19 礼拝堂


     *


 幸福教団本部から500メートルほどの距離にある、下水処理センター跡の地階。

 メンテナンス通路を進むと、提供された情報どおり、地震に穿たれた亀裂があった。躰を滑り込ませる。亀裂の先を、人ひとりが通れる幅に掘削してある。数メートル続き、やがて教団施設へ続く排水路に出た。

 30分後、点検孔から教団内部の機械室に侵入したシュウは、定時に巡回する作業員を待った。

 ここまでは順調すぎるほどだ。コクマーのおかげで施設の内部を把握できている。

 やがて作業員が通路の先から姿を見せた。

 腰のポーチから麻酔針を取り出す。

 背後から影のように忍び寄り、首筋に超小型シリンジの針を射つ。男はぐにゃりとその場に崩れた。

 男の作業服を奪って着替える。作業帽は目深にかぶる。

 移動を開始した。目指すはHEAVENシステム管制室だ。

 HEAVENの裏スロット──HELLに送りこまれた住民が、悪夢という虐待を受けている。その証拠を掴むのだ。ロードされる悪夢プログラム、もしくは被虐待者の反応脳波パターン。

 通路に設けられたゲートは、作業員のIDカードで通過した。だが、高度セキュリティ・エリアへ進むには、上位階級者のIDが必要だ。

 作業用通路から礼拝堂へ出た。ここは地下1階にあたる。地上3階まで吹き抜けになり、遥かな高みにアーチ天井がある。

 正面に広大なステージ。その中央奥に、巨大な天使像が二体向き合って立つ。純白のローブをまとった身の丈10メートルもある天使たちだ。互いに手を差し伸べ、うっとり上方を見つめている。

 天使たちの視線が交わる処には、渦巻を象ったような教団の象徴が輝いていた。渦状星雲を思わせるは、の神だ。

 教団パンフレットの表紙を飾るシーンが、いま目の前にある。

 礼拝堂は、ステージを扇のかなめにして拡がる。座席数は1000を超える。

 礼拝日には、神を求める人々が、無法地帯の下を専用地下鉄でやって来る。これらの座席をすべて埋め、切なる願いを神に託すのだ。

 いま堂内には静寂がり、予備灯の淡い光が充ちている。

 堂を横断する中央通路を進む。

「おい、47番」呼ぶ声がした。

 作業員の制服には、前後ろに数字が振ってある。作業員番号だ。 

 タキシードに似た白い聖服に身を包み、フードをかぶった長身の青年が、縦通路をこちらへ来る。

 フードを背に払い、ツルリとしたやさしい面立ちが現れた。

 ──結城ゆうき助祭。幸福教団本部のナンバー2だ。

「助祭サマ」かるく俯いて、胸の前で掌を合わせた。上位者に対する礼節だ。

「キミ、こんな所で何をしている」助祭は不審げに訊く。

「はい。資材庫へ向かうところです。近道させていただいて」

「先ほど依頼した修理は後回しか?」

「すみません、急な呼び出しがありまして。この後すぐに対応します」

 ククク。助祭は笑いだした。

「引っかかったな、ネズミめ。用など頼んでおらんわ。妨害ノイズがやけに高いと思っていたが、やはり精神サイコテロ連中の陽動か」

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