03 廃都

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 東に京などない──

 未曽有の房総大地震で東京が壊滅したのち、ネット番組で、ある京都人がそう語った。

 生粋の京都人は、洛の域外に住む人々をと呼び区別することがある。

 関東に築かれた都は偽りだった──かつてに都を奪われた怨念を晴らすかのごとく、彼のコメントは過激さを帯びていた。

 発言の主は、洛中に代々続く老舗和菓子屋の当主だ。京都愛ゆえだろうが、この発言は問題になり、後日、謝罪に追い込まれた。

 大震災後、行政府は大阪に移り皇室は京都にかえった。京都人はそれで良しとした。国の象徴さえ戻れば良い。ゴミゴミした雑事など他所よそでやればいい事だ、と。

 ──廃都。

 崩れ果てた都市が視界いっぱいに拡がる。荒廃した前首都は現在いま、関東ジャングルと呼ばれる。密林と猛獣ではなく、瓦礫とならず者のジャングルだ。

 横倒しで銀座通りを塞いだビルは放置されたまま。人口減少が追い討ちをかけ、被災地帯の復興は断念された。

 前都心から千葉にかけての一帯は〈非管理区域〉に指定されている。都合のいい名称だ。治安維持の手がまわらず、〈立ち入った場合の責任は持ちません〉ということだ。  

 ブラックホールが太陽系に到達するまでの猶予は250年。自らの人生の後で起きる惨事とはいえ、未来を閉ざされた人類は識閾下で自棄やけになっている。遺伝子に書き込まれた最優先コマンドである〈継続〉を否定されたからだ。コマンドに反するストレス圧は感情を暴走させる。無差別の暴力や殺人の件数は、世界的に異様な増加を見せていた。

 関東の廃墟に拡がる広大な非管理区域は、そんな暴走エネルギーを逃がすための安全弁だ。

 人をりたきゃ、ここで勝手にり合え──言外に込められた意味を感じ取り、生存継承の挫折で暴発寸前の猛者たちがこの地に集まる。好戦的な、武術に長けたり躰に凶器を仕込んだ者たちだ。遠隔攻撃に徹し頭脳だけで戦う偏執狂パラノイアも居る。

 未来をくした人間たちが、生の実感を確かめるために殺し合う──バトルロイヤルのリング。それが非管理区域だ。弱肉強食の聖地となり、ジャングルと呼ばれるに至った、東京の成れの果てだった。

 非管理区域の設定は、結果として他地域の治安を改善した。政府の施策は思惑どおりに展開したのだ──


 トレンチコートの裾が翻る。陽は翳り木枯らしが吹きつける。大通りに人の影は無い。だが、シュウは気づいている。残骸の死角や壊れた店舗の奥から、複数の目が追っていることに。

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