29

「世界を維持するには、統率者と犠牲者が要る。は尊い犠牲者になることを選んだ。宗教とは、尊い犠牲者を制御するためのコマンドだ」

「兵隊が聞いてるぜ。いいのか?」

「使徒兵の頭は空っぽだよ。人格は抽出されてHEAVENの中だ。空き家になった脳には、代わりにAIが埋め込まれている」

 シュウは愕然と司教の言葉を受けとめた。

「人格が……意識が、いずれ帰るための大切な躰じゃないのか?」

「HEAVEN に仮移住後、早い段階で覚醒させ一度戻す。そして、現実ここに帰りたいかを問う。誰もがNOと答える。使徒はみな生前献体をして、正式にHEAVEN の住民になるのだ。永遠とわと引き換えに、脱け殻の肉体を教団に捧げる。契約書にサインもある。合法だよ」

「HELLの住民には、帰りたいか問わないのか? 不公平だろ」

「HELLの住民はHEAVEN を照らす燃料だ。生け贄だよ。生け贄に選択肢はない。世界とは不公平なものだ」

 不公平を公平に戻そうとして、いつも戦いが起こる──

「そうやって奪った躰を、ロボットに仕立てるわけか」

「寿命が尽きれば腐るだけの躰だ。その前にの役に立つべきだろう。使徒兵に迷いはない。銀座通りで少年使徒兵二名が自爆した。教団に近づく、水準以上の不審者を排除するようにプログラムしてあった。あれはオマエを標的にしたようだな」

「オレの注意を引くために、子供たちに解剖ショーをらせたのか──」

「まあ待て」怒りで加速状態に移行しようとしたシュウを、司教は制す。「話は最後まで聞け。いずれオマエの躰はワタシが使うのだから」

「何だと?」

「250年後、世界はブラックホールに呑まれる。HEAVEN を宇宙船はこぶねに積んで逃げるのもいいが、ブラックホールの中に入って行けるとしたら、どうだ? 新世界へ行けるとしたら」

「気は確かか?」

「ブラックホールは事象の地平線だ。そのむこうは物理法則が成立しない。だが、こちらも物理法則の呪縛から解き放たれれば、

「それは、バチカンの仮説なのか?」

 バチカンの内奥には、教皇庁科学アカデミーという組織がある。設立は1603年。天文台をもち、最先端の宇宙論が研究される。科学で神と出逢おうとしているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る