幸福教団〈Boosted Man file.02〉

安西一夜

01 配信者

 大阪──曽根崎──深夜。酒場通りを繋ぐ路地に街灯はない。片側に工事途中で放棄されたビルの形骸がそびえる。

 光の届かない裏道を行く人影がある。和服の女性だ。黒地にモノトーンの紅葉が散る。店を終えたホステスの風情だ。

 近頃物騒な界隈を、場に似合わぬ和装が行く。足取りは凛として急がない。出没する連続殺人者にとって、若く美しい女性が見過ごせない獲物であることは確実なのに。

 夜の底を草履は滑るように進む。濡羽色ぬればいろのシニヨン。仄かな光を集める白いうなじは薫るようだ。

 前方。ゴミ箱の陰に浮浪者が寝ている。殺人者を怖れないのか、自分は対象外と信じているのか、あるいはいっそ殺してほしいのか。無防備にボロにくるまり躰を丸めている。

 気にもせず間合いを取ることもせず、通り過ぎようとした足首に、ボロからすばやく手が伸びた。が、それは空をつかむ。軽やかなステップで女性はかわし、対峙していた。

 ボロが持ち上がり、中の暗がりから双眸が赤く光る。赤外線カメラを装備した電子眼だ。立ち上がった浮浪者は首の後ろをボリボリ掻いた。垢にまみれた顔に笑みが浮く。

「きったね~な。臭ぇし」女性は瓜実顔を嫌悪に歪める。

 これが連続殺人者の正体…… うんざりした。浮浪者だったとは。いつまでも挙げられないワケだ。しかも。獲物を前にして、赤外線電子眼は有料ライブの配信を開始したようだ。

 ちまたでは奇怪な裏稼業が流行はやっている。エログロ映像のナマ配信だ。そんなモノはとうの昔からあるが、直近モノは、レイプ──殺人──解体と、犠牲者が肉片と化すまでやる徹底ぶりだ。世も末の様相を呈している。世も末の映像にはとんでもない高値が付く。マニアにとって垂涎すいぜんのオタカラなのだ。

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