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 ふた月にわたる軟禁の後、シュウは解放された。

 帰阪した足で新都庁のオフィスに出向く。

 奥のデスクで公方くぼう 未有みうチーフが迎えた。特別な場合を除き、他のエージェントと同室することはない。入れ替わりの入室で接触を避け、互いの秘密保持に徹している。

「殺されずに帰って来ました」本音を言う。「手を回してくれたんですね。でなけりゃ、今頃だ」

 公方くぼうは穏やかに微笑む。ピンクルージュが艶っぽい。

「〈Wake up!〉が、アナタと飛嶋司教のやり取りを記録していたの。気づかなかったでしょうけど」デスクに肘をついて指を組み、そこに顎を載せた。「才藤は最後まで迷ったのね。でも、直前に知らせてコクマーたちを逃がした。〈Wake up!〉のメンバーは全員無事。で、才藤は死んだ後も、ナノマシンに活動停止まで仕事をさせた。視覚と聴覚が拾う情報を、ナノ通信で発信し続けた。その信号をECHIGOYAの通信衛星が捕捉して、〈Wake up!〉経由で奥の院へ届けた」

「ECHIGOYAが間に……」

「ワタシも知らなかった。ECHIGOYAが通信衛星を無償提供していたなんて。〈Wake up!〉が強いはずだわ。最後は、おカネの力ね」

「それがで、オレは生きてるわけだ」

「HEAVEN凍結と引き換えにHELL情報は封印。これがギリギリの取引だった」赤いアンダーリムごしに、切れ長の目が憂いを帯びる。「未来への希望が一つ消えちゃったね」

「HEAVENを運営していた連中には、HELLは必要悪でしかなかったのですね」

「極端な縮図だね。搾取する側とされる側。上の連中にしてみれば、下々が不幸であろうが、生かされてるだけありがたく思え、ってとこかな」

「……未有みうサン、神サマが居たとして、神サマもそう考えていると思いますか。生かされてるだけありがたく思え、って」

 問われた上司は、僅かなのぞみも振り払うように応える。「そんな事さえ考えていないと思うよ。人類にんげんなんて、きっと、神サマの眼中に無いのよ」

 ああ、そうなのか。シュウは妙に納得した。

 

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