第3話 空白補完効果と生足の関係 1/4
1
それから二日間、白雪家と霧ヶ峰家の間には、特にこれといった接触はなかった。
両親も「会ったら挨拶しておこう」とは言っていたものの、遭遇することはなかったようだ。
だが、三日目に事態は動くことになる。
その日は、ゴールデンウィークにしては珍しく大雨が降っていた。
アパート4階の通路にも雨が吹き込んでいる。そんな通路に、霧ヶ峰さんの姿があった。
彼女は、自分の部屋の前でしゃがみ込んでいた。
この前のお嬢様風ワンピースではなく、茶色のダッフルコートを着ている。
下はショートパンツを穿いており、そこから飛び出た色白の脚線が妙な存在感を放っていた。
その足は、寒さからか微かに震えている。
背中から吹き込む雨が降りかかっており、すでに全身がずぶぬれになっていた。
彼女の横には、歩いて二十分程度の場所にあるスーパーの袋が置かれていた。
中には、食材や菓子類が大量に入っている。
買い物に出かけたら、帰り道で雨に降られてしまったのだろう。
霧ヶ峰さんは、カバンを開けて中身を漁っていた。
何かを探している様子だ。
まぁ、家の中に入っていない時点で予想はついたけれど。
「あの、霧ヶ峰さん、大丈夫ですか?」
「ああ、どうも。鍵をなくしてしまいまして。多分、どこかにあるとは思うんですけど」
「そうですか」
「私は大丈夫ですので。ご心配おかけしてすみません……」
ぺこりと頭を下げる霧ヶ峰さん。
これ以上口出しするようなことでもないので、ぼくはその後ろを通って、自分の家の鍵を開けた。
雨に濡れた上着を脱いで、玄関先で水滴を落とす。
靴を脱ぎ、玄関に上がる前に靴下も脱ぐ。
部屋の中を濡らすわけにはいかない。
自分の部屋まで行くと、カバンを下ろし、部屋着に着替えた。
2
人心地つくと、ふと霧ヶ峰さんのことが気になった。
外は未だに雨風は強いままで、低い風音がとめどなく聞こえていた。
「一応、様子を見ておくか……」
玄関に行き、ドアを少しだけ開けて隣の部屋の方を見る。
そこには、予想通りと言うか、悪い想像通りと言うか――。
未だに霧ヶ峰さんの姿があった。
「霧ヶ峰さん、見つかりませんか?」
「……見つかりません。こうなってしまっては、仕方がありません。あの、白雪さん。申し訳ありませんが、電話を貸してもらえないでしょうか?」
「スマホは持っていないんですか?」
「あいにく、家の中に置いてきてしまいまして」
「分かりました。それじゃあ……。とりあえず、こっちに来てください」
霧ヶ峰さんを、玄関の中に招き入れる。
さすがに、雨が吹き込む通路で電話を掛けさせるわけにはいかない。
人道的にもどうかと思うし、スマホを雨で濡れさせたくはない。
「これ使ってください」
ぼくは持っていたスマホのロックを解除して、霧ヶ峰さんに渡す。
霧ヶ峰さんは、少し驚いたような表情を浮かべながらそれを受け取った。
おそらく、個人情報の塊ともいえるスマホをあっさり渡されたのが意外だったのだろう。
単に隠したい情報を入れるほどまだ使いこなせていないだけなのだが。
「管理会社の連絡先とか分かりますか?」
「管理会社? ああ、そうですね。こういう時、普通は管理会社に連絡するものですよね。あの、でも、ちょっと、私は別のところに連絡させてもらいますので」
そういって、霧ヶ峰さんはスマホをいじり始める。
暗記しているらしい番号を口にしながら、その入力を始めた。
それを見ていたぼくは霧ヶ峰さんから離れる。
すぐ近くにいると盗み聞きをしているようで、居心地が悪いのだ。
霧ヶ峰さんは霧ヶ峰さんで、あまりぼくに聞かせたくないのか、小声で電話をしていた。
管理会社でないとしたら、両親あたりにでもかけているのだろうか。
そういえば、この人の年齢とか素性とかを全く知らない。
霧ヶ峰さんの電話は、一分もかからずに終了した。
「あの、ありがとうございました」
返却されたスマホを、ポケットにしまう。
「それで、大丈夫そうですか?」
「はい、これから来てくれるそうで。それでですね、白雪さん。大変申し訳ないのですが――」
「はい?」
霧ヶ峰さんは、内またにしながら羞恥の混じった顔をこちらに向ける。
目が少しうるんでおり、整った顔立ちと相まって色気を感じさせる。
ぼくが一体どうしたのかと訝しんでいると――。
「トイレを貸していただけないでしょうか?」
うん、寒いからね。
これは仕方がない。
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