第14話 シュレリンガーのマッパ 4/4
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「マジウケる」
教室での顛末を電話で説明したところ、姉川さんの反応はこういうものだった。ウケるというのはフランクな若者言葉だと思っていたが、大人になっても使い続ける人もいるらしい。
「まぁ、情報漏洩の方はあまり気にしなくていいよ。私にとって重要なのは、霧ヶ峰が超能力者であることがバレたということではなく、バレてしまったけれどもその責任はこちらにはない、ということだからね」
「そんなものなんですか?」
「そんなものなんだよ、大人の世界はね」
姉川さんは気取った言い方をした。
姉川さんの癖に生意気な。
「それで、君はこれからどうするつもりなのかな? そろそろ、彼女に君の超能力のことを言っておかないと、後々面倒なことになるよ。私としても、最初は気づかないふりをしろと言っては見たものの、君の能力のことを考えるとそれも難しいだろうからね。特に、霧ヶ峰が超能力の使用を自重しないのであれば」
「まぁ、そうですね」
ぼくは曖昧に返事をした。
さて、あまり勿体ぶるものでもないから、そろそろぼくの超能力について話しておこう。研究所職員をして『世界一役に立たない』と言わしめた超能力。
超能力の『無効化』。
これが、ぼくの超能力だ。
あらゆる漫画やラノベなどの媒体で使い古されている能力。
酷使されている能力と言ってもいいだろう、
能力バトルものでは割と活躍する機会を与えられる例のアレだ。
だが、生憎この世界では超能力バトルは行われていない。超能力開発を行う学園都市も存在しないし、超能力を使って世界征服をしようとする組織も今のところ存在しない。そのため、ぼくのような無効化能力者が日の目を見ることはほぼないだろう。周りに超能力者がいなければ、発動する機会すらなく終わってしまう能力なのだから。
その上、ぼくのものは、よくある無効化能力とは少し勝手が違う。
ぼくが無効化できるのは、ぼく自身に対して向けられた超能力だけなのだ。一定距離内にいる全員を対象とした超能力が使用されていたとしても、ぼくだけがその影響を受けない。勿論、超能力者に右手で振れたからといってその超能力が消えたりもしない。超能力への抵抗力が大きいと言うのが一番分かりやすいかもしれない。
「前々から言われているとは思うけど、君の能力は超能力者のいない場所では何の役にも立たない。だからこそ、超能力者にとっては天敵といえる。無効化できるのは君一人。だから、超能力者たちは、君に超能力が効いていないことに気づきにくい」
超能力の発動事態を阻害したなら、異変に気付くだろう。
対象者全員に対して超能力が無効化されていても、気づくだろう。
だが、集団の中の一人だけ――しかも、その一人が超能力の影響を受けている振りをしているというのであれば、超能力者はそれに気づくことはまずできない。だから、彼ら彼女らはぼくに対して油断してしまう。
「君は、超能力者たちに誤った認識を与えることになる。そういう、超能力者にとって迷惑極まりない存在。それが君なんだ。そんな奴がクラスにいると知っていたら、霧ヶ峰もあられもない姿で教室を徘徊したりなんてしなかっただろうね」
「悪用の抑止力にはなるってことですね」
「問題は、そうなることを君が望んでいるかどうかってことだけどね。君は、それを望んでいないのだろう? だから、君の主観からしてみれば、君の能力は、超能力を無効化するというよりは、超能力の効力からハブられる、といったほうがいいのかもしれないね。君は、一人だけ真実を知っているよりも、周囲と一緒に騙されていたいタイプだ。それなのに、クラスのみんなが認識してしまっている虚偽の光景を君だけが認識することが出来ない。クラスの中で君だけが霧ヶ峰の奇行に気づいてしまっている。気づいても面倒なだけなのにね」
面倒なだけ。
それを否定することはできないだろう。
霧ヶ峰の超能力使用方法は、現時点で二種類。
一つは、下着姿で教室に現れるという奇行。
もう一つは、いじめっ子Aに加えた制裁。
前者は、まぁ、役得という部分が無きにもあらずと言えないこともなかったが、他の生徒たちと同じように、その存在に気づかなかった方が、気が楽だっただろう。
後者についても同様だ。
だけど――。
ぼくには見えてしまうのだ。
彼女が超能力で隠そうとしている煩悩や悪意。
そして、苦悩を。
ぼくだけが見えてしまう。
ぼく以外には見えない。
だから、ぼく以外には気づけなくて――。
ぼく以外には助けられない。
「だからと言って、ぼくが助けられるわけでもないんだけどな」
そんな言葉が口から洩れた。
そんな言葉を、姉川さんは拾い上げた。
「君に出来る可能性があるとしても、だからといって、君がやらないといけないってことにはならないんだよ」
「まぁ、そうなんでしょうけど……」
「これまで君には何度も言ったと思うんだけどね。お人よしの君には、いまいち実感を伴って理解してもらえてはいなかったようだから、改めて言っておくことにするよ。現時点で、霧ヶ峰の人生に対して、君が負うべき責任は存在しない。霧ヶ峰の行動に君だけが気づいていたとしても、君にはそれに対応する義務はない。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』なんてことはないんだよ。君は、もっと自由に生きていいんだ」
「姉川さん……」
「私は、スパイダーマンにそう言ってあげたい」
「いや、ぼくに言ってください」
台無しだよ。
確かに、スパイダーマンは何度も映画で同じことを言われているけど。
「まぁ、冗談はさておき。そもそも、君の超能力を『大いなる力』と表現すること自体がおこがましいよね? 君の力は大したものじゃない。大いなる力ですらないんだから、小さな責任だって生じない。私は、君がそう考えても責めないし、むしろそう考えるべきだと思っているよ。それじゃ、もうそろそろ時間だから、切るね。それじゃ、バイチャ」
姉川さんはそう言って電話を切った。
ぼくも受話器を置く。腕時計を見ると、もう少しで昼休みが終わりそうな時間だった。ぼくは教室に向かって歩き始める。
その時になってようやく気付いた。
通路の先に、霧ヶ峰カスミがいたのだ。
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公衆電話の周りには誰もいないから、ぼくを待っていたのだろう。距離から考えて、ぼくの話は聞こえていなかったはずだ。というより、ぼくの話が聞こえない距離で待っていてくれたのだろう。その辺りの気遣いは出来るらしい。
ぼくがそちらに向かって歩き出すと、霧ヶ峰さんもこちらに向かって歩き出した。そして、ぼくに声をかける。
「白雪君、少しだけお時間よろしいですか?」
「別に構わないけど」
「お礼を言っておこうと思って。さっき、私のことを庇ってくれたでしょう?」
「それは……」
「だって、私を庇うために嘘までついてくれたじゃないですか。私は、あの時廊下にはいませんでしたことよ。あの時、私は教室にいました」
霧ヶ峰さんはそう言いながら、ぼくの目を覗き込んでいた。
凝視してきた。
これに何の意味があるというのだろうか。
まさか、ぼくの能力を疑われているのか。
だけど、ここで尻尾を出すわけにはいかない。
「そうなのか。ぼくは廊下で見かけたような気がしたから、そう言っただけだよ」
「またまた、ご謙遜を。白雪君は相当のお人よしですね。嘘つき呼ばわりされるリスクを負ってまで、私のことを助けてくれたのですから」
「別に嘘をついたつもりなんてないよ。ぼくは本当に廊下で見かけたように思っただけなんだから。強いて言うなら、ただの勘違いだ」
「私に気を使わせないように、そう言ってくださっているんですね。重ね重ね、ありがとうございます。それでですね、大変申し訳ないのですが、一つお願いがありまして。助けていただいた上に、お願いごとをするというのが図々しいことは承知の上で、申し上げます。どうか――」
霧ヶ峰さんは頭を下げた。
そして覚悟を決めたような声色で告げる。
「どうか、私と友達になっていただけないでしょうか?」
友達。
なぜだか、姉川さんの『ズッ友』という言葉が脳裏に浮かんだ。
それはさておき、返事については深く考える必要はないだろう。どんな無茶ぶりが来るのかと思ったが、友達になるくらいお安い御用だ。
「……別にいいけど」
「本当ですか!?」
「え、ああ、うん」
友達というのは、割と幅の広い概念だ。
仲のいい友達。
疎遠になりつつある友達。
名目上の友達。
実際のところ『ただの知り合い』も『友達』も大差はない。
だが、霧ヶ峰は嬉しそうにぼくの右手を握って握手をした。
「あー、よかった。よかった、です。実は、友達になってくださいって言ったの初めてなんです。断られたらどうしようかと思っていました」
「相当嫌われていない限り、断られることはまずないと思うけど」
「でも、相当嫌われている可能性だってあるじゃないですか? 人は裏でどんなことを考えるか分かりませんから」
「それはそうだけど」
「それに『ちょっと待ったコール』が入って、私以外の人が白雪君の友達になっちゃうかもしれないですし」
「『ちょっと待ったコール』? 何それ?」
「え……。いや、何でもないです」
後で調べてみることにしよう。
ところで、この手はいつまで握られていればいいのだろうか。一応、人が通る場所ではあるし、このまま異性と手を繋いだままというのは誤解を招きかねない状況だ。
そう思っていたら、霧ヶ峰さんは左手も使ってぼくの手を握り込んだ。男子としては嬉しい状況であるはずなのに、何故か『捕まってしまった』という感覚になった。
そのままの状態で、霧ヶ峰さんは言う。
「ああ、そうだ。勿論、白雪君にはご迷惑をおかけしないようにします。白雪君は私なんかと違って友達も多いでしょうから、私は空いた時間にでも相手をしていただければ、これほど幸せなことはありません」
霧ヶ峰さんは満面の笑みを浮かべていた。
お嬢様風の振舞いは演技だったとしても、この笑みは演技ではないのだろう。
この子、どれだけ友達が出来たことが嬉しかったのだろう。というより、いつも彼女に話しかけてくる女子生徒たちは、霧ヶ峰の基準では友達ではないのだろうか。
だが、まぁ、悪いことではないのだろう。
ぼくも友達が多い方ではない。というより、少ない。
ほとんどいない。
だから、友達が増えるということは歓迎すべきことだ。
ただ――。
「それでは、不束者ですが、末永くお願いします」
この友情は、少しばかり重すぎるのではないだろうか。
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