07

「何をしてるって?」メスを手にした使は眉を上げて反応した。「幸福を産むために不幸を作っているんだ」

 ──どういう意味だ? 

「不幸は幸福の燃料なんだ。不幸が無くなってしまったら、幸福という火が消えてしまうじゃないか」

 確信の物言いに茫然とする。

 まったく否定できるわけでもない。病苦のさなかに居る時、人はこう思う。この苦痛さえ取り除けたら、どんなに幸せだろう。それが叶うなら、他に何ものぞまない──と。病苦が去った時、人は幸福を嚙みしめる。ただ、その高揚が長く続くことはない。病苦の無い日々は、あたりまえのレベルに堕ちてしまうのだ。胸の奥では、既に、他にのぞむもの──このレベルから彼をもっと幸せにしてくれるもの──が頭をもたげ始めている。

 まして病苦に縁がなければ、も知ることはない。

 カタチを明確に持つ不幸に対して、幸福にはカタチが無い。幸福とはプラスになることではなく、マイナスをゼロに近づけることなのか。

 ──少年たちの語る論理迷宮に巻き込まれかける。

 幸福教団の教義には目を通したが、そのような教理の記述は当然無かった。おそらくは、使徒など上級信者のみに授けられる奥義なのだろう。

「聖書にも書いてあるでしょう。イケニエのこと」

 信心の証明には生命いのちの犠牲が要る──と言っているのか? それとも、幸福の原資として不幸を差し出している──とでも。

「神の国を創るためにイケニエが要るんだよ」解剖を受ける少年が息絶えだえに言う。「アナタは、に敵対する人ですね」血の気の失せた唇には法悦が浮いている。

 シンクロしたように、少年二人は満面の笑みをつくる。加虐者と被虐者の声が合わさり美しいハーモニーとなる──

「ボクたちは、神をまもるために、ここに居る」

 言葉が終わる直前、シュウは最高レベルの加速ブーストをかけ、来たルートを退避していた。

 少年使徒たちの輪郭から光が溢れる。

 凄まじい爆発音が轟いた。瓦礫、店内にあるダンベル等、みな散弾と化して周囲を粉砕する。

 建物の支柱が損壊して、落ちてきた上階にスポーツ店はし潰された。

 

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