第20話 パンツをめぐる論証 希少性のパンツ 6/8

     6


「さて、事件のことは大体わかった。うん、とりあえず、これ以上聞きたいことはない。ところで、霧ヶ峰さんは誰が犯人だと思う?」

「私ですか? 私ごときに意見を聞いていただけるとは恐悦至極です」

「妙なへりくだり方をされると、こちらが気を遣うんだけど」

「すみません。対人スキルが低いもので」


 人との付き合いを避けているのだから、それは当然だ。

 他人との適切な距離感というのを上手くつかめないのだろう。

 もっとも、ぼくもそれについては苦手分野なんだが。


「それで、犯人ですか……。犯行が可能な人を考えるなら、校長先生でしょうか」

「そうだね。ぼくもそれを最初に考えた」


 その発想は、最初に出てきて然るべきものだ。

 暗証番号を確実に知っている人物。

 それは、暗証番号を設定した人物だ。

 そもそも金を金庫に入れたという証言自体嘘である可能性だってある。

 だけど――。


「白雪君は、校長先生は犯人じゃないと思っているんですか?」

「可能性としては低いと思う。そもそも、校長室の金庫から現金が無くなったら、真っ先に校長が疑われることになる。罪を擦り付けるなら、わざわざ超能力者である霧ヶ峰さんを狙う必要もない。金の保管を誰かほかの教員に任せ、人がいないときにこっそり盗めばいい。そうすれば、犯人候補は職員室にいる教師全員ということになる」


 勿論、そこまで考えた上での犯行という可能性もなくはない。

 それに、このやり方には致命的な問題点がある。


「霧ヶ峰さんは、事件が起きた時間帯に例の『認識阻害』を使った状態で教室にいたんだよね?」

「はい」

「でも、その時間に普通に教室にいた可能性だってあるよね。というか、その可能性のほうが高いよね」

「……あ」


 霧ヶ峰さんも気づいたようだ。

 校長が霧ヶ峰に濡れ衣を着せるためには、霧ヶ峰にアリバイがないということが必須条件だ。今回はたまたま超能力を使っていたが、普段なら教室の中にいることを周囲に認識されている――つまり、しっかりとしたアリバイが出来ているはずだった。


 こればかりは運が悪いというか。

 日頃の行いが悪いというか。


「だから、校長が霧ヶ峰さんに濡れ衣を着せる計画を立てたとは思えない。だとすると考えられるのは、校長でも霧ヶ峰でもない第三者が、金庫を勝手に開けて現金を盗っていったという可能性」

「でも、どうやって……」

「それはこれから考えるよ。ほかにもいろいろ調べないといけないと思う。今のままだと、わからないことだらけだ」


 とりあえず、現場の状況を確認しないと、何とも言えない。

 明日にでも調べてみることにしよう。


「あの……」

「何?」

「どうして私のことを信じてくれるんですか?」

「どうしてって……だって、霧ヶ峰さんは盗んでないだろ?」

「いえ、ですから、どうして盗んでいないって信じてくれるんですか? 普通、超能力者がいたらもっと疑うものじゃないんですか? 少なくとも、これまで私がいた環境ではそうでした」

「正直、超能力とかどうでもいいんだよね」

「どうでもいい!?」

「ぼくは、霧ヶ峰カスミという人間を信じている。君に犯行が可能だったかどうかなんてどうでもいい。ぼくは、君が盗みを働くような人間じゃないと分かっている」


 霧ヶ峰さんの目から涙が零れる。

 だが、この際だから言ってしまおう。


「あの時、超能力を使って虐められていた子を助けてくれたんだろ? そんな正義感溢れる人が、超能力を悪用して金を盗むわけがない」

「……ありがとう、ございます」


 霧ヶ峰は、涙を拭いながら言う。


 きっと、これまで色々な場面で疑われてきたのだろう。

 人に信じて貰えない経験を何度もしてきたのだろう。

 だから、無条件に信じてくれる人の存在をありがたがるその気持ちは、とてもよく分かる。


 もっとも、その様子を見ていたぼくは、心の奥底に何かが引っかかるような感覚を覚えていた。というのも、ぼくには敢えて言わなかったことがあったからだ。


 霧ヶ峰カスミという人間を信じている。

 それは嘘ではない。

 嘘ではないのだ。

 だが――。


 ぼくが彼女の無実を信じる本当の理由。

 より比重の大きい理由。


 それは、姿

 彼女は超能力を使いながら、教室内にいた。それは事実だ。

 彼女には、本当にアリバイがあるのだ。


 それなら、ぼくが彼女のアリバイを証言すればいい。

 それが最も手っ取り早い解決策だったはずなのだ。


 だが、残念なことに。

 その時間、彼女はおとなしく席についていたわけではない。

 例のごとく、姿

 しかも、ぼくの周りを執拗に何度も歩き回っていた。

 当然、能力を使用している状態だ。


 さて、ここで考えてみよう。

 もしもぼくが彼女のアリバイを主張したらどうなるだろうか。同級生たちは、まずぼくの証言を疑うだろう。なにせ、彼等は霧ヶ峰が教室にいたことを認識できていないのだから。


 だが、問題はその先にある。


 仮に霧ヶ峰さんが教室の中にいたことを証明できたとしても、何故教室の中で能力を使っていたのかということが問題になってしまう。まさか「下着姿で徘徊していたからです」とは言えないだろう。


     7


 少しすると、霧ヶ峰さんは落ち着きを取り戻し始めていた。

 手で涙をぬぐい、鼻水をティッシュで噛む。


 一度軽めの深呼吸をしてから、霧ヶ峰さんがおずおずと声をかけてきた。


「あの……」

「ん? ああ、はいはい」

「すみませんでした。取り乱しました」

「気にすることはないよ」

「あの、それでですね……。私のことを信じていただいているのはとてもありがたいのですが、私はどうすればいいのでしょうか? ここまでよくしていただいて……。この御恩は返せそうにありません」

「解決したわけでもないんだから、そんなことを今考える必要はないよ」

「でも、それでは私の気が済みません。どうか、お礼をさせてください」

「だから、お礼だなんて――」

「私にできる事なら、何でもします」

「何でも?」

「はい!」


 さて、考えてみよう。

 霧ヶ峰さんは『なんでも』と言った。

 だが、勿論社会通念上不適切なものは排除されているのだろう。


 漫画やラノベでは、好色的な内容を要求しようとして失敗する展開がよく見られる。全く、どうしてあそこまで欲望に忠実な行動に出ようとするのか。少し考えれば、得られるのは悪評だけだと分かるだろうに。


 ぼくはその轍を踏まない。

 だから――。


「そうだ、?」


 何の罠だ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る