12

 コーヒーカップが三つテーブルに置かれた。

 懐かしい味だ。酸味が薄く苦味が濃い。バリアラビカ。才藤の好きな豆だ。

 一年前、〈Wake up !〉の捜査に入った才藤は消息を絶った。

 10日前、ゼロ課のシークレット・アカウントに匿名情報が届く。旧銀座──この地点の座標だ。他には何も無し。送信者のアカウントには、w、a、k、e、u、pの文字が分散していた。

 才藤のニオイがした。

 交渉ね、とチーフの公方は言った──

 コクマーはククッと笑う。「景宮サンは大物だね。これ見よがしに地獄通りを歩いて来た。話し合いの余地あり、ってことだよね」

「招かれた理由が知りたい」シュウは相手の瞳を見据えた。

「幸福教団とHEAVENを壊滅する。協力してほしい」

 笑いだしそうになる。「誰に言ってる? 敵に寝返って政府が支援する団体を攻撃しろと?」

 HEAVENシステムは賛同する各国に提供され、当該国の宗教団体が運営する。その背景には世界宗教連盟の存在がある。

 末端では互いに異教と罵り合い、争いに発展しても、中枢たる連盟は台風の目のごとく無風だ。宗教連盟は、現在いま、教義の違いを超えて共通の目的を目指している。すなわち──人類の救済。救済により神を証明するために。

 賛同国に輸出されたHEAVENシステムは、国家のバックアップを受ける。HEAVENに弓を引くことは、国家に反逆することだ。その反逆を国家の職員エージェントそそのかすとは、何ともお笑いじゃないか──

「ゼロ課は一枚岩じゃない。特に公方女史は教団に懐疑的だ」コクマーは訳知り顔で言う。

「お見通しってわけか。さすがの情報網だな」

「この国の政治は日和見で、いつも大勢に迎合するが、いにしえの流れを汲む〈奥の院〉はHEAVENを支持していない」

 ギョーカイ隠語を知ってやがる。

 とぼけて訊いてみる。「奥の院、とは?」

「言わせるのかい? 政治的に無色のはずの皇室系。そして、この国の背骨バックボーンたる財界の一部さ。ゼロ課を実質仕切る公方女史は、遡れば、やんごとなき血筋だ。直近では、マンモス企業ECHIGOYAの娘も、ゼロ課でパート勤務をしているようだね」

 シュウは苦虫を噛む。

 あの、バカ娘。

 関東へ発つ直前、新都庁のオフィスに顔を出すと、ECHIGOYAのご令嬢が居た。──鷹峰 凪沙なぎさ

「ヤッホー」シュウに手を振る。「アタシ、ここでパートするの。社会コーケンってやつかな」

 専有したデスクには、可愛らしい女の子グッズが溢れていた。

 めまいがした。公方も浮かぬ顔だ。ECHIGOYAの娘の求職なら断れない。国家の大スポンサーであり、ゼロ課最大の後援企業なのだ。

 姫、お止めください、と爺やにでも出てきてほしいところだ。

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