10 目覚めよ!

 突如出現したブラックホールは、250年後に太陽系を呑み込むと予測されている。

 世界が消え去る事実と、それまでの250年という猶予は、人類を大きく三つのタイプに分けた。黙殺。自棄。絶望。

 黙殺──自分が死んだのちの未来を考えても意味がない。目を瞑り、これまでどおりの日常を生きる。若者にとって死が他人事であるように。

 自棄──何を為そうと未来にのこせない。不条理な運命めぐりあわせに怒り、破壊や暴力で鬱屈を排出する。関東ジャングルでバトルロイヤルを繰り広げる輩だ。

 絶望──無に呑まれる子孫の、悲劇的な終末を嘆く。気力をくし鬱に落ち、手当たり次第に頼るモノを探す。あげく自死へ逃れる。

 黙殺6:自棄1:絶望3──人類はそのような比率に分かれた。

 鬱に取り込まれた3割の絶望者たちに、慈愛の手を差し伸べたのが幸福教団だった。

 小規模だった教団は絶望を食べながら増殖する。そして、HEAVENプロジェクトの公開により世界の耳目を集めた。

 HEAVENと称する仮想電子世界──もう一つの現実が、幸福教団日本総本部に構築されたのだ。

 入信して人格転移を受ければ、その人格はHEVENの仮想世界に生きることができる。モノトーンな、絶望に充ちた現実から逃れ、色鮮やかな天国HEAVENに生きることができる。厭な記憶のマスキングさえ可能だ。

 そこは歓びに充ちた神の国。厳密に調整された幸せのパラメータに基づく、完璧な日常。絶望者たちは、その地で立ち直り、希望を胸にいだくことができる。

 万一、世界がブラックホールの災禍を克服できたとしよう。その暁には、HEAVENに棲む信心深い者たちは、仮想世界から離脱し再び現実へかえる選択も可能なのだ。

 絶望タイプだけでなく、黙殺や自棄のタイプからも多くが幸福教団に入信した。だが、それでも大多数は、与えられるを胡散臭いと感じた。人類はまだ、現実リアルな生を望むだったのだ。

 HEAVENプロジェクト稼働後、自殺者数は大幅な減少を見せる。政権与党はこれに乗った。緊急避難的措置としてプロジェクトを支援したのだ。この政策は時を経ず国際的な潮流となる。

 電脳ユートピアによる絶望者の保護──をうたい、HEAVENプロジェクトは拡大を続ける。その触手は、まるで世界を掌握するように、国を越えて伸びる。

 プロジェクトは、同時に、不穏分子の隔離・拘置政策としても機能したのだ。

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