第10話 隣家の完璧美少女が変態であるわけがない 4/4
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遡ること十数年。
この世界で初めて、超能力の存在が科学的に証明された。人知を超えた能力が、人間によって認識され、解明されてしまった。これまで半信半疑どころか、大分『疑』に傾いていた存在が突然現実のものと認識されるようになったのだ。その経緯については省略するが、それ以来、超能力を持つ者が次々と現れ始めた。
そして今、超能力者は、いつ目の前に現れても不思議ではない存在となっていた。ぼくが通うこの高校に超能力者がいても、全く不思議ではないのだ。
だから、目の前で起きている不可思議な光景――半裸の霧ヶ峰さんが教室の中で威風堂々と闊歩しているという事態も、理解不能というわけではない。
特にぼくは。
いや、ぼくの事なんてどうでもいい。
今は霧ヶ峰さんについてだ。
半裸女子についてだ。
改めて霧ヶ峰カスミについて考えてみる。
さすがに、愛すべきクラスメイト達も下着姿で女子生徒が教室を歩き回っていたら騒然とすることになるだろう。だが、この異常事態に対して誰も反応していない。もしかしたら、多少の違和感を持っている人間もいるのかもしれないが、霧ヶ峰さんに注目している者は――注目できている者はいないようだ。
つまりは、何かが起きているのだ。
異常を覆い隠す更なる異常。
それを説明することができるのは、やはり『超能力』しかない。
そこまで考えが至ったところで、ぼくはようやく席を立った。
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教室を出て向かう先は、学校備え付けの公衆電話だ。
この中央学校では、携帯電話の持ち込みは禁じられていないが、放課後まで使用が禁止されている。学校に来たら、電源を切った状態で担任教師が集め、放課後になったら返却をすることになっていた。だから、外部に連絡を取りたければ、絶滅危惧種たる公衆電話に頼るしかないのだ。
ぼくは緑色の公衆電話に、これまた絶滅危惧種であるテレホンカードを差し込んだ。そして、暗記している電話番号を押す。呼び出し音がろくにならない間に、相手方が電話に出た。
「やぁやぁ白雪君。久しぶりだね。私のことは覚えているかな? 覚えているよね? 覚えていてくれたから電話をかけて来てくれたんだよね? 超能力研究の第一人者、姉川聡子だよ。気軽に聡子ちゃんって呼んでね」
電話に出た相手は、快活にこう言ってのけた。
姉川聡子。そう親しくはないが、それなりに接点のある人間だ。科学者らしく、どこに行くにも、いつも白衣を身に着けている変わり者。だが、研究者としては相当優秀らしく、超能力研究所という民間組織の中でも、それなりの地位にいるらしい。年齢は三十歳くらいだったか。よく覚えていないが、見た目も精神も子供っぽい人だ。
「どうして何も言わない間にぼくからだって分かったんですか?」
「あー。デジタルが大嫌いな白雪君は知らないかもしれないけど、今の世の中にはナンバーディスプレイという便利な代物があるのさ!」
「それは知っています。ぼくだってスマホを持っていることは持っているんです」
「そのうちガラケーって使えなくなるからね。というか、もう使えなくなっちゃったんだっけ? それにしても、世の中はどう変わるか分からないものだよね。スマホが出たばかりのころは『こんな小さな携帯電話に複雑な機能を詰め込んだところで誰が使うんだ』って思ったものだけど、今やこれがスタンダードだもんね。むしろ、ガラケーが馬鹿にされるからね。まったく、ますます不便が許されない時代になっていくよ。ああ、それで、どうして君からの電話だと分かったのかってことだよね? 実は――ナンバーディスプレイに、公衆電話からの電話だって表示されていたんだ」
「いや、そこは別に溜めて言わなくてもいいところだと思いますけど」
「それで、今どき公衆電話から電話をかけてくる人なんて君くらいしかいないだろうって当たりを付けただけ。現代人は、大体スマホから連絡してくるからね。ところで、今日は何の用があって私に――あ、そうそう。私からも伝えておきたいことがあったんだ。忘れないうちに言っておくね。霧ヶ峰のことをよろしく頼むよ」
「やっぱり、姉川さんが仕組んでいたんですね」
「うん、そうだよ。ほら、君ってアレでしょ? 世界で最も役に立たない超能力(笑)の持ち主でしょ? あれって消えたりしてないよね」
「ええ、一応消えてはいませんけど」
「だよねー。だから、もしも霧ヶ峰に何かあったら、君に力になってほしいんだ」
ふざけた口調。
だけど、何故かどこまでも見透かされているような気がする。
この人は、昔からこうだった。
優秀で、聡明で、人の気持ちが分かる人だ。
ただ、優しさとか常識とかが欠けているだけなのだ。
ぼくは出来る限り嫌そうな声を作って答える。
「超能力者にはかかわりたくありません」
「そんなこと言っちゃって。しっかり霧ヶ峰のお腹に魅了されてたくせに」
「それ、霧ヶ峰さんから聞いたんですか?」
「相変わらず、論証癖が抜けないみたいだね。さて、そろそろ本題に入ろうか。君から電話をかけてくれたわけだけど、一体全体私にどんな用事があったのかな?」
「分かっているんでしょう? ぼくが姉川さんに連絡を取るといったら、超能力関係のことだけです。今回は、霧ヶ峰カスミについてです」
「もっと、プライベートな内容でもかけて来てくれていいんだよ。なにせ、私にプライベートなことを話してくれる人なんて一人もいないからね。まったく、どうしてだろうね?」
「心当たりが多すぎて何から答えればいいのか分かりません」
「だったら、後でまとめてメールで送ってくれ」
「アドレスを知らないので無理です」
「だったら、アドレスを教えるよ! というか、君のスマホのメアドを知っているから、そこに送り付けるよ」
「知らないアドレスからのメールは拒否する設定になっているんです」
「だったら、そのセキュリティーを突破してみせるよ」
「無理です。届いたメールを手動で削除するのがぼくのセキュリティーなので」
「何だよ、アナログかよ。というか、そこまでして私とプライベートの話をしたくないのか?」
「したくありません」
「即答された! しかも、断言された! ああ、なんてことだ。こうなったら、超能力者を動員して、君の脳みそをハッキングするしかないね。ま、冗談だけど」
「本当に冗談なんですよね?」
「まぁ、本気を出せば不可能ではないと思うよ。そういう超能力者に協力してもらって、後は電気ショックで記憶を消したりしてトライ&エラーを続ければ。他人の脳を改造することも出来るんじゃないかな? 新手の洗脳みたいなものだと思ってくれればいいよ。冗談だけどね」
冗談に聞こえないのが怖い。というより、技術的なことだけであれば、本当に可能なのだろう。この人は、技術面での嘘は滅多につかない。だから、恐ろしいのだ。
「それに、君には通用しないでしょ?」
「そうですね」
「さて、それじゃあ、話を霧ヶ峰についてのことに戻すよ。予想はついているだろうが、彼女――霧ヶ峰カスミちゃんは以前、我らが『超能力研究所』に協力してくれていた子だ。というか、今も協力してくれている。研究所の中で暮らしていたんだけど、今はどこか別の場所で一人暮らしをしているはずだよ。そして、ここからが最も重要なことなんだけどね――」
「……はい」
「彼女は、今でも私と個人的に連絡を取ってくれているんだ。私の数少ないメル友だ。そして、ズッ友だ」
「ズットモ?」
「ずっと友達って意味の言葉さ」
いつの時代の言葉なのかはさておき、これは厄介なことになった。
霧ヶ峰さんは、姉川さんとつながりを持ち続けているらしい。超能力者というただでさえ厄介な存在が、その厄介さを助長することを生きがいとするような生物と接触してしまっていたのだ。
「君のことだからうまくやり過ごしていることとは思うけど、一応言っておく。彼女は今、自分が超能力者であることを隠して生活しているんだ。だから、その超能力に君が気づいたことを内緒にしておいてほしいんだ」
「それは、まぁ、構いませんけど」
むしろ、このタイミングで気付いていると伝えることは出来ないだろう。
半裸姿を見て見ぬふりをしていたことを告げることになる。
「それで、霧ヶ峰さんのは、どういう超能力なんですか?」
「それは見てのお楽しみだよ。おっと、君には見ることが出来ないんだったね。だったら、観察して推理してみるといい。というか、君ならすでに予想はついているんじゃないかい? 君は『観察眼』が鋭いからね」
「まぁ、ある程度は」
実際、霧ヶ峰さんの超能力の内容については、だいぶ想像がついている。
だから、一応姉川さんに聞いて確認しておきたかったのだ。まぁ、教えてくれないならくれないで、特に支障はない。
「んじゃ、後よろしくね」
その言葉と共に、姉川さんは電話を切った。
こちらからかけたのに、あちらの言いたいことだけ言って切ってしまった。それでいて、こちらが知りたい情報は、尋ねてもいないのに教えてくれた。
全く、これだから天才という奴は。
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