第4話 科学的に正しい超能力の悪用の仕方 4/4
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「さて――」
秋野は軽く息を吐いてから、話を始めた。
「君のことについては、姉川から色々と聞いている。『超能力を無効化する超能力』――通称『ヌル』を持っているらしいね」
秋野は、白雪をじろじろと見る。
やはり、その名前は彼の超能力につけられたものだったらしい。
「だから、あたしの超能力について、予め説明しておこうと思ってね。そうしておけば、先々無用なトラブルが起きることを避けられるだろ?」
「超能力を使わないって選択肢はないのか? 超能力を使わなくても、普通の生活は送れるだろ? そうすれば、超能力が原因のトラブルも起きずに済む」
「あー、そういう認識か」
秋野は、手で頭をかいた。
整えられていない髪が、さらにぼさぼさになる。
「君、あたしのことを見て、どう思った? 第一印象は?」
「……モデルみたいな見た目?」
「そう、それだ! 自分で言うのもなんだが、あたしは美人だ。それも、美しさとかわいらしさを兼ね備えた絶対的美少女。その上、背景に『凛!』という文字が表示されそうなほどの凛々しさを持ち合わせた究極の存在。世界が嫉妬する美しさ。さっきまで話していたようなまがい物ではない、本物の芸術品。人類が圧倒されるべき存在だ。だから、普通にしていればあたしはおそろしくモテる」
「いきなり自慢話が始まった!?」
白雪はあきれていた。
まさか、先程までの下りは、この話をするためだったのか。
用意周到と言うか、自信過剰というか。
「でも、モテるっていうのは、面倒なんだ。超能力研究所に行く前は、あたしは私立の女子高に通っていた。異性からモテることに嫌気がさしていたから、女だけしかいない環境で一旦落ち着こうと思ったんだ。でも、駄目だった。あたしはアイドルのように祭り上げられた。神様のように崇められ、担ぎ上げられた。割といいとこのお嬢様方が通う学校だったんだが、そこでもあたしをめぐる諍いが起きてしまった。静かな学校だったのに、あたしのせいで学内は荒れ果てた。その時、あたしは悟ったんだ」
秋野は、窓の外を見ながら、深刻そうな声音で告げる。
「――『美しさは罪』であると」
こんなことを言う人間をぼくは初めて見た。
だが、そこに得意げな雰囲気はなかった。ぼくからしてみれば自慢話にしか聞こえないが、本人にしてみれば深刻なことなのだろう。
「であるなら、私は重罪人だ。私がモテるのは、どう考えても私の美貌が悪い。だから、その罪から逃れるために、あたしは超能力を使うことにした。あたしの超能力は、『
美人を不美人に見せるための化粧のようなものだ。
白雪の感想としては「すばらしい」の一言だった。
騒ぎを起こさないために超能力を使う。
これぞ、超能力の正しい運用の仕方だ。
「あたしは、超能力研究所で制御の方法を身に着けた。実際、教室ではほとんどあたしに話しかけてくる者はいなかっただろう?」
「ああ」
「これこそが、あたしが生み出した処世術。人との接触を極力避け、罪深い美しさのために無用な争いを人の子らが起こすことのないように尽力をする、女神のように気高い生き方なのだ」
「上から目線にもほどがあるだろ……」
「だが、ヌル男君!」
「いや誰だよ!」
「ズバリ、君のことでしょう!」
「マルオ君風に言うな!」
「分かりにくいと思ったのに、拾ってくれるじゃないか。まぁ、実際『ヌル』なんて名前の超能力を持つ者なんて、君以外に誰がいるんだい、ヌルヌル男君」
「変なあだ名をつけるな! それが定着したらどうしてくれる!」
「将来、就活の際に『私をものに例えるなら潤滑油です。これまでずっとヌルヌル男と呼ばれていました。このあだ名をつけてくれた空前絶後の美女には、生涯感謝し続けることでしょう』と言うことが出来る。おっと、話がそれたな。全く、誰のせいだか」
お前のせいだよ!
白雪はそうツッコミを入れたかったが、我慢した。
突っ込みをするとさらに脱線しそうな気配を感じ取ったのだ。
「君はあたしの本当の姿を見ることが出来る。だから、あたしのことを1000年に一度の絶世の美女だとか公言して、騒ぎになる可能性がある。今回君と話をしたのは、それを防ぐためだ」
「え、ああ。そうなのか」
「そうだよ。なんだと思ったんだい?」
「頭のおかしい自慢話をするためかと思っていた」
「実際、頭がおかしくなるくらいに私はモテるからな。ああいった生活に戻るのは勘弁してもらいたいんだ」
「分かった。そういう話なら、ぼくとしても歓迎するよ」
騒ぎにならないよう、事前に話をしておく。
なんという殊勝な態度だろう。
言動は完全に逆を向いているれど。
「だが、あたしに直接言ってくれるなら問題ない」
「……は? え? なんだそれ?」
「本音を言わせてもらうとだな、あたしも褒められたりすれば、普通に気分はいいんだ。それは分かるだろう? だが、度を越した行動に出られると、困ってしまう。私の理想の展開としては、君には霧ヶ峰カスミと付き合ってもらいたい。その上で、あたしの美しさに心を奪われ、霧ヶ峰への好意とあたしへの崇拝との間で板挟みになってもらいたい」
「悪女かな?」
「……冗談だ。一割ほどな」
「ほとんど本音じゃないか!」
「他人の心をもてあそびたいが、面倒ごとは御免被りたい。誰もがついつい考えてしまうことだろう?」
「いや、そんなやつはそうそういないだろ」
「そうそう、と言いたいところだけど、そうでもないと思うぞ。芸能人やらホストやらキャバ嬢やら、自分に心酔させて金を奪い取ろうとする人間は多くいるだろう?」
「む……」
白雪は、心のどこかで納得してしまっていた。
心を「もてあそぶ」という表現に悪意を感じるが、大枠は間違っていないように思える。なんだか、余計なことに気付かされてしまった気分だ。
「別にそれは悪いことじゃないさ。例えば、白雪君。君はモテたいと思ったことはないかい? あるだろう? それは悪いことじゃない。だが、よく考えてみてくれ。モテるというのは、一般的に二人以上の異性に恋愛感情を持たれる状況のことを指す。だが、君と交際できるのは、一人だけだ。君が酒池肉林のハーレムを目論まない限り。つまり、モテたいという欲求は、一人以外の心をもてあそぶことにつながる欲求だ。これが許容されている以上、私の願望は正当なものといえるだろう」
「中々の詭弁家だな」
「そうかもしれないな。詭弁論部があるなら、入ってみようか。あいにく、森見登美彦の小説くらいでしか見かけたことはないが」
白雪が知っている限りでも、そんな部活はなかった。
仮にあったら、入部している人たちの人格を疑うことになっただろう。
「さて、色々と脱線したが、話したいことは話せた。ところで、霧ヶ峰カスミはどうしている?」
「霧ヶ峰さん?」
「君は彼女と仲良くしていると姉川から聞いている。同じ超能力者同士、挨拶でもしておこうと思ってね」
「霧ヶ峰さんが復帰した時でいいんじゃないか?」
「そうだね。こちらとしては、いつでもいいんだけど――ただ、一つ気になってね。担任教師には風邪で休んでいると聞いたが。だが、彼女は、本当に風邪なのかな?」
心当たりはある。
というよりも、白雪には確信があった。
わざわざ秋野に言われるまでもない。
だが、一応尋ねてみることにした。
「……どういう意味?」
「大した意味はないよ。ただ、超能力者にとって病気というのは、割と深刻な事態を引き起こすことがあってね。能力の暴走っていうのかな? 念動力の超能力者がインフルエンザに罹ったときは、施設内でポルターガイスト現象が起きたものだ」
「そうなのか」
白雪はこの時点でまだ危機感を持っていなかった。
霧ヶ峰の能力が暴走したところで、大したことにはならない。
そう考えていたのだ。
基本的に彼女の能力は、他人を傷つけるようなものではない。
勿論、彼女がその気にならなければの話だ。
暴走による周囲への被害は考えなくていいだろう。
だが――。
今日で三日間連続の休みだ。
風邪にしては長すぎる。
他人を傷つける心配はないにしても。
自分を傷つけていないとは限らない。
だとすれば、考えられる原因は――。
「あれしかないよなぁ」
「ん? なんだい? 何か霧ヶ峰カスミが学校に来られない原因に心当たりがあるのかな? だとすれば、君がなんとかしないといけないんじゃないのかい?」
「いや、でも」
「悪いけど、ここから先はまじめな話だ。霧ヶ峰カスミにとっても、君にとっても。だから、心して聞いてくれ」
秋野は、突然態度を変えた。
飄々とした、ある種軽薄な態度を消し去り、白雪に正面から向き合う。
それは、超能力を持つマイノリティーとしての態度。
同じ超能力者をいたわる真摯さゆえのものだ。
「あのクラスの中で、霧ヶ峰の立場が悪くなっていることは、私にも分かった。超能力者であることを隠し、それがバレてしまったことで、彼女に対する悪意が表に出やすくなっている。それを表に出すことが許容されている空気が出来上がってしまっている。おそらく、霧ヶ峰はそれに耐えられなくなったのだろう」
秋野は真剣に言った。
白雪の目を見ながら、真摯に。
だが、白雪の考えは違う。
そもそも、あのクラスで霧ヶ峰は受け入れられていた。
一部反感を持つ者もいたが、超能力に対する反応もおおむね好意的だった。
問題は――霧ヶ峰が、半裸で教室を歩き回るという悪癖を持っていたことだ。
そして、そのことに白雪が気付いていたことを知ってしまった。
だから、白雪と顔を合わせづらいのだろう。
というか、そうとしか考えられない。
だが――。
「超能力者が迫害されるというのは、どこでも起きていることだ。だからこそ、事が起きたときにどう対処するかが問題となる。姉川から、君は超能力者のために動いてくれる人間だと聞いている。だから、事態の収拾をキミに頼みたい」
「……ああ、うん」
事実を指摘するには、秋野の態度は真剣過ぎた。
そして、事実はあまりにバカバカしすぎた。
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