第5話 セカイ系エロコメ 1/5
1
帰宅後、白雪忠は考える。
霧ヶ峰が今学校に来ていないのは、十中八九、半裸徘徊事件が原因だ。
その原因を知っているのは白雪と姉川以外にはいない。
そして、姉川はこの件について動かない。
つまり、誠に遺憾ながら。
この件を何とか出来るのは白雪だけということになる。
霧ヶ峰も、あの直後に白雪と顔を合わせるのは気まずいだろう。
だから、あちらが学校に出てくるまで待つことにしていた。
だが、これ以上登校拒否を続けることで、霧ヶ峰が超能力研究所に戻るという事態だけは避けたい。
いくら隣に住んでいるからといって、気軽に突撃するわけにはいかない。
白雪は、とりあえず電話をしてみることにした。
スマホのアドレス帳から霧ヶ峰の番号に電話をかける。
すると――。
『お客様のおかけになった番号は、現在電源が入っていないか、電波の届かない場所にあります』
「……成程」
もしかしたら、非常事態かもしれない。
スマホの電源は、とりあえず入れておくものだ。霧ヶ峰は自分の家にいるはずだし、電波が届かない場所ということも考えにくい。だとすれば、霧ヶ峰の身に何かがあったのかもしれない。
世をはかなんで、なんてことはないと思うが。
その万が一の可能性が白雪を不安にさせた。
自宅で一人倒れている霧ヶ峰の姿。
それを想像した瞬間、白雪は立ち上がり、玄関を出た。
向かった先は、歩いて散歩の距離にあるお隣さん。
即ち、霧ヶ峰カスミの自宅だ。
白雪は霧ヶ峰家の玄関チャイムを押した。これで返事がないようなら、管理会社に連絡するなり超能力研究所に連絡するなりして、鍵を無理やり開けてもらったほうがいいのかもしれない。何か事件が起きたと考えるべきだ。
だが――。
「はい」
インターフォンからは、霧ヶ峰の声がした。
力の入っていない声だったが、動けない状態ではないようだ。
「霧ヶ峰さん。白雪だけど」
「白雪……。ああ、姫様。ようこそいらっしゃいました」
姫様? 何のことだろう。
白雪が疑問に思っていると、インターフォンが切れる音がした。
その少し後に、ドアが内側からあけられる。
そこに居たのは、パジャマ姿の霧ヶ峰カスミだった。
体をふらふらさせながら、トロンと眠そうな目で白雪を見上げる。
「霧ヶ峰さん、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ~」
どう見ても、大丈夫ではなさそうだった。
先ほど霧ヶ峰が家から出てきたとき、鍵を開けた音がしなかった。
つまり、玄関の鍵を開けっぱなしにしてあったということだ。
一人暮らしの女子高生として当然持ち合わせるべき危機感が働いていない。
「ちょっと、家の中に入っていい?」
「あ、はい。どうぞ。おかえりなさいませ、ご主人様~」
「何を言っているんだ?」
「……さぁ?」
白雪は玄関に一歩足を踏み入れる。
すると、靴に紛れて家の鍵が落ちているのを見つけた。
白雪はそれを拾い上げる。
「霧ヶ峰さん、鍵が落ちてたけど」
「ああ、そこにあったんですねぇ~。なくして困っていたんです。見つけていただいて、ありがとうございます」
意識が朦朧としているのだろうか。
このまま一人にしておくと本当に危ないかもしれない。
「さぁさ、どうぞ。一緒にごゆるりとお上がりくださいな」
「はぁ、どうも……」
この状態の霧ヶ峰から出された入室許可。
これを根拠に部屋に入ったら、後々嫌われたりするのではないだろうか。
そんなことを考え躊躇していたら、霧ヶ峰は実力行使に出た。
霧ヶ峰は、白雪の首に手を回した。そして、身体を預け――。
そのまま倒れそうになった。
白雪は、とっさに霧ヶ峰の身体を支える。
「ご迷惑おかけします~」
「霧ヶ峰さん……」
「はい?」
「もしかして、本当に風邪ひいてる?」
白雪の腕に伝わる霧ヶ峰の体温は、通常より高いものだった。
汗もだいぶかいているようで、パジャマは濡れて躰に張り付いている。
その匂いが、霧ヶ峰の首元辺りから漂ってきた。
「風邪ですか? はい。そうですね。ひいてますね」
白雪の予想に反し、霧ヶ峰は本当に風邪をひいていた。
羞恥心のあまり顔を出せないものとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。
「霧ヶ峰さん、大丈夫?」
「割と大変ですね~」
白雪は、霧ヶ峰の体重を支えながら、廊下を奥へと進んだ。
自分で立っていられない以上、ベッドで横にならせるしかない。引っ越しの時にちらりと見た内装を考えれば、ベッドは正面のドアを抜けた先にあるはずだ。
「霧ヶ峰さん、部屋、入るよ」
「はい」
了承を得てから、白雪はドアを開けた。
眼前に広がる霧ヶ峰カスミの寝室。
それは、女の子らしい可愛らしい部屋――ではなかった。
物が少ないシンプルな部屋。
だが、今は脱ぎ散らかした服や空のペットボトルが散乱している。
中には、恋人でもない異性がみるのが憚られるものもあった。
風邪のせいで片付ける気力もわかないのだろう。
白雪は、霧ヶ峰を支えながらベッドの側まで動いた。
ゆっくりと霧ヶ峰をベッドに乗せようとする。
だが、うつ伏せの状態で上半身しかベッドに乗らなかった。
体力が低下し、ベッドの上に乗るのも辛いようだ。
白雪は、下半身も持ち上げてベッドの上に移動させる。
とりあえずは、ひと段落だが――問題点がないこともなかった。
現在、霧ヶ峰はうつぶせの状態で、足は折りたたまれたような状態だ。
つまり、かがみこんだような姿勢をしており、パジャマのズボンからパンツがはみ出していた。
白雪は困惑する。
これは指摘するべきなのだろうか。
指摘をしたら、現在白雪が霧ヶ峰のパンツを鑑賞中であることがバレてしまう。
自白することになってしまう。
そのうえ、霧ヶ峰は白雪に下着姿を見せつけていたことを気に病んでいるはずだ。
ということで、言わないことにした。
霧ヶ峰のために。紳士としての判断である。
「ところで、霧ヶ峰さん、医者とかは行った?」
「お医者さんですか。行こうとしたんですけどね。というか、行ったんですけどね。駄目でした~」
「駄目?」
不治の病だとでもいうのだろうか。
だったら、こんなところに居ないで入院でもなんでもするはずだ。
白雪はすぐに『別の可能性』に思い当たった。
「実は、能力が暴走してしまって。スーパーに行っても、医者に行っても、私のことを認識してもらえなくなったんです」
そういうことになるのか。
白雪は以前、霧ヶ峰が能力を制御できていなかったころの話を聞いていた。
幼い頃、霧ヶ峰は両親の目の前から急に消えてしまっていた。
この程度のこと、思いついておくべきだった。
認識されなければ、医者に診てもらうこともできない。
スーパーで買い物をすることもできない。
「だから、とりあえずは寝て治そうと思っていたんですけど、治らなかったんです。それで、ああ、このまま死ぬのかな~って思って。生き恥をさらし続けるよりは、まぁ、いいかな、って思って。そう考えていたら、スマホの電池が切れる音がして。なぜかスマホが使えなくなったんです」
「なぜかって、電池切れって自分で言ったよな。どうして充電しないんだ?」
「充電ケーブルが見つからなくて……」
どうやら、なくしてしまったらしい。
だが、こういう時スマホは重要だ。
いざとなったら、姉川さんに応援を求めることもできる。
というか、今回スマホの電源が入っていたらすべて解決だったのではないだろうか。
あとで、家から充電ケーブルを持ってきてやることにしよう。
問題は、病身となった霧ヶ峰に対し、白雪は何をするべきかということだ。
とりあえず霧ヶ峰の生存は確認できた。
だが、病状はよいとは言えない。
風邪も悪化すれば肺炎になり得る病気だ。
だったら、やるべきことは一つだ。
白雪が責任をもって霧ヶ峰の看病をする。
それは、彼にしか出来ないことだ。
何せ、今の霧ヶ峰のことを認識できるのは、彼しかいないのだから。
「霧ヶ峰さん、食事はどうしてる?」
「……気にしてません」
「意味が分からない」
白雪は立ち上がると台所へ行く。冷蔵庫のドアを開けると、その中には食料がほとんど入っていなかった。冷蔵庫から「私、何のために動いているんでしょうか?」というセリフが聞こえてきそうなくらい、何もなかった。
「にっちもさっちもいかない状態か」
どうやら、この家にはもう食料がないらしい。
このまま放っておいたら、霧ヶ峰は死んでいたんじゃないだろうか。
白雪は本気でそう考えた。
そして、霧ヶ峰の危うさを改めて認識した。
彼女は、自分が『見て』いなければならない人間だ。
その責任が自分にはある。
だが、彼の中には、義務感以外の感情も同時に生まれつつあった。
その感情に彼が気付くのは、それほど先のことではないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます