第21話 パンツをめぐる論証 希少性のパンツ 7/8
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「そうだ、パンツをお見せしましょうか?」
霧ヶ峰は両手を合わせ、ほわわんとした表情で言った。
まるで『いいアイデアが浮かびましたぁ』と言わんばかりだ。
前車の轍を踏まないと決意したばかりなのに、霧ヶ峰さんはあろうことか、その道を舗装したうえで誘導までしてくれている。
「……どうしてそんな結論に?」
「私の知り合いに姉川さんという人がいまして――」
奴か!
「姉川さんは『男子と言う生物はすべからくパンツが好きだ』と言っていました。白雪君と仲良くなりたいなら、パンツを見せてやればいいと。そうすればイチコロだと言われました」
「その人とは適切な距離を取って付き合ったほうがいいと思うぞ」
「特に白雪君のような人は、一人の時に『パンがないならパンツを食べればいいじゃない』と呟いていそうだとか」
「よし、その人とは縁を切っておこう。それがいい」
「そういうわけにもいかないのです。それに、白雪君がパンツ好きという根拠は他にもあります。真渕さんが椅子から転げ落ちた時、真渕さんのパンツをねっとり見ていました」
「ねっとりは見てない!」
ちなみに、女子Aの名前は真渕というらしい。
ここにきて、ようやく本名が発覚した。
調べようと思えば簡単に調べられたが、興味がないので放っておいたのだ。
ブラックパンティーマブチ。うん、覚えた。
「でも、パンツはお嫌いですか?」
「……なかなか深い質問だな」
パンツが嫌いか。
ノリのいい男子生徒であれば『好きだ』と即答することだろう。その答えは、人間関係を円滑にするための会話の一部としては正解と言える。そこから馬鹿話が始まって親交を深めることもあるだろう。
だが、目の前にいるのは霧ヶ峰さんだ。
下手に妥協すると、霧ヶ峰さんからおかしな誤解を受けかねない。
ここは徹底的に、論破しておく必要がある。
それこそ、疑問の余地が残らないほどに。
さぁ、論証を始めよう。
「問われている内容は、『白雪忠はパンツが好きか否か』及び『その程度はどれほどのものか』ということだね? では、まず論点を整理しよう」
「え?」
霧ヶ峰さんは驚いた声を上げた。
だが、残念ながらぼくにここで妥協するという選択肢はない。
「まず、『パンツが好き』ということの定義を決めることにしよう。今回は一般的な男子高校生を基準にすることとする。そして、これはあくまでもイメージだが、男子高校生がパンツに向ける情熱については『偶然見られればラッキーだが、ドン引きするリスクを負いながら懇願してまで見るべきものではない』というものであると考えられる。そこを平均とする。そこまではいいかな?」
「は、はい」
「本当にいいのか? 基準に疑問を持たれるとこれからの論証が無駄になるんだけど」
「大丈夫です」
霧ヶ峰さんは割とどうでもよさそうに言った。
まぁ、彼女がそれでいいというのなら、それに甘えることにしよう。
「では、平均的な男子高校生はパンツに対し『弱めではあるが好意的』であると仮定しよう。はっきり言っておく。ぼくは女子のパンツに対しては好意的だ。その点については争わない。ぼくが争いたいのは『ぼくが平均に比べてパンツに対して並々ならぬ好意を持っているか否か』という点だ。その判断材料として君は、ぼくが真渕のスカートの中を見ていたことを挙げた。これが並々ならぬ好意の現れと言えるかどうかを検討したい」
「はぁ……」
「確かに、ぼくはあの時、真渕のスカートの中を見てしまっていた。しかし、『偶然見られればラッキーだが、ドン引きするリスクを負いながら懇願してまで見るべきものではない』というのが一般的な男子高校生の姿勢だ。とるべきスタンスだ。あの時真渕のスカートは偶然めくりあがり、パンツは見られる状態にあった。だからぼくはそれを見た。その行動は、今言った一般的な男子高校生の姿勢にぴったり一致する! ゆえに、ぼくのパンツへの好意は平均的なものである。これが結論だ」
ここまで、特に矛盾はないはずだ。
霧ヶ峰さんから反論がなければ、この論理が通ったと考えていいだろう。
さぁ、どう出る霧ヶ峰カスミ。
「でも、白雪君は真渕さんに対していい感情は持っていませんよね?」
「まぁ、そうだけど」
「『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』と言います。つまり、真渕さんが履いているパンツに対して持つ好意は、他の一般女子のパンツに比べて低いものと言えるはずです。『真渕さん憎ければ真渕さんのパンツまで憎い』はずなんです。それでも、白雪君はそのパンツを見ていました。つまり、白雪君にとってパンツは真渕さんへの悪意を差し引いてでも価値あるものだったわけです。これは、白雪君がパンツに対して人よりも高い評価を下している結果であると言えるのではないでしょうか」
「くっ……」
まさか霧ヶ峰さんがここまで食い下がるとは思わなかった。
何が彼女にそこまでのことをさせるのかは分からない。
だが、ここまで来たからには引き下がるわけにはいかない。
「それは――」
さぁ、頭を働かせろ白雪忠。
ここからが本当の勝負だ。
「それは、『希少性の原理』で説明がつく」
「希少性の原理?」
「希少性の原理と言うのは、手に入りにくくなるとその機会がより貴重なものに思えてくる、というものだ。例えば、タイムセールで限定された時間だけ値段が安くなったりすると、その機会を逃すことを避けようとする倫理が働き、購買意欲が上昇することになる。閉店セールと銘打って商品を売り出すのも同じだ。例はほかにもある。寺の本尊を何年かに一度、期間限定で公開することってあるだろ? それがニュースで取り上げられたりすると、普段興味のない人も多く出向くことになる。そういう現象があることに意義はないだろ?」
「それはそうですけど」
「真渕のパンツにも同じことが言える。スカートがめくれてパンツが見える機会というのはなかなかない。つまり、真渕のパンツはあの時ほんの数秒間しか見ることが出来なかったものだ。そのため、希少性の原理が働き、見てみたいという気持ちをより増幅させることになったんだ」
霧ヶ峰さんは首をかしげる。
いまいち納得していないようだ。
「でも、タイムセールやご本尊公開とパンツはまた違う話なんじゃないでしょうか? 同列に語るのは無理があるような気がするんですが」
「同じ話だよ。なぜなら、本尊公開とパンツの露出は同じ『御開帳』という言葉で表現されることになる。つまり、ぼくのパンツに対するスタンスは平均的なものであることは言語学的見地から見ても明らかなのだ!」
決まった。
我ながらよい論証が出来たと思う。
「そういうわけだから、わかってくれたかな?」
「は、はい」
何に勝ったのかはよくわかないが、とにかく勝った。
心なしか、霧ヶ峰さんはドン引きしているようにも見えた。というか、何で嫌いな女子のパンツについて言い争わなければならなかったのだろうか。
さて、少しばかり話が別の方向へずれてしまっていた。
軌道修正を図る必要があるはずだが、とりあえず今日のところはこれで終わりにしておこう。聞くべきことは聞けたし、何よりも明日のための手配が必要だ。
「それじゃあ、今日はこれで帰らせてもらう。お邪魔して悪かったね」
「あ、いえ。お邪魔なんてこと、全然ありません。いつでもいらっしゃってください。我が家に帰るが如く! 隣ですけど! むしろ、隣だからこそ!」
「うん。ありがとう」
よく分からないが、歓迎はされているようだ。
「愛する妻の待つ家に帰るが如く!」
「う、うん?」
何やら不穏な言動を背に、ぼくは霧ヶ峰家の玄関に向かった。
玄関先で、見送りに来てくれた霧ヶ峰さんに言う。
「明日、校長室を調べてみようと思うんだ。土曜日だから休日になっちゃうけど、霧ヶ峰さんも一緒に来てみる?」
「いいんですか?」
「いいも何も、当事者でしょ?」
「いえ、私が申しあげたのはそういう意味ではなく。あの、貴重な休日を私のために使わせてしまうのは申し訳ないといいますか……。畏れ多いといいますか」
「家にいてもやることはないからね。長期休暇の時に無趣味の人間はつらいよね」
「それじゃあ、私も一緒に学校に行かせていただきます。あの、白雪君!」
「はい?」
「楽しみに、しています!」
調査に行くのであって、遊びに行くわけではない。
楽しみにする要素はないと思うのだけど、そこは気にしないでおこう。
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