第6話 セカイ系エロコメ 2/5

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 白雪が霧ヶ峰のためにとった行動。

 それは、ひとまず自分の家に戻ることだった。

 自宅の冷蔵庫の中から、病人でも食べられそうなものを取り出す。

 ついでに、戸棚にあったレトルトのお粥も手提げ袋に入れる。


 漫画やラノベでは主人公が料理をするという展開になりがちな状況。

 だが、白雪にそこまでの料理スキルはない。せいぜい、米を炊くくらいが精いっぱいだ。


 ましてや、今は緊急事態だ。

 霧ヶ峰の健康がかかっている以上、ここは余計なチャレンジ精神を発揮するべきではない。メーカーの努力が詰まった既製品に頼るべきだと白雪は判断していた。


 食料を持って隣の家に再度入っていく。

 霧ヶ峰の寝室に行くと、彼女は先ほどと全く同じポーズをしていた。

 どうやら、だるくて体を動かすのも一苦労らしい。

 眼福である。


「霧ヶ峰さん、お粥持ってきたけど、食べられる?」

「……口移しですか?」

「そんなわけないよね」

「駄目ですか?」

「逆に、なんでいいと思ったのか聞きたいんだけど」

「私と白雪君の仲じゃないですか……」

「まだそんな関係じゃないよね」

「……まだ? ということは、可能性は十分にあるということでしょうか?」


 辛そうにしながらも、霧ヶ峰はニヤッとした笑みを浮かべた。

 風邪のせいで、自制心が効かなくなってきているようだ。

 パンツのことも気づいていない。


「それじゃあ、霧ヶ峰さん。お粥の準備をしてくるから、大人しく寝ててくれ」

「お手伝いします」

「いいから、温かくしていてくれ」

「はーい」


 返事をすると同時に、霧ヶ峰は、ベッドの上で転がり、ベッドの端へとよった。

 そして、そのままベッドから落ちそうになる。

 それを見た白雪は慌てて駆け寄り、すんでのところで阻止した。


 なんとか、ベッドから落ちかけている彼女の身体を両手で支える。

 柔らかな重みが手に伝わってくるが、その感触を楽しむのは我慢する。

 白雪は、霧ヶ峰の身体をベッドの上に戻した。


「霧ヶ峰さん、何をしているんだ?」

「布団が体の下にあるので、布団をかけるのに、ずれたんです」

「横にずれなくても、上の方にずれればよかったんじゃないか?」

「身体を起こすのがだるくて」

「……分かった」


 白雪は、ベッドの上の掛け布団を引っ張り出した。

 すると、ベッドの端に白いケーブルが見えた。どうやら、スマホの充電ケーブルのようだ。ケーブルを手に取ったはいいが、コンセントにさす体力が残っていなかったといったところだろうか。


「霧ヶ峰さん、充電ケーブルが見つかったよ」

「ああ、そこにあったんですね。そういえば、あれがあったんでした。あれ、あれですよ。霧ヶ峰君が裸踊りをしたのが雨ごいだからです」

「重症だ!」


 まともな思考が出来ていない。

 とにかく、安静にさせなければ。

 白雪は、ベッドの端にいる霧ヶ峰をベッドの中央まで転がした。

 そして、その上から布団をかける。


 パンツも隠れてしまったが、仕方がない。

 ひとまず、安静な状態の完成だ。


「それじゃあ、今度こそお粥を用意してくるけど、これなら食べられるよね?」

「ご迷惑おかけします」

「……食べられる?」

「ええ、勿論。霧ヶ峰君の作ってくれるものなら、何でも食べられます。たとえ残飯だろうと無機物だろうと」

「そこまでは求めてない」


 しかし、レトルトを温めるのを『作った』と言っていいものだろうか。

 白雪はそう考えたが、それ以上深く考えるのは止めた。


 台所に行くと、茶碗に御粥をだし、電子レンジにかける。

 温め終わってから取り出し、そこに白雪家の冷蔵庫にあった鮭フレークを入れる。

 少しは味がないと食べにくいだろう。

 茶碗が熱くなくなるのを待ちながらかき混ぜる。

 そして、食べやすい温度にしてから、お粥を霧ヶ峰のもとへもっていった。


 霧ヶ峰は、白雪を拝み倒した。

 ありがたい宝物であるかのように、お粥を受け取る。


「これ、私のために作ってくれたんですよね?」

「そうだよ。だから――」

「家宝にします。今すぐ冷凍庫に入れて永久に保存を……」

「あほなことを言ってないで、食べてくれ。収まるべきは霧ヶ峰さんの胃袋の中だ」

「ですよねー。ありがとうございます」


 霧ヶ峰は、ゆっくりと御粥を食べ始める。

 それを見て、白雪は一安心した。これも無理なようなら、姉川に連絡して、超能力研究所で点滴でもうってもらう必要があると思っていた。だが、そこまで重くはなっていないようだ。


「ああ、そうだ。スマホの充電、しておくよ」

「はい」


 白雪はコンセントにケーブルをつなぎ、それに霧ヶ峰のスマホを繋ぐ。

 スマホの画面が光り、充電が開始されたことを確認する。それと同時に、メールなどが何通か届きだした。もしかしたら、超能力研究所からの連絡もあるかもしれないが、プライバシーにかかわることだから中身を見るわけにはいかない。


 そう思った矢先、霧ヶ峰のスマホに着信があった。

 表示された発信元は『マッドサイエンティスト』。酷い登録名である。


「霧ヶ峰さん、電話なってるけど」

「ああ、はい」


 霧ヶ峰はスマホを受け取ると、通話ボタンを押す。

 そして、耳元に持っていこうとしたところで、コンセントが引っかかって手元からスマホを落とした。


「あれ、霧ヶ峰! 大丈夫かな?」


 聞き覚えのある声がスマホから流れてきた。

 白雪は霧ヶ峰の代わりにスマホを拾い上げる。


「姉川さん、白雪です」

「え、あれ? かけ間違えたかな?」

「いえ、霧ヶ峰さんのスマホであってますよ。霧ヶ峰さんは風邪でダウンしています。スマホは今充電中でコンセントを引っこ抜けない状態になっているから、ベッドの霧ヶ峰さんまで届かないんです」

「それじゃあ、スピーカーモードにしてくれるかい?」

「はい」


 スマホを操作して、スピーカーモードに切り替える。

 これで、三人で会話をすることが出来るようになった。


「霧ヶ峰、聞こえるかい? 聞こえたら返事をしてくれ」

「聞こえています」

「風邪をひいたらしいね。体調はどうだい? というか、能力の制御はできているかい?」

「難しい状況です」

「それじゃあ、一度こちらに来なさい」

「え……。いやいや、もう大丈夫です。白雪君のおかげで、だいぶ良くなりました」


 霧ヶ峰は、心底嫌そうに言った。

 せっかく白雪と二人でいることが出来るのだ。

 体調は悪いが、それを邪魔されたくない気持ちが勝っていた。

 大幅に。


 他方で、霧ヶ峰に拒否された姉川はというと、白雪に声をかける。


「白雪君、そうなのかい?」

「食料を少しだけ持ってきた程度のことしかしていません。現時点で、霧ヶ峰さんの体調はあまりよくないと思います。それに、能力が制御できていません」

「……分かった」


 霧ヶ峰は、視線で白雪を非難する。

 だが、彼女のためを思えば、ここは事実を言っておくべきだ。

 後になって取り返しのつかないようなことになったら、後悔することになる。


「それじゃあ、そちらに人をよこすから、霧ヶ峰を超能力研究所まで送り出してくれ。ちょうど、その辺りに行っている職員がいるはずだから」

「分かりました」

「霧ヶ峰も、それでいいね」

「私としては、出来ればこのまま家にいたいのですが……」

「はい、却下」


 姉川はそう言って、電話を切った。

 こうして、霧ヶ峰は一時的に超能力研究所に戻ることになった。

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