第28話 貴方のことが大好きよ 3/3

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 教室に戻ると、霧ヶ峰さんは自分の机に座っていた。

 その正面には、数人の生徒が集まっている。

 彼らは一様に深刻そうな表情を浮かべていた。


「霧ヶ峰さん。一つだけ聞かせてくれ」

「はい、何でしょう?」


 教室を沈黙が支配する。

 いろいろと誤解が解けた直後の会話だ。

 疑ったことへの謝罪か、それとも野次馬根性に基づいた質問か。

 視線こそ向けないものの、生徒たちの神経はそちらに集まっていた。

 そんな中、男子生徒は言葉を告げる。


「霧ヶ峰さんがあの時、真渕の椅子を引っ張ったのか?」

「……はい」


 霧ヶ峰さんは少し躊躇いながらも認めた。

 あの件については、もはや言い逃れは出来ないだろう。


 だけど、それで霧ヶ峰さんが責められるようなことになったら、ぼくが介入する。

 全力で介入し、彼女の正当性を主張してやる。


「それじゃあ、あの――」


 男子生徒は意を決したように尋ねる。


「こういったことを聞くのも良くないとは思う。でも、どうしても気になるから教えてほしい!」

「……はい」

?」

「……はい?」


 霧ヶ峰さんは、何を言われたのか理解できなかったようだ。


 だが、ぼくはその言葉の意味を瞬時に理解してしまっていた。これは、あの時ぼくが適当に言ってしまった言葉が原因だ。つまり『透明人間が悪事を働くときはマッパである』というぼくの主張が、まだクラスの中に残り続けていたのだ。


 霧ヶ峰さんもそれに気づいたのか、ぼくのほうを見た。

 だが、ここは自分の力で何とかしてもらおう。


「あの、私の能力は『認識阻害』というものでして――」


 霧ヶ峰さんは、自分の能力について説明をした。


 何が出来て、何が出来ないのか。

 能力を制御するために、とある研究所にいたこと。

 うっかり能力を発動させたら大変だから、登校時は車で送ってもらっていること。

 能力で迷惑をかけるつもりはないこと。


 話せる限りのことをしっかり説明していた。

 そして最後に、実際に能力を使ってみることになった。

 霧ヶ峰さんは立ち上がり――。


「それでは、私に注目していてください。3、2、1――」


 そういうと同時に、能力を使用した。

 とはいっても、ぼくには彼女が能力を使用した瞬間が分からない。ただ、周りの人たちが一気に感嘆の声を上げたことからそう判断しただけだ。


 だから、ぼくも周りに倣って霧ヶ峰さんを認識できないふりをしていた。

 見えているけど、気づかないふり。


 それを続けていると、霧ヶ峰さんはぼくのほうを見た。

 そして、悪戯そうな笑みを浮かべて立ち上がり、ぼくの正面まで移動してきた。


 彼女はぼくの目を見ながら告げる。


「白雪君、今回のこと、これまでのこと、全部ありがとうございました。すべて白雪君のおかげです。だから、あの――


 その言葉に添えるように。

 ぼくの頬に軽いキスをした。


 この行為に対し、ぼくがつい反応してしまったことを誰が責められるだろうか。

 

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