思わない」

「要するに、性格が歪んでいるってことか」

「そのとおり」


 白雪は満足げに答えた。

 即興だったが、まあまあ面白い陰謀論を構築できたのではないか。

 そんなことを考えている白雪に対し、秋野は――。


「さて、前振りが終わったところで――」

「前振り!?」


 割と冷たい反応を示した。

 だが、実際白雪の話は前振りでしかなかった。

 つい熱中してしまったものの、白雪もそのつもりで話し始めてはいたのだ。


「いや、そもそもここには芸術についての話をしに来たわけではないだろう? 私と君との間で真っ先にすべき話。それは――」


 勿論、超能力についてである。

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