第2話 科学的に正しい超能力の悪用の仕方 2/4

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 霧ヶ峰カスミが学校に来なくなってから三日が経過し――。

 白雪は考えていた。

 そろそろ、こちらから動かないといけないのではないか。

 このままずるずると登校拒否を続けていれば、進級だってできなくなる。

 取り返しのつくものが、取り返しがつかなくなってしまう。


 これまで、霧ヶ峰は超能力者として辛い思いをしてきた。

 だから、これからは楽しく過ごすべきだ。

 それは白雪お得意の『べき論』だった。

 だが、今の白雪は個人的感情から思うところがあった。


 霧ヶ峰カスミには、楽しく高校生活を過ごしてもらいたい。

 そして、その隣には自分がいたい。


 その感情は未だぼんやりしたものだったが、確かに白雪の中にあった。

 だが、その気持ちについて深く考え始めるよりも前に――。


 例の超能力者が学校にやってきた。


「秋野ソラだ。わけあって、この時期に転校してきた」


 名前は秋野ソラ。自分が超能力者であることは話さなかった。

 だが、そんなことは問題ではなかった。

 白雪の主観も入るのだろうが、その少女――秋野ソラは美しかった。

 美しすぎた。


 女子生徒にしては身長が高い。おそらく、170前後だろう。モデルのようにすらりとした体形だが、肉付きは健康的。顔つきだけでなく、身体のすべてのパーツが芸術的とでもいうべき美しさを持っていた。霧ヶ峰のような親しみのある可愛らしさとは違う、畏れを抱くほどの『美』。こんな人類がいたのかと思ってしまうような存在感。そんな桁違いの美人だった。


 惜しむらくは、秋野ソラは、その美しさを磨き上げようという気がないことだ。彼女な髪はぼさぼさになっており、櫛を入れる事すらしていないようだった。また、制服もだらしなく着崩しており、それが彼女の美しさを損ねていた。


 だが、それも小さな問題でしかない。

 秋野の『美』を損ねるには至らない。

 超能力云々よりも、そちらのほうが注目されるべき人物。

 瞬く間に人気者になることは確実だと思われた。


 だが、秋野のそばには人が近寄らなかった。

 その事実を目の当たりにした白雪は、秋野の美しさが近寄りがたさを作り出してしまっているのではないかと考えた。だが、その考えはすぐに捨てた。進学校とはいえ、この学校の生徒全員がそこまで殊勝な性格をしているとは思えない。


 とすると――。

 やはり、考えられるとすれば、超能力で何かをやっているという可能性。


 具体的に、秋野がどんな超能力を持っているのかは分からない。

 だが、白雪のスタンスは決まっている。


 大人しくしてくれているならそれに越したことはない。

 このまま何も起きないことを祈るばかり。


 これが白雪の超能力者に対する姿勢だ。


 だが、そうはならなかった。

 そうはなれなかった。

 なれるはずがなかった。


 放課後になり、白雪は帰宅の途につこうとしていた。

 そのタイミングで、秋野ソラが白雪のところにやって来た。


「さて、君が白雪忠だな?」

「そうだけど……」


 彼女は白雪に近づくと、彼を壁際まで追い詰めた。そして、壁に手をつき、白雪が逃げられないようにする。いわゆる『壁ドン』の体制である。


 周囲の生徒たちの視線が、一気に集まる。

 目立つことがあまり好きではない白雪は、居心地の悪い思いをしていた。

 だが、秋野はそれに構わず話をつづけた。


 壁ドンの体制を維持したまま。

 美しい顔を至近距離まで近づけた状態で。

 あえて囁き声で話す。


「あたしたちは話をする必要がある。そう思っているのだが、君はどうだい? いや、君の意向はどうでもいい。知っての通り、あたしは転校してきたばかりでね。話ついでに、君にこの町の案内をお願いしたいんだ」

「町の案内って言われても、ぼく自身あまり詳しくはないんだけど」

「構わないさ。それはついでであって、メインはあくまでも君と話をすることだ。主に、姉川聡子が裏で糸を引いていることについて」

「……分かった。それで、どこで話す?」

「そうだな、ここで話すというのはよくないな。人目もあることだ。さしあたっては、おしゃれな喫茶店でも行こうか」

「それこそ、人目があるけど」

「ふむ」


 秋野は、いったん白雪から離れる。

 そして、カバンから一枚のパンフレットを取り出した。

 公共施設でよく配られている、町の名所や施設が書かれたものだ。

 すでに秋野はチェックを済ませていたようで、所々に書き込みがされている。


「いい機会だから、話をするついでにこの町の名所を案内してもらうことにでもしようか」

「余計なことはしたくないんだけど」

「ところで、霧ヶ峰との破廉恥プレイについてだが――」

「さぁ、選べ! どこでも連れて行ってやる!」


 白雪は脅しに屈した。

 こればかりは、屈せざるを得なかった。


 霧ヶ峰の超能力は、皆の知るところとなっていた。

 秋野が言えば周りも信じてしまうだろう。


 それがただのデマであったとしても。

 ましてや、今回の秋野の話は、一部真実が含まれているのだ。


「話が早い。それに、理解が早い。そういう男には、好感が持てる。だが、一つだけ」

「なんだ?」

「適当に言っただけなんだが、マジなのか?」

「そこには説明しがたいあれこれがあって……」

「まぁ、いい。そこの追求は後にしておこう。君を追及するよりも、霧ヶ峰を追及したほうが面白そうだしな。さて、話を戻すぞ。この高校の近くで、密談をすることが出来、なおかつ自転車で行ける範囲となると――この『御子町現代美術館』というのは何だ?」

「その名の通り、現代美術を展示している場所だよ。見に行く人はほとんどいないんじゃないかな?」


 御子町現代美術館は、高校から少し離れた場所にある美術館だ。

 駅からは遠く、人の出入りもまばらなことが多い。

 規模も小さく、わざわざ見に行きたいと思わせるような目玉の展示もない。

 行政が作るだけ作った失敗作と言われている施設だ。

 白雪も小学生の頃に一度授業で行ったくらいで、その後足を運んだ覚えはない。


「だったら、都合がいい。そこに案内してくれ」


     5


 校舎を出た白雪は、自転車置場へと向かった。

 秋野は、その後ろをついてくる。そこで、白雪はある疑問が浮かんだ。


「そういえば秋野さん、通学はどうしてる?」

「普通に自転車通学だが。おや、どうした? 意外そうな顔をして」

「霧ヶ峰さんは、ふとしたときに超能力が暴発することを防ぐために、激しい運動は避けてるらしいけど」

「なんだ、そんなことか。私はしっかり超能力を制御で来ているし、仮に暴発してしまっても大したことにはならない。私の超能力は、存在が認識できなくなるタイプのものではないからな。自転車という人類が生み出した最高の移動手段を放棄するほどのものではないのだよ」

「そうか。それなら問題ないな」


 御子町美術館までは、少し距離がある。

 歩く速度に合わせると相当時間がかかってしまうが、それは避けられたようだ。


 姉川と電話で話した際『霧ヶ峰の件は何とかする』と言ってしまった手前、今日あたり家を訪ねてみようかと思っていたのだ。これなら、その時間は取れそうだ。


 自転車置場に到着すると、それぞれ自転車を置いてある場所へと向かう。

 白雪の自転車は普通のクロスバイク。

 秋野の自転車は、赤いママチャリだった。


「どうした、白雪?」

「いや、何だかママチャリが似合わないな、と思っただけだよ。もっとスタイリッシュなスポーツタイプの自転車でも乗っているのかと思った」

「まぁ、私のような凛々しい人間には、そういうものが似合っているのかもしれないな。だが、ママチャリの曲線美をなめてもらっては困る。いずれ海外で注目され、日本にもその流行が逆輸入されてくるはずだ」

「そういうものなのかな」

「そういうものなのだよ。何でも、海外ではランドセルの機能美に大人たちが夢中になっているらしいぞ」

「それは聞いたことがある。まぁ、小学生が使うものという先入観がなければ、普段使いする人がいてもおかしくはない。実際――」

「無駄話はここまでだ」

「無駄話!?」

「早速デートに行こうではないか」


 秋野は自転車にまたがり、ペダルをこぎ始めた。

 そして、楽しそうに言う。


「さぁ、普通の青春の始まりだ」

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