11

 どんなものにもレジスタンスはある。HEAVENに対しても同様だった。

 レジスタンスはHEAVENをアヘン窟と断じた。そこに囚われた民衆を解放し、現実リアルに戻すことを目的とした。電脳ユートピアに対する国際テロ組織──それが〈Wake up!〉だ。サイバー攻撃でHEAVENを攪乱する。そこに棲む人格が見る幻想を破り、真実を見せる。

 諸君は騙されているのだ、と。

 欧州で一つ、南米で一つ、HEAVEN が一時的な稼働停止に陥った。〈Wake up!〉の攻撃により仮想世界の住民の一部が覚醒し、システムダウンしたのだ。覚醒した人格は例外なくパニックに襲われる。人格にとってみれば、いきなり別世界げんじつへ連れ出されるのだから。

 人格たちは、応急の凍結処置を受け、意識を仮死状態にされた。システムの再稼働を待ち、不快な体験を上書き修正されたうえで、安寧な仮想へ戻されたのだ。


 暗闇の通路に並ぶオフィスの一つに明かりが点いた。両開きドアがスライドして開く。  

 車椅子に乗る小柄な男がそこに居た。

 赤いベースボールキャップにウォッシュアウトのデニムジャケット。肩までの長髪は黒金のメッシュ。メッシュがかぶさる奥から、くらい目がこちらを見つめる。

 少年……16、7歳だろう。

「ようこそ、ゼロ課の公務員サン」高い声がそう言った。

 苦笑する。公務員はどこにも在籍しない。亡霊のごとき存在なのだ。

景宮かげみや しゅう。オレの後輩だ」才藤が紹介する。

「予定どおりの人だね。紺のスーツか。通勤スタイルで戦争しに来たんだね」

「これが戦闘服なのさ。そういう仕様でね」

「中へどうぞ。コーヒーを飲もう。おっと、ボクはコクマー。申し遅れた」

 コクマーとは、ユダヤ教を源流とする神秘主義で〈知恵〉を意味する。〈Wake up!〉のリーダーが名乗るハンドルネームだ。リーダーじきじきお出迎えか。

 コクマーは電動車椅子をターンしてオフィスの中へ進む。シュウと才藤は後に続いた。

 パーテーションの先にはデスクが並び、数台のコンピュータを前に5人が作業していた。10代半ばから20代前半の、男4人と女1人。興味なさげな一瞥をくれるだけで、作業が途切れることはない。

 奥のテーブルまで走らせ、コクマーは車椅子を止めた。

「旨いコーヒーを淹れてやるよ」才藤はドリップマシンの所へ行った。

 テーブルを挟み、シュウはコクマーに対座した。

「テロ組織の制圧に来たのに、コーヒーを振る舞われるとは思わなかった」

「ボクを殺しても意味はない。我らがネットワークは世界を覆っているんだ。すぐに誰かが次のコクマーを名乗るさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る