第9話 隣家の完璧美少女が変態であるわけがない 3/4

     3


 さて、フラグという言葉をご存じだろうか。


 パターン化された展開の冒頭部分。様式美。なかなか定義しにくい単語ではあるが、それがどのようなものであるかは肌感覚で分かってもらえると思う。


 登場人物が「やったか!」と言ったら、ほぼ確実に敵は生存している。「この戦争が終わったら結婚する」と発言したキャラクターは死亡する。ハルという言葉が入ったAIは人間に反旗を翻す。


 これがフラグというものだ。


 そして、今から思えば、今朝の面談こそが、フラグだったのかもしれない。

 あるいは清楚すぎる霧ヶ峰さんの振る舞いがそのフラグだったのかもしれない。

 そう考えてしまうような事態が、目の前で繰り広げられていた。


 場所は昼休みの教室。

 ぼくはいつもと同じように、昼食を一人で取っていた。残念ながら、ぼくは一緒に食べるほど仲の良い友達を作れるようなコミュニケーション能力を持ち合わせていない。現時点で、それで困るようなことはないから問題はない。


 異変が起きたのは、ぼくが弁当を食べ終えようとした頃だった。


 教室の外にいた霧ヶ峰さんが、ドアを開けて戻ってきたのだ。それだけならごく普通の出来事だ。自分のクラスに戻ってくるのは特筆すべき行動でも何でもない。だが、今日の彼女にはいつもと違うところがあった。


 看過しがたい違い。

 それは、霧ヶ峰さんの服装についてのものだった。


 


 いや、全裸というわけではない。下着は着ている。だが、制服やワイシャツを着用せず、肌色の部分が大胆に晒されてしまっている。空白補完効果なんて関係ない。そもそも、空白を作り出す衣服を彼女は着用していなかったのだから。


 彼女は教室のドアを開け、教室の中に入って来た。ああ、驚いたさ。誰だってそうだろう。清楚なイメージの女子生徒が痴女のような行動をとったんだ。だけど、ぼくにはまだギリギリのところで冷静さを保ち続けていた。


 一体、彼女に何があったというのだろうか。考えられるとすれば、誰かに嫌がらせをされて服を取られてしまったか、それともまともな判断能力を失ってしまったのか。


 いずれにせよ、騒ぎになることは確実。

 女子生徒は困惑するだろう。

 男子生徒は困惑しながらも歓喜の声を上げるかもしれない。


 だが――。

 彼女の奇行を気にしている生徒はいなかった。

 誰一人として霧ヶ峰さんに気付いていなかった。


 霧ヶ峰さんの姿に。

 霧ヶ峰さんの奇行に。

 誰も気づいていないのだ。


 ぼくを除いては。

 そう、ぼくだけは、彼女の奇行に気づけていた。


 その原因には心当たりがある。

 それを検討するために、ぼくは至近距離にある彼女のを――じゃなかった。霧ヶ峰さんの様子を観察することにした。


 下着の色は上下ともに白。デザインは、ちょっとしたレースが付いている程度。シンプルで健康的なものであり、清楚なイメージの霧ヶ峰さんに相応しいものと言えるだろう。


 その下着が包み込んでいるのは、霧ヶ峰さんの肉付きのいい肉体だ。この状況に興奮しているのか、真っ白な肌がやや赤く気色ばんでいる。


 高校生にしては豊かな胸は、歩くたびに揺れ動き、ぼくの視線はそこに縛り付けられた。もしかしたら、縦横無尽のこの動きこそが『』の語源なのかもしれないとさえ思えた。


 腰については、特に引き締まっているわけではない。だが、そこに生き物としての色気を感じる。引き締まった体は芸術として美しいのかもしれないが、色気と言う点では適度な脂肪がついた体つきに劣るというのがぼくの持論だ。その観点からすれば、霧ヶ峰さんの肉体はパーフェクトというほかなかった。


 なお、ここまで露出が高い格好ではあるが、上履きと靴下は穿いたままだ。木目張りの教室の床は、やはり裸足で歩くのに抵抗があるのだろう。


 さて、ではこれらの情報から推論を行おう。


 ……うん、特に何もないな。

 強いて言うなら『眼福でした』といったところだろうか。


 続いて、霧ヶ峰さんの行動から考えてみることにする。

 現在、霧ヶ峰さんは下着姿のまま教室を練り歩き、ぼくの席に近づいてきていた。人にぶつからないようにしながら、慎重に移動している。興奮しているのか、肌は赤く気色ばんでいる。そして、ぼくの席の前に来ると、恥ずかし気にポーズをとった。


 

 姿調


 そのほかにも、様々なポーズをぼくの前で決めていた。

 少しでも接点のあるぼくの周りにいたほうが興奮するとでもいうのだろうか。


 ぼくは、それを見て見ぬふりをする。正確に言えば、見えてはいるものの、それに気づいていないふり。大胆な軌道を動き揺れる胸や目の前で動かされる尻を視界に収めてはいるものの、騒いだりはしない。


 これで確信した。

 霧ヶ峰カスミには特殊な事情がある。

 それは、彼女が特殊な性癖を持っているというだけの話ではない。

 そういう側面も十分にあるのだろうし、それについてはいずれ避けては通れなくなるのだろうが。


 とにかく、この事態を説明するには、もう一つ――。

 とある『』を追加する必要がある。

 半裸で動き回っても注目されない状況。

 それを作り出すことが出来る能力。

 普通の人間にはどうあがいても出来ない人知を超えた力。


 そう――。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る